ギザキの戦い 〜17〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
17.戦いへの備え
「……魔獣の弱点が判明しました。種別はヴィードラ。光と闇の狭間に彷徨う神獣ヒュドラの落し子といわれている魔獣です。弱点は……撃ち倒す方法は十を越え、或いは百を超えるとも云われる口蓋、つまりは口の付いた一つ目の蛇の様な触手を再生する間を与えずに切り落とす事です。現にヒュエ国では触手をケルゼに咬み臥せさせて捕獲したようです」
執務大臣と彼の配下の識者が数日間、古文書から調べ上げた魔獣の弱点。しかし……
「で、その再生する速度は?」
親衛隊長が焦れて問い質す。執務大臣は再度、纏めた文書を確認してからゆっくりと応えた。
「再生は、通常は一刻の間……」
城の広間に居た将や近衛兵達は安堵の息を漏らした。その程度の速度ならば気にするほどでは無い。
「……ですが、その切り落とされた触手を自ら……別の触手が食らう場合は一息の間で……完全に、間違いなく完全に再生すると古文書に在りました。しかもその血は猛毒。触れた途端に死に致ると在ります。さらに切り落とされる時に、首は……炎と氷結と雷と石化の息を吐くと在ります」
魔獣の息。
時に四力の精霊の属性を帯びる事がある。
その効果を防ぐ手立ては……皆無。
執務大臣は全てを告げるとその場に崩れ落ちた。広場に居た者達の憤怒と絶望の嘆きに堪え切れなかったのだろう。
魔獣の再生能力が絶望的な速さだという事、切り倒した時の状況も絶望的だということを戦いに疎い貴族の淑女や侍女達も理解し……怒りと恐ろしさに身を震わせていた。
「何故、何故このような事に……私が至らぬばかりに、このような……」
この時、執務大臣は外交大臣と完全に袂を分けていた。自分自身の判断がこのような事態を招く原因となったのは認めていたが、それを此処まで広げたのは外交大臣だとここ数日の間に公の場でも名指しで非難していた。
「……やはり、私は辞任致します。我が王。あの無礼な者共と共に私を罷免して下され」
「よい。其処まで責めるな。既に外交大臣は民衆からも非難されている。次に選ばれることは在るまい。皆よ。すまぬが下がってくれ」
王の言葉には落胆が隠れていた。その場に居た総ての者を下げるとギザキと姫を近くに呼んだ。
大広間に居るのは国王と王妃と姫とギザキ。絶望が静寂となって四人を包んでいた。
「婿殿。朕が至らぬばかりにこのような事になった。斯なる上は……」
一つ息を深く吸って国王はギザキに決心を告げた。
「二人で逃げよ。皆には病気で療養と伝えよう。さすれば遠くに逃げ去るまでの時が稼げよう。この国は……少なくとも国王は朕の代で終りにしよう。もう……もう、このような馬鹿げた茶番につき合う事は必要あるまい」
姫はギザキを見つめて居た。国の威信と自らの希望と自分自身に課せられた責務を今は一人の男に預けている。だが……相手にすれば、それは……?
(ならばいっそ……)
自分の責務を捨てて、国を捨てて男に全てを預けてもいい。幼き姫は男の言葉を待った。
ほんの少しの静寂の後、男は静かに言った。
「それには及びませぬ」
姫と国王と王妃は男の言葉を疑った。何故にこのような事態を受け容れようというのか? 魔獣との戦いを望むというのか? 勝機など在る筈も無いのに……
「私は……姫との婚儀を別にしたとしても親衛隊の兵卒です。自らの命を国に預けるのは……既に幼き頃より覚悟しています」
男の言葉は、覚悟の言葉は淡々と広間に響き、国王達の心を震わせた。
「それに負けた訳ではありませぬ。息は……浴びねばよいのです。血は……猛毒ならば予め白魔術で防げましょう。後は……体力勝負です。私が疲れ果てるのが早いか、魔獣の再生速度が早いかの。それだけならば、先の手練れの者との戦いの方が遥かに困難でありましょう。我が王。私は戦う為に、国を護る為に、私は此処に居るのです」
姫の……自分の愛娘の婿となる男の覚悟が老いた国王には眩しく映った。
「良いのか? そのように身を、命を……このような茶番に使ってもよいのか?」
「構いませぬ。それが我が運命ならば」
凛然として、全てを受け容れる男。その男が我が姫の婿。次世の国王となる者。いや……
「其方は生れながらに王としての資質に恵まれているようじゃ。判った。何も言うまい。だが……生きよ。何があろうと生きるのじゃぞ。良いか?」
老いた王の涙ながらの言葉に男は静かに微笑むだけだった。
その様子を影で見つめる目が在った。邪悪な眼の持主は小さく舌打ちすると影の中へと消えて行った。
「自信があったの? 勝てるって……」
自分に寄り添い尋ねるノィエの瞳に先程までの怯えは無い。寧ろその時のギザキの言動を微かに咎めているようだった。
「いや。まるで無かった。だが、戦う事が……戦う事で自分を証明したかったのかもしれない」
「何を? 何を証明するの?」
言葉に詰問の影が見える。
「自分自身が王として……王となる為の証しが欲しかったんだと思う。単に選ばれたのではなく……自分自身が王としての資質があるかどうかが自分でも判らなかったから……そう。その国の王となる為に俺は……逃げなかった」
空を凝視して言葉を続けるギザキ。その横顔を見つめるノィエは何も言えなかった。
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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