ギザキの戦い 〜14〜 2
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
親衛隊や昔の学友仲間、それにギザキが幼き頃から姫を護っていた事を知る者達に揉みくちゃにされ、囃し立てられてギザキは絨毯の上に立った。そして御座の前で水晶玉を天に掲げ持っていた姫に近づき、目隠しを取った。
「……貴方はどなたです? 私が目を開けるに相応しい方ですか?」
まだ……自分の前に誰がきたのかを知らずに儀礼に従い、瞳を閉じて言上を続ける姫。ギザキは二つの水晶玉をその手に受け取り、言上を繋げた。
「この二つの水晶玉は私を示す物。精霊が私を選びました。その瞳で御確認を……」
声で、声だけで自分の前に居る者が誰かが判った。自分が何の水晶玉を選び掲げたのか、遠くからの響めきで判らぬ民衆達の言葉が今はっきりと判った。姫はうっすらと涙を浮かべた瞳を開けてギザキの姿を認めると腕の中に飛び込んで行った。
「ギノ! 貴方こそ我が夫。精霊が、運命が指し示す者!」
宮殿の外で民衆達が歓喜の声をあげた。
民衆の誰もが姫の選択……それが悪戯の所作で加えた水晶玉と知りながらも歓迎していた。
「やっほぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「この国の王があのギザキとはなぁ! 平民から王様だ!」
「馬ぁ鹿っ! ギザキは親衛隊だ。腐っても鯛。元から貴族の御子息だぜ?」
「場末の貴族だがな! 羽振りのいい商人の方が貴族らしいぜ? わっははははは!」
「構やしねぇって! なんせ、姫様を護って頂くには適任だ! ガキの頃から護ってんだからなぁ! 身体張って護ってんだぜ!」
「違えねぇ!」
「さぁ! 婚儀だ。旅の衆、よぉく見て居なされよ。この国の聖宝を。婚儀の時に飾られる眩いばかりの宝物。聖鏡を、さぁ!」
民衆達の飾らぬ祝いの言葉が、次の祭事の婚儀への期待が全てを……民衆達がギザキを国王と認めた事を示していた。
ただ……諸侯達の何人かは苦虫を噛み締めたように苦渋を顔に浮かべていた。
「お待ちなされ!」
その場を強く諌めたのは、諸侯の一人。識者でもあり政事にも携わっていた外交大臣だった。
「確かに、その者が選礼の儀で選ばれた水晶玉が指し示す者かも知れませぬ。が、しかし、その者を意味するという以前に水晶を、何も入っていない水晶を選んだ時点で、定められた事柄に従わねば為りませぬ」
水晶を選んだ時点で定められた事柄?
それは……
「今回は姫の選礼が済んでいないということです。従って婚儀を執り行う事は有り得ませぬ!」
「おぉ! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
地響きのような民衆の落胆の息が外交大臣の意見が正しい事を物語っていた。
選礼式は成人への通過儀礼。つまり、『まだ、時が満ちていない』とする水晶を選んだ時点で成人とは認められず、つまり、婚儀は……ギザキとの婚姻は認められない。
「……御判りですかな? 姫様。選礼は婚儀と共に来年まで持ち越し。その時にまた婿は選びましょうぞ」
「嫌よっ! 私は精霊の導きに従い、選んだわ! この水晶を。ギノを! 我が夫と決めたのよっ! 民衆も認めたわ! ギノを。ギノをこの国の次の国王と! そうでしょ?」
外交大臣の意見が正しいと従えば……姫とギザキの婚姻は……永遠に成される事はないと直感的に感じた姫の悲鳴にも似た否定は、外交大臣の言葉の裏に在る企みをも否定していた。外交大臣は毅然とした態度で姫に近づき、小声で諌めた。
「姫様。この国は……貿易に因り成り立っているのです。姫様の婿殿は……あそこに御座す諸
国、貿易を行う国々の諸侯の御子息から選ばれねば為りませぬ。それがこの国の次世継ぎとなる姫様の責務なのです。御承知を」
「嫌よっ! 嫌っ! そんなの! 嫌なのっ! 私には……。私は相手を選ぶ事さえできないの? どうして? どうしてなのっ!」
涙ながらに訴える姫に民衆も応えた。
「構やしねえぞぉ!」
「振られたからって、貿易を止めるような国に将来がある訳なかろうがぁ!」
「そんな国はこっちから願い下げだぁ。二度と船なんか受け入れねェ!」
「我らが姫様ぁ! 俺は、俺らは姫様の相手を、ギノを国王と認めるぞぉ!」
野卑な言葉だが、心は篭っていた。その声援に姫は手を振って応えた。
「ありがとう! ありがとう。皆ぁ!」
この国は神委託統治制。政事は民衆の手に在る。民衆が認めている以上、識者である外交大臣が無下に否定する事はできない。
「いえ、しかし、姫様……」
「よい。朕が許したのじゃ。箱の中に水晶を……何も入っていない水晶玉と剣を封じた水晶玉を入れる事を。そして我が姫は見事にそれを引き当てたのじゃ。さらには民衆も認めた。これ以上、何が必要なのか?」
いつの間にか、御座の近くまで進み来られた国王が姫を諌めようとする外交大臣を咎めた。国王もまた、姫がギザキとの婚姻を望んでいる事を知る以前にギザキの事を気に入っていた。幼き頃より姫を護り、従い、時には諌めるという姿に婿としての資質を見いだしていたのである。国策を重視して空虚な事になりかねない諸侯との婚姻よりも、姫の幸せを願うが故の言動だった。
「しかし、このような事は……」
「前代未聞か? ならば、これが、今この時が、これからの前例となろう? 違うかの? 執務大臣?」
国王は執務大臣を振り返り、同意を求めた。だが、執務大臣は顔を蒼くして、冷汗を流すだけ。前例と慣行に従い、それを神の如く信仰していた彼にとって今、この場で起っている事の全てが認め難い事だった。故に彼の思考は王が声をかけるまで停止していたのである。やっと、停止していた思考を動かして口にした言葉は余りにも儀礼的だった。
「こ、このような事は、ぜ、前例が無い為、どの様に、お、行うのが然るべきか、法文を、儀礼法文書の全てを紐解き、確認したいと思いまする」
最後の言は言馴れていたらしく流れるように口から出、執務大臣は少し落ち着いて、国王の返答を待った。
やれやれと国王は思いながらも、今ここで争う事もあるまいと執務大臣に委任した。
「では、頼む。我が婿殿。こちらへ参られよ。何があろうと、其方は我が姫が精霊に従い選んだ婿。それは間違い無かろうな? 大臣?」
老いたと言えども国王。威厳在る覇気に押されて執務大臣は直ぐに認めた。
「は、はいっ! それは、それは間違い在りませぬ!」
大臣の言葉に満足げに頷き、国王はギザキを招いた。
「では、婿殿。こちらへ。今宵、この王宮にて諸侯の相手を頼みますぞ」
「よかったじゃない。万事巧くいったんでしょ?」
少し妬む表情のノィエをギザキは悲しげに見つめた。
「……其処まではな。だが、そうは意図したとおりには進まなかった」
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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