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ギザキの戦い 〜13〜 1

 光と闇の狭間で戦うギザキの物語

13.遠き過去

「はい。出来たよ」

 夕べ。食事を済ませ、自室に戻り夕闇に染まって行く山の端を見つめているギザキをノィエの声が現に戻した。

「今度はね、あまり苦く無いよ。十年樹苺をね、一緒に絞ったから」

 ギザキは深杯を受け取ると、口を付けずに脇机に置いた。

「……不思議だな」

 思わず口にする自分の感慨。

「え? 何の事?」

 薬茶を呑まない事に少しだけ怯えたノィエはギザキの声に心の震えを解いて尋ねた。

「……そう言えば、ギザキは……ギザキはどうして傭兵してるの? 儀礼とかに詳しそうだったのに」

 昼の出来事。使者の言上だけで偽物と見破ったギザキをノィエは不思議に思った。

「在る出来事でな……詳しくは成った」

 呟くように応えるギザキの表情を見てノィエは部屋を出ようとした。

「あ、うん。言いたく無い事ならいいの。じゃね。お休みなさい」

 小さな笑顔を作り、挨拶をして出ようとしたノィエをギザキが呼止めた。

「……ノィエ。話がある」

 少しだけ驚き、少女は穏やかな笑顔で壁際の椅子に座った。

「なに?」

 夕日が照らす少女の頬は、姿は朱に染まり、あの日の思いを昨日の事のように想い出させた。

「昔の話だ。俺の……ギノと呼ばれていた頃の。俺が殺した……国と……姫の話だ」

「! えっ?」

 ノィエの驚きを伏目で受け流し、ほんの少しだけ黙ってから……ゆっくりと少女に話し出した。自分自身の過去を、心の傷を。

 ……少しずつ。




 その国、マィツケルブ神委託公国は二つの外洋に面した半島にある国だった。それぞれの外洋から他方の外洋へと繋がる貿易航路の中継地として国は栄えていた。半島と大陸とを繋ぐ地峡は急峻な山地であった為に、大陸の大国の干渉は少なく、また公国も他国の領地に対して野心を持たなかった為に攻め入られる事はなかった。なにより、その国の政治形態が柔靱な外交を可能とし、無用な戦いを避けていた。

 神委託統治。国名に飾られたこの言葉はこの国の政治形態を物語っていた。王の地位は神の意志に因り民衆に認められた特定の人物に総ての権威と共に委託するという奇妙な形態。政治そのものは民衆から選択された識者が行い、王とその眷族が識者が行う政治の是正と腐敗の弾劾を行い、識者からは国の防衛と儀式一般を託されるという奇妙な形態。奇妙では在ったが、民衆は自らが政治を行う事で素早い政治が、また伝統と権威を護る王族が民衆自身の誇りとなって大国の侵攻と侵略と干渉を防いでいた。


 時の王は長き間、子に恵まれなかった。諸侯や識者、なにより民衆の期待が王に子を望ませ、幾多の白魔導師の法術、識者の知識を以てしても後継には恵まれなかった。それ故に、やっと授かった子が生まれた時、王族は勿論、国中が祝福に包まれた。授かったのは女の子。小さく可愛い姫を王と王妃は殊の外に可愛がった。だが、流石に一国を体現する王は自らの子のためにと近習の者の中から姫と歳の近い子達を集め、学友として一緒に育てた。姫が健やかに育つよう、心強く育つようにと配慮した結果であった。




「そして……その中の一人として俺が選ばれたんだ」

「ギザキって……貴族だったんだ? 高位だったの?」

 恐る恐る聞くノィエの言葉をギザキは小さく自嘲して否定した。

「末席のな。名ばかりの貴族さ。俺の親は……親衛隊。しかもその中の一兵卒に過ぎなかった。ただ……ちゃんとした裕福な貴族達の子に姫と年端があう者が少なかった。何故かお嬢様ばかりで、男の子供が少ないが故に俺が選ばれただけさ」

