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ギザキの戦い 〜13〜 2

 光と闇の狭間で戦うギザキの物語

「……ああ。もぅ! ギノ。馬を用意して! 走るわよ!」

 言うより早く、姫は自分の馬の手綱を取ると、制止する間もなく駆けていく。

「姫様! お待ち下さい。すみません。馬を借ります」

 草原を走り森の中に駆けていく姫を追い、ついて行くギザキ。小川の畔で馬を降りると姫は水の中に飛び込んだ。

「きゃあっ! 冷たっ! ぅふぅ…… ん〜〜夏が近いとは言っても、まだ水は冷たいわね」

 城の庭先を流れる小川は城の背後の険しい山々に煌めく氷河を源にしていた。城の裏手の瀑布から始まり、平原の端を短く流れ海に注ぐ濁流。その水を水路で導き耕地を潤していた。この小川も今は使われる事がない用水路の一つ。古くは城近くに攻め入られた時には法術で瀑布の流れを大量に導き、天然の城壁、天然の援軍として使われていた掘割の名残だった。

「姫様! 風邪を引きます! さぁ、上がって。姫様……うわっ!」

 水から手を伸ばした姫は引上げようとするギザキを逆に水の中に引き摺り込んだ。

「きゃははははは。ギノ。大丈夫?」

「大丈夫じゃありませんよ。叱られるのは私なのですからね!」

「大丈夫。私が溺れそうになったのを助けてくれたって言うから」

 ギザキは軽く溜め息をついた。幼い頃から付合っている故に相手の機転の速さには馴れている。だが、それを窘めるのが自分の役目。物心付いた時からの役目だった。

「姫。嘘はいけません」

「嘘じゃないわよ。助けてくれたじゃない。子供の時、この草原で。そう。あの精霊の島を見て走り出して……この川へと近づこうとした私を……」

 姫が指さす先は草原の先に見える海。

 海の遙か彼方に精霊だけが棲むという島が蜃気楼として浮かんでいる。

「……随分と昔の事ですよ」

 ギザキは川から上がり、姫を引上げる。姫のドレスが水に濡れて台無しになっていた。

「……今日はなんなのです? 随分と御機嫌が荒々しかったですけど?」

「いつもの事よ。御婿候補との見合いだって。どっかの国の王子様とかが来てたのよ。にやけた親御さん達と一緒にね。それで……」

「……飛び出して来たのですか。それでは今頃、執事様達がお困りでしょうね」

「私はまだそんな歳じゃないわ。見合わせてくれなくたっていいのよ」

「……心配なさっているのですよ。長き間、授かる事なく過ごされてから姫が生まれたのですから。早く次世継ぎの御顔を見たいのでしょうし。わっ! 姫! 御無体が過ぎます!」

「何言ってんの? 私の身体なんて昔っから知ってるじゃない」

 ギザキの諫めを気にもせずに姫はドレスを脱捨て、下着姿のままで馬に近づき鞍から霧着(二つの外洋に挟まれたこの国では深き冷たい霧が不意に覆うため、遠出する時のために鞍などに常に備えつけられていた外套着)を下着の上に羽織ると岩の上に座る。初夏の日差しに照付けられた岩が姫の身体から滴る水滴をほんの少しの間だけ留めて風へと換えた。ほんの少しだけ……その身を涼めて。

「昔ったって、子供の時じゃないですか。もう、私も姫も選礼儀礼を済ませねば為らぬ歳……」

「……そうね。来年は16歳だものね。選礼儀式が行われるわね」

 小川の向こう。木々の梢の先に見える城下町。その中に一際耀く王宮。普段は識者達が政事を執り行っている宮殿が姫の……王族の選礼式の会場。

「ええ。この国の女王となる為の選礼式が盛大に行われるのですから」

 姫は視線を落し、暫し水面を見つめていたが、不意にくすりと笑ってギザキを見上げた。

「そう言えば、ギノは先日、済ませたのでしょ? 選礼式を。何になったの?」

 ギザキは一寸だけ口端を上げ、軽く不貞腐れた表情で応えた。

「……またもや、クリスタルでしたよ。来年は最後。18歳になりますからね。ちゃんと真珠か黒曜石を引当てないと、親衛隊はおろか、兵士にもなれません」


 選礼式とは自らの適性を知り、成人となった事を知らしめる為に行われる儀式。袋の中に白、赤、青、黄、緑、黒の石を封印した水晶と何も封印していない透明な水晶を入れて引くことで行われる。それぞれの石は精霊になぞられ、その精霊に属した職業に就く事となる。黒は黒魔導師。若しくは剣士の象徴とされた。白には真珠が用いられ、白魔導師若しくは親衛隊の象徴とされた。透明の水晶を引いた場合はまだ時が満ちていないとされ、翌年に持ち越される。多くの国では12歳から始められ、18歳で最終選礼となる。18歳でも水晶を引いた者は成人の資格無しとされて迫害される地方もあるため水晶を入れない場合も多いが、正式には親、または師が代わりに水晶以外の石が出るまで引き、決めると言う。


 ギザキは姫に背を向けて岩の後ろに座る。草原の彼方からの敵の来襲に備えた位置。無論、敵なぞ来ない。だが、そうする事が自分の仕事と決めていた。

「姫は……1回で決まりますよ。水晶を入れない儀礼式なのですから」

「……何を引いても、私の未来は決まっているから。でも、引く石で相手が決まるというのは……やだな」

 姫が背伸びして空を見上げる。そのまま、身体を後ろに反らしギザキの背に身を預けた。

 背に感じる姫の体温。鼓動。呼吸。今はその全てを愛おしく懐かしく感じている。


 王族の選礼式は特別だった。

 王族、特に王の後継者は既に将来が確定されている為、水晶を入れずに極めて儀礼的に行われている。そして、選礼式を以って婚儀の相手を決める儀式とされる場合が多かった。


「いいじゃないですか。全ては精霊が知り給う事です」

「本当にそう思ってる?」

 姫は身を少しずらし、岩に手をついて顔を上げた。真っ直ぐな視線は空とギザキを見上げている。

「え?」

 真剣な眼差しでギザキを見つめる姫。

 いつになく真面目な面持ちにギザキは戸惑った。

「……姫?」

 くすりと笑って姫は視線を反らし、空の彼方を見つめた。

「ねぇ。憶えてる?」

「えっ? 何をです?」

 姫は真面目な顔でギザキを見つめ返し……やがて微笑み、ゆっくりと身を起して、瞳を閉じて……呟いた。

「私ね……決めてるんだ。うん」

「? 何をです?」

「内緒! 行こっ。ギノ。城に戻らなきゃ」

 さっと身を翻して、馬に乗ると姫は草原を駆けて城へと戻って行く。

 ギザキは姫の言葉と岩に残る姫の残り香に包まれて、暫くの間、その場に留まっていた。


 一年後、国中が高揚していた。あちらこちらで祭りの準備に追われ、気の早い者達は既に連日連夜、騒いでいた。それでも、規律が失われていないのはこれから起る儀式を誰もが穢さぬよう迎えようとしていた故。辺境の小さな貿易国、その国中が待ち望んでいた。

 姫の婿が決まる時を。



 読んで下さりありがとうございます。


 この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。


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