ギザキの戦い 〜2〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキと3人の姫の物語
2.静かな傭兵
薄暗く埃っぼい宿屋の一階、ギルドの代理店でもある宿屋の片隅で粗暴な男達がまだ昼下がりだというのに酒を呑んでいた。男達は自分達の力と功績を罵声で言い合っては盃を干し上げ、酔いに身を任せながら待っていた。
傭兵である自分達を必要とする者を。自分達の力を求める出来事を。
既に戦乱は記憶の中だけの物となりつつある小国でも、世界の動きには従わざるをえないだろうと男達は踏んでいた。
新興国の軍事国家オーヴェマは次第に版図を広げ、ここノ・チト国のすぐ近くにまで迫っていた。傭兵達はこの国で兵の募集が在ると踏んで集まって来ていたのである。
「うぃっ! ははは。オレ様はな、先の戦いで首を100上げたんだ」
「なんだそりゃ? 鶏の首でも跳ねたのか?」
厳つい一人の男の武功自慢を聞き飽きたとばかりに揶揄する細面の剣士。
「なんだと? んん? 貴様のひょろ剣なぞオレの千斤斧で叩き折ってやる!」
「無理だな。この蛇鋼剣は折れる事はない。斬り合った瞬間に相手の首目掛けて剣先が撓るのさ。だから、俺が貴様ごときにやられる事も無い。判ったら大人しくしていろ。命が惜しくばな……くくくく」
剣と魔法が交錯するこの世界。殆どの住民は何らかの力を持っていた。
或る者は、常人では持てないような巨大な剣や重厚な斧を鳥の羽根のように軽々と振り回し、また或る者は自在に手に持つ物を動かした。さらには意識する事で周囲の物に働きかけ、様々な事象を引き起こす。
そして、手に持つ物に及ぼす力を持つ者を、「剣闘士」または「剣術士」と呼び、他の物に及ぼす力を持つ者を「魔導師」または「魔術師」と呼んだ。
つまりは、総ての住民は剣術か魔道の力を何らかの形で持っているのである。
「表へ出ろ!」
愚弄されたと怒りに顔を一層赤らめた男が、細面の剣士の胸倉をつかんで睨みつける。
「……ここでヤッてもいいんだぜ?」
薄気味悪い笑いを浮かべて剣士が冷たい眼光で睨み返した。
「止めときな」
奥の席で一人静かに杯を傾けていた男が太い声で制止した。
「あん? なんだと?」
「亭主の術にかかりたく無くば……な」
制止した男を振り返え見ようとした厳つい男の目の片隅に映る宿の亭主の姿。亭主は皿を水桶で洗いながら、小さく呪文を唱えている。老いたとはいえ、ギルドの代理人。並の傭兵が束になっても敵わない「力」を持っているのは明らかである。
(……ち。「水使い」か)
魔術師には得意とする力に因って分類されていた。
水の精霊の力を具現化する者は「水術士」または「水使い」とも呼ばれた。
対象物を凍らせる術が一般的だが、熟練者になると霧に包み込み、数刻の間、何一つ見えないようにする事もできた。戦場、いや、日常でも突然、何一つ見えなくなるという事は、戦乱の続くこの世界では致命的と言えよう。
厳つい男は剣士の襟を放して荒々しく坐り直すと一気に杯を干して、叫んだ。
「悪い! 亭主よ。少々酔いすぎたようだ。詫びに皆に一杯、振舞ってくれ!」
男が詫びたのは諍い始めた細面の男でも周囲に居た傭兵でもない。酒を買う事で宿屋の亭主に詫びたのである。
「すまんが、足の古傷の具合が悪い。取りに来てくれ。」
テーブルの上に酒瓶をコトリと置いて亭主は水桶の近くから離れない。
「ちっ。仕様がねぇ!」
テーブルに1枚の小銀貨を放り投げて、立ち去ろうとする男に亭主が声を投げた。
「一枚足らんぞ?」
「あん?」
普通は小銀貨一枚で酒一瓶は高い方だ。もう一枚は騒ぎを起しかけた罰の分だろう。
「聞えんのか?」
じろりと睨む亭主の眼光には只ならぬ鋭さが宿っていた。ここは俺の支配する結界内だと。結界内で巫山戯られたままであれば、即座に野盗に早変わりしかけない輩相手の商売。一つの気遣いが自分の致命に及ぶ事も有り得る世界では罪を即座に罰として相手に施さねばならなかった。
「判った!」
男はもう一枚の銀貨をテーブルの上へと弾いた。
「ありがとよ」
「へへっ。悪いな」
テーブルを周りながら傭兵達に酒を配る厳つい男は、傭兵達の心の無い感謝の言葉に次第に感情を昂ぶらせていった。
読んで下さりありがとうございます。
既に御存知の方もいるかも知れませんか、コレは2002年スニーカー大賞1次通過作を元に改稿したモノです。
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