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ギザキの戦い 〜7〜

光と闇の狭間で戦うギザキの物語

7.戦いの理由

「で、俺は何処で誰と戦うんだ?」

 食事が済むとギザキは老執事に尋ねた。

「……その前に理由を述べねばなりませぬな。どうぞ、こちらへ」

 後片づけするノィエを残し、老執事に連れられて辿り着いたのは城の地下。いや、その場所も外から見ればまだ空中に位置すると思われる部屋だった。石の重い扉を開け、中から澱み出るすえた匂いの先へと歩を進める。その黴びた広い部屋にあるのは……石像。呪符が様々に貼られた石像が部屋に入り来る者を睨みつけるように安置されている。そして部屋の壁一面に何やら不可解な呪紋様が描かれ、壁や天井に飾り置かれた小さな石像が何かの物語を形作っているようだった。その奥、部屋の半分を占めようかという一際大きな石像は何やら勇者のような姿を形取っていた。その石像の手に逆手に握られているのは……剣の柄。柄から伸びているのは赤錆びた鉄の棒が床に描かれた七亡星の中心を打抜いて突き刺さっていた。

「……勇者の剣という所か? で、この宝が?」

 深く頷いてから老執事は静かに話した出した。

「御判りのとおりこれは千数百年前にあったという聖魔大戦の勇者の忘れ形見。聖武具の一つで『光の鎖剣』といわれる聖宝。この城の宝で御座います。代々、この宝を護って参りましたが国は寂れ、傍国の一つであったノ・チト国に呑み込まれ、この城は出城の一つとなりました。ですが、それでもこの宝を失う事もなく幾多の災難を退けて参りました。そう。思い起こせば八百と数十年前には……」

 老執事の声は次第に涙と熱を帯びてくる。

「……悪いが、この城の伝記を聞く気はない。要点だけ話してくれ」

 ギザキは悪いとは思いながらも老執事の話が長くなりそうな気配を感じ、先を促した。

「そう。そうでしたな。要はこの城の姫様が聖光院ワィト公国の公爵位の若君へと輿入れが決まった事から始まるのですが……」


 聖光院ワィト公国とは白魔導師達の総本山。言伝えには魔王が甦った時の「光の砦」となるべく運命られた土地だという。白魔導師や治癒のために訪れる旅人達で賑わっていると言う魔法術都市国家。過去の如何なる軍事侵略に耐えている為、軍事国家オーヴェマからの難民達がこの都市国家の周辺に居を構えるため自然にその版図が広がり、都市国家から大国家へと変貌しつつ在ると言う。


「輿入れ? 婚姻が決まるのは目出度い事だ。別に災難では在るまい?」

 ギザキは壁にもたれて尋ねた。

「問題なのは……輿入れに伴う持参品、平たく言えば嫁入り道具が問題となったのです」

(ああ。なるほど)

 ギザキはこの時点で納得した。が、事態を見極める為に口を挟むのを止めた。

「先方はこの宝を持参するよう申し入られました。ですが、この宝は宝が認めた者だけに受け継がれるべく時を待っているのです。この城が今日まで在り続けるのも。資格無き者が持ち去る時、城が崩壊すると言伝えに在るこの宝を……宝を持つ資格を持つ者が現れるその日まで、御護りするのが我らの務めなのです。ですから姫様は……」