「ふぅん」




 姫と子供達は一緒に育てられた。一緒に遊び、学び、共に時を過ごした。最初の頃は誰も自分自身の立場なぞ気にもせず姫と遊んだが、やがて物心がつき、各々の親や親族達から立場というものを知らされると……一人、二人と姫から距離を取るようになった。姫自身も自分の立場を近習の者達から教え込まされ、自分から距離を取るようになった。ただ一人、ギザキを除いて。

「ギノ。今日は何処に行こうか?」

「駄目ですよ。遠出は。遠見の鐘楼に登るのも駄目です。近衛兵様達が驚いてしまいます。だから駄目です。姫? 何処へ? あ! 駄目ですって。走らないで下さい。姫ぇ!」

「きゃはははは。ギノ! 捕まえて御覧なさい。きゃはははは……」




「親しく呼ばれてるなんて……お気に入りだったんだ?」

「いや、俺は何れ親衛隊となる身。立場が違いすぎて気にする必要もなかっただけさ。俺も。姫も。周りも俺を姫の護衛として見ていた。そう。そう見られていた」




 すたすたと庭先に出て行く姫をギザキは呼止めた。

「どうして御息女様達と御一緒に過ごされないのです? 姫様」

 くるりと振り返りながらも、姫は歩みを止めない。

「嫌よ。あの子達ったら、祝い返しを済ませたばかりだというのに、もう自分の婚儀のことに夢中なのよ。あの国の貴族の跡取りは格好いいとか、あっちの国の王族の跡取りの一人が戦の才覚に長けるとか。やはり戦より商売の才覚が重要だとか。いろんな国の貴族の事情だけで一日中……うぅん。一年中おしゃべりし続けるなんて私には耐えられないわ。どうでもいい事じゃない?」

 姫の問い掛けにギザキは困惑した。ギザキ自身、王族や貴族達はそういう話しかしていないものだと思っていた。

「いえ。いや、まぁ……でも、政事には大事な事ですよ。各国の事情に通じるというのは」

「関係ないわ。だって、この国の政事は識者が行っている。この国の王には関係ないわ」

 確かに他の国とは違い、政事は識者達が行っている。特に重要とされる外交も専門の大臣が取り仕切っている以上、この国の王や貴族にとって他国の情勢は噂……茶飲み話の種でしかなかった。

「はぁ……」

「それより、大事な事を憶えなきゃ」

 凛とした面持ちで姫は城の中の魔導師……白魔導師達の部屋の扉を叩いた。

「大事な事? なんでしょう?」

「子供のあやし方、針仕事、料理、それから白魔術、防御の魔法は重要よね。この国だっていつ攻められるか、戦争に巻込まれるか判らないんだから」

「なんか……乱雑ですけど? 姫が言う重要な事とは」

「そう? でも重要よ。そうでしょ? じゃ私はこれから法術の手解きを受けるから。ギノは剣術の稽古に行くんでしょ? じゃね」

 姫は勝手に扉を開け、驚く白魔導師達に術法の手解きを頼みながら扉を閉めた。一人残されたギザキは暫くその場に立ち止まっていたが、衛兵達に自分の稽古の時間が近づいている事を知ると一目散に稽古場へと駆けていった。

 その姿を窓の外から見送る姫の姿に気付かずに。




「勝気な姫様だったんだ」

「ああ。自分の意見をはっきりと持っていた。上辺だけで取入ろうとする者にはキツく当たってたよ。そういう才覚は……王の後継として意識して持とうとしていたんだろうな」

(一言で言えば『ませてる』。はっきり言って我侭なんだけどな……そんなのが好きなのかな?)

(……そう言や、何か性格は……似ているな)

 ギザキとノィエは思った事を口に出さずに暫く見つめ合った。

「それで、どうなったの?」



 読んで下さりありがとうございます。


 この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。


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