ギザキの戦い 〜12〜 1
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
12.隠された悲しみ
その日の昼。食事……相変わらず果物だけの食事だった……を済ませた時。食器を片づけているノィエは、ふと視線を感じて振り返った。視線の主はギザキ。何も言わず、何か悲しげな目でノィエを見つめていた。
「なに? なによ? もう! 何見てンのよ」
含羞みながら少女は食器を片づける。全て片づけ終わるまでギザキはノィエを見つめ続けていた。
片づけが終り、一つ、ゆっくりと深呼吸してノィエはギザキの前の椅子に座った。
「何? 何か話でもあるの?」
高揚したノィエの言葉の響きとは対照的にギザキは落ち着いた声で尋ねた。
「ノィエ。お前……どうして、魔物が憎いんだ?」
先程の魔物との戦い。普通ならば怯えるか、恐れるか、逃げるか、あるいは勇気を持って立ち向かうだけ。憎悪を持つ……魔物を憎むとはギザキには意外な事だった。
ノィエは期待していた言葉とは全く違うギザキの問いに小さく身を震わせて黙り込んだ。目を伏せ、感情を動かさずに。
暫く……沈黙の時が流れ、ギザキは静かに席を立った。
「すまん。言いたく無ければいい。つまらん事を聞いてすまなかった」
誰でも言いたく無い事は在る。
(俺も言いたくは無い事が在る。勝手な事をした)
心の中で自らの行為を後悔しながら扉を開けた時、少女が呼止めた。
「……ごめんなさい。黙ってしまって。説明するから」
勢いよく席を立ち、ギザキの腕を取り廊下に出た。
「来て。すべて……この城の全てを知って貰うから」
何故か笑顔の少女。その笑顔には……小さな涙が飾られていた。
階段を降り、岩棚まで辿り着く。ノィエは岩壁伝いに反対側の場所までギザキと歩いた。泉となった窪みとは反対側、半周する間に幾分か幅の小さな階段を降りるように回り込む。
丁度、半周あたりの岩壁に小さな……岩を刳り貫いたような洞穴の中に神門。そしてその奥に小さな祠ともう一つの神門が在った。洞穴の壁一面に呪紋様。描かれているのは、四力の精霊とされている火と水と風と土の精霊。
「ちょっと待ってて……」
ノィエは抑揚の無い小さな声でギザキを待たせると穴の中……祠に礼をし、精神を集中してから祠を開けた。中に在るのは五色の……赤、青、黄、緑、そして白の木の呪符。
(香木?)
ふわりと漂う芳香。呪符を洞穴の四隅……其々の精霊達の描かれた呪紋様に填め込む。
赤の呪符を火の精霊に、青の呪符を水の精霊に、黄の呪符を風の精霊に、緑の呪符を土の精霊に。精霊の掲げ持つ印の中に填め込んで行く。
(……白は? 光か?)
白の呪符は祠の後ろにある神門の上、上下の二つの桟木の間に差込む。もう一度、祠の前に立ち、柏手を打って祈りを捧げた。
静かに唱えるノィエの呪文が香木の呪符から香気を醸し上げ、香気は重厚な空気、霞となってとなり洞穴の中に充満して行く。いつしか、霞は霧にとなりギザキは祠とノィエの姿が見えなくなっていた。
(……これは?)
「こっちよ。こっちに来て」
霧の中からノィエの手がギザキを誘い、霧の中を進む。
「なにっ?」
誘われるままに進んだ先には……宮殿。いや、宮殿と見紛うような神殿が在った。
「これは……さっきの祠?」
洞穴に入った時に見た祠。だが今見えるのは巨大な神殿。
(……どうして? デカくなったんだ?)
「こっちよ」
ノィエに誘われるままに祠、いや荘厳な神殿の中に入って行く。幾つもの柱が並び立つ間を進んで行く。その先、神殿を通り抜けた先に在ったのは……鬱蒼とした森林。
見上げると木々の枝々、枝葉の先に小さく青空が見える。青空を二つに分けているのは……針のように切り立つ岩。先程まで居た城に違いない。振り返り見ると出て来たのは入って来たのとは様式が異なる神殿だった。
(空間移動? しかし、これは……)
辺りは森林。間違いなく岩城を取り囲んでいた深き森の中に居る。
ノィエはゆっくりと先を歩いていく。だが、何故かギザキはノィエの姿を見失わないようについて行くのがやっとだった。
「ここ……わかる?」
立ち止まったノィエが指差す彼方に在るのは……攅立する四角い岩。
「墓?」
ノィエは小さく頷き、静かに言った。
「私だけが……私と爺だけが残ったあの時の……城の皆のお墓なの」
ギザキは跪き、右拳を胸に当てて哀悼の意を顕した。
両掌を胸の前で合わせて礼をするとノィエはギザキを先へと誘う。
「見せたいのは此処じゃないの。この先よ」
更に森の奥へと歩みを進めると、顕れたのは……荘厳な神殿。今までの神殿とは異なる様式、どちらかと言えば古代神殿のような造りだった。
「……この中に在るの」
「中に?」
中に入りノィエは袂から小さな呪符を両手に取り、胸の前で小さな音を立てて打合った。
音が中に響くと、奥のほうから小さな灯りが点いて……ぼんやりと足元を照らす。
(……月光石?)