 ギザキは長くなる老執事の話に思わず口を挟んだ。

「……断った。そんな所か?」

「そうです! 良く御判りで?」

 怪訝な顔をする老執事にギザキは心の傷の疼きを隠して応えた。

「……よくある事だ。それで?」

「そう。それで丁重に婚儀を御断りしたのですが、先方の婿殿が強引な方で。是非とも姫を迎え入れたいと申され、宝は要らぬという事で一度は納まったのですが……」

 老執事は眼を落し、二度三度と頭を振った。

「ワィト公国の諸侯と言えど、その立振舞いが善からぬ方も少なからず居られます。それで……その宝の力を示せと。姫の持参品とせぬほどの価値がある宝の力を……と」

 ギザキの心の傷が疼き出す。静かに……蠢き出す。

「……で、決闘となった訳だ。その為に俺を雇った。契約したと……そういう事だな?」

「恐れながら御慧眼のとおりで……」

 ふうと一つ深く息をしてギザキは納得した。

「でだ。取り敢えずは城の騎士との戦いがあるのだろう? 周囲を納得させる為の……」

 先ずは城の精鋭から選出し、更に他からの兵士達とも戦わせ、最も強き者を送り込む。城同士や国同士の決闘ならばそういう事に為るだろうとギザキは決めつけた。だが……

 ギザキの言葉を老執事は意外な顔で聞き、応えた。

「いいえ。今、この城に居られるのは私を除けば貴方様とノィエお嬢様と里帰りしておられる姫の三人だけで御座います」

「は? 今、なんと?」

 老執事の言葉の意味を即座には理解できなかった。

「ですから、城にいるのは私を除いて三人だけ。しかも剣を振り得る者……いえ、戦える者は貴方様しか居りませぬ」

 暫くの静寂の後、老執事の言葉の意味を理解してからギザキの声が城中に響き渡った。

「何っィィぃィィィぃっ!」

 それは多分、ギザキにとってここ数年来、出した事の無い大声だった。あまりに急に大声を出したのでその後の声が少し擦れてしまった。

「……づまりだ。この俺がやられたら……」

「縁談は破棄。この宝も奪われ、由緒正しきこのノ・トワ城も打ち壊されるのでしょうな」

 老執事は余りにも淡々と応えた。

「……失礼だが、貴殿は戦われないのか?」

 老執事が戦わぬ理由を尋ねる。昨日の宿屋での所作は一角以上の剣士の腕前と思えた。

「私は……姫様を始めとして城の者を御護りするのが役目。聖宝の護持は私の仕事ではありませぬ。役目を越えた立振舞いは分を越えます。これは既に先方からの確認も受けました故、私が戦う事は出来ませぬ」

 相も変わらず、淡々と応える老執事。

「……平気なのか?」

「それがこの世の運命というものでしょう。ならば受け入れるだけです」

 ギザキは老執事の態度が信じられない。

(あれほど、宝が大事といっておきながら……何故だ?)

 老執事はギザキの疑問に気付いたようで言葉を加えた。

「既に貴方様との契約は済んでおります故、私共が講ずる他の手段は有り得ませぬ。私共に残されているのは光の運命に従う事だけ。御承知頂けましたかな?」

(ああ。昨夜の……道理で随分と物々しい契約書だと思った。いや、しかし……)

「誰も居ない? どうしてだ? 仮にも城ならば従者や警護の者がいるのだろう? その者達は? そうだ。お嬢ちゃんの……ノィエの親御達は?」

 老執事は静かに頭を数度、横に振って、悲しげな眼で虚空を見上げた。

「……御亡くなりに為られました。姫様が御留学為された翌年、何者かに風上から毒を捲かれたのです。流行病と間違えるような弱き毒を。数日に渡って……気付いた時にはもう……誰も」

 老執事は胸元のポケットから古びた絹のハンカチを出して目頭を押えた。

「ノィエお嬢様は故在って、私の古き家に遊びに来られてまして難を逃れましたが……惨状が目に焼きついておられるのでしょう。何も申しませんが、呪符と白魔術に御精進為されて……独学で一角以上の御力を身に付けに為られました。『もう誰も死なせたくない』と申されて。気丈な……健気な御方です。そして、御一人になられたその日からお嬢様の父上公の命により私が御護りしているのです」

 ギザキに先程の驚きは消え、哀悼が心に広がっていく。傷の中に燻る強き思いを少しだけ甦らせて。ギザキは強き声で老執事に応えた。

「判った」

「おお! では……」

「だが……その前に頼みがある。一目で良い。姫に御目通り願いたい」

 もう一度だけ、顔を見たいと思った。自分自身の過去……心の傷が疼きがそう願わせた。

 だが老執事はギザキの願いを静かに断った。

「申し訳御座いませぬが、それは為りませぬ。既に御婚約は為された以上、御成婚のその日まで婿殿以外の殿方とは逢えませぬ。この私も既に……」

「判った。無理を言ってすまなかったな」

 即座に承知したギザキを老執事は感嘆の眼差しで見つめた。

「その物言い。無くなられた王に似ております。失礼ながら王の格を生来から御持ちのようで……いや、これは失礼を。御許し下され」

 ギザキの眼が悲しく染まり鋭く光ったのを老執事は自らへの戒めと取った。だが、その光は……ギザキが自らの傷に立ち向う決意を顕していた。



 読んで下さりありがとうございます。


 この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。


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