魔力に因り光を封じた石。呪法で蓄えた光を放出するという。
(簡単な呪法だとは言うが……これほどの数を? しかも……)
奥深い洞穴は古く、長き間に渡って光を蓄え続けているのは法力の高い術者がかけた証し。
(これほどの法力を持つ術者が居たとは……あの空間移動の呪符が在るのも頷ける)
ノィエは感心するギザキの手を取り奥へと誘う。緩やかに下る長き廊下を進むに従って直線的な様式の柱はやがて曲線的な造りとなり、再び直線的な……石を積み上げたような造りとなる。やがて柱は……木の形を象った石の柱となった。
「この柱は化石か?」
「……違うわ。石化した樹よ。石化樹って呼んでるけど。此処に入ると判るわ……」
ノィエが指差したのは樹の石柱の間に在る扉。扉の上に何やら見慣れた文字と数字が刻まれている。
「A.S.W.0120? 聖魔大戦後120年という事か?」
小さく頷くノィエ。無表情で口数が少なくなっているノィエはギザキの腕を取り、先へと誘う。ギザキの腕にノィエの震え、心の怯えが伝わってくる。
扉の中は……暗い洞穴。壁が石化した樹でできている。
「この先に……この城の運命が在るの」
やがて、洞穴が開け……広間へと出た。縦横に通路が繋がっている冷気漂う大広間。地面はこれまでのような石化樹
広間に何やら数多くの彫刻、……様々な人の姿を映した石像が置かれている。
「ここは? この彫刻は?」
「彫刻じゃないわ。人間よ。800年以上前の城下の人達。石に……変えられたの」
「なにっ!」
彫刻に近づき、よく見れば……様々な表情、様々な姿のまま、一瞬で凍りついたように固まっている。
まるで……時が止まった街角。一つの街が時を止めて地下に埋めたような生者の居ない街。石化した地下の城下町。
「こっちに来て。ほら、此処の子……」
ノィエがギザキを連れて行ったのは幾つかの街角を曲がった先の小さな広間。其処に立つ石化した人々の中に何組かの親子連れが居た。両親に見守られたまま、手に持つ人形を嬉しそうに見つめている子供。そのままの姿で石化している。
「この子……四歳の誕生日だったんだよね。ほら四歳祝いの人形を持ってる」
確かに子供が持っている人形は四歳になった時に贈られる四力の精霊の人形達。
「こっちの子は……『祝い返し』の精霊の札……札も石になって……」
ちょっと離れた所の親子。子供が持っているのは、八歳になる時に寺院から授かる四力の精霊の札。
「この子達……誕生日に死んじゃうなんて……どうしてなの? どうして、こんな事するの?」
ノィエの呟きに静かな怒りが、憎しみが込められて行く。瞳から透明な涙がぽろぽろと零れて行く。
「……どうして、こうなったんだ? 魔物か?」
ノィエは小さく首を振ると今にも泣き出しそうな表情のまま、何かが泣き出すのを押し止めたままギザキの腕を取ると更に奥へと誘った。
「これは!」
ノィエが連れて来たのは城壁。この街が在った時の城壁なのだろう。今まで見た如何なる街よりも高く、重厚な壁一面に見た事もない鮮やかな呪紋様が描かれている。だが、ギザキを驚かしたのは城壁でもない。呪紋様でもない。重厚な壁を突き破り、息絶えた姿の魔物、いや魔獣。巨大な魔獣が城壁を突き破った姿のまま、石化していた。
「……この魔獣は、コガトス?」
石化の息を吐くという魔獣。しかし……
「自分の息で石化する事なぞ……在り得ぬ」
「……在り得る。在るのよ。だって、これはキメラだもの」
キメラとは異なった生物を呪法に因り繋げた生物。多くは堕ちた魔術師達の手に因り創られる。在る物は魔呪力を生まれながらに持つという。だが、多くのキメラは育つ事はない。殆どは数年の命しか持たず、また、自らの呪力に自滅するという。
「キメラ? それでもこのように巨大になるとは……」
驚きを隠せないギザキの声。その残響を少女の静かな声が消して行くように冷たく響く。
「悪魔が……闇の魔に心を奪われた者がこの城を落す為に造り上げたキメラ。城壁を破り石化の息を吐き散らして自分自身も石化して死滅した……多くの人達を道連れにして。城は……城の人々は……魔方陣の中に居た人達は助かって、この魔獣の後に攻めて来た闇の勢力を打ち破ったというけど……死んだ人達は帰ってこないわ! 誰も! 誰一人も! どうして? どうしてなの? あんな宝がどうして重要なの? 宝を、聖宝を奪う為には人々を殺してもいいっていうの? どうして? どうしてなのよ! どうしてなのよぉおぉぉ……あぁあぁぁ……」
ノィエの怒りと悲しみが慟哭となって生者の無い地下の街に響いた。
ギザキは思わずノィエを抱きしめた。
「誰にもそんな資格は無い。他の者を傷つけてまで欲する物を奪う権利など……誰にもないんだ」
ギザキの腕の中で少女は心の中に閉じ込めていた感情を吐き出し、そして泣き続けた。ギザキの言葉に同情では無い同じ怒りと悲しみを感じられた所為だろうか。
泣き続ける少女の声は生きたまま石となり死に絶えた街の叫びとなって響き続けた。
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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