ギザキの戦い 〜6〜
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
6.奇妙な朝食
「ふぅ……。疲れた」
降りる時と違い、登りきるまでにかなりの段を踏む事になったのは……多分、少女が呪符を何枚か剥がしたせいだろう。
「すみませんが、朝食は先に済まさせて頂きましたぞ」
廊下の途中で老執事に出会い、食堂に案内されるとテーブルについていたのはノィエ。
椅子に逆に坐り顔を見せないのは……拗ねているせいだろう。
「ノィエお嬢様。謝罪の言葉は? 悪戯為されたのでしょう?」
少女は後ろを向いたまま小さな声で謝罪した。
「……ごめんなさい」
ギザキは小さく笑うと言葉を繋げた。
「いや。こっちも悪かった。ノィエ。許してくれ」
ギザキの謝罪を吃驚したように振り向いたノィエは聞き直した。
「今、なんて言ったの?」
少女の問い掛けに少し戸惑いながらギザキは応えた。
「……俺も悪かった」
「違う! その次ッ」
「……ノィエ。許してくれ?」
「きぉおっ! やっと呼んでくれたぁ!」
椅子から飛び上がり、一頻り辺りを跳び回る。
「これこれ。お嬢様、それでは父上公からお預かりしたこの爺の教えが疑われます。お淑やかになさいませ。これ、お嬢様」
「はぁい! で、御飯、食べるんでしょ? 私が用意してあげるっ」
用意と言っても……テーブルには何も無い。だが少女は何も無いテーブルに両手を広げ、目を閉じて何やら念じ始めた。
「……何処にあるんだ? えっ?」
天井に不意に気配を感じると、上から果物が降って来た。
「何っ? ……跳栗鼠?」
天井にある窓が開いている。その窓から数匹の跳栗鼠らしき影が見えたが、直ぐに隠れてしまった。
「あの子達。人見知りするのよね。でも、悪い子じゃないから」
「あの子達? 知合いなのか?」
「そだよ。変?」
小動物と話をするというのは物語の中には普通に出てくるが、目の当りに見たのは始めてだった。
見ると少女はテーブルに降って来た色とりどりの果物を並べ、その一つを取ると袂から取り出した小刀で綺麗に皮を剥き始めた。
「……果物だけか?」
「そうよ? なんで?」
傭兵の食事としては余りにも脂っ気の無い食事だなと思いながらも、無いよりはマシかと思い直してギザキは少女に勧められるままに果物に齧りついた。
「ん。美味い」
「でしょ。この紫林檎って毒があるけど美味しいのよ」
思わず口から食べかけの林檎を噴き出しそうになるが、少女も同じ物を食べているのを見て押し止める。
「……毒?」
「うんっ! あ〜っと、ちゃんと解毒しているから安心して。ほら。これで剥くと毒が消えるから」
ノィエが見せた小刀は刀身に何やら呪紋様が刻まれ……いや、綺麗に浮かび上がっているのは造る過程で刀身そのものに呪紋様を打込んだのだろう。かなりの業師が打ち込んだ霊刀。柄に何やら呪符が数枚貼ってあるのは……
「オマエ。白魔導師の修練を?」
ギザキの問いに少女は無言で睨んだ。
(? ……あ、そうか)
「えっと……白魔導師の修練しているのか? ノィエ?」
名前を呼んで問い直したギザキにノィエは飛っきりの笑顔で応えた。
「そだよ。じゃないと解毒できないじゃない。んでね、刃物を持てないからこうして呪符貼ってあるの。呪符が擦り切れる前に新しいの貼らなきゃならないから、変になってるけど」
白魔導師は刃物の類が一切持つ事ができない。それは神の力という光の術を使うが為の自戒。もし持ったならば即座に手を光に焼かれて爛れてしまうと言う。しかし、生活の為には持つ事も必要である為、幾多の錯誤が重ねられた。結果、聖紋を宿した蚕の糸で作られるという聖絹の手袋をすれば持つ事が可能となる事が判明した。だが、生活の為の場合だけであり、聖絹の手袋を以ってしても白魔導師が剣を持って戦うことは不可能であった。なお、聖絹の手袋の代りに呪符を柄に貼る事でも持つ事は可能であった。
「呪符師に白魔導師か。大変だなオマエ……じゃないノィエも」
「そうしないと解毒できないからね。それと……あまり無理しなくてもいいわよ」
静かに次の果物の白梨の皮を剥くノィエ。
「ん? 何をだ?」
「そうねぇ……『オマエ』は許したげる。でもね、出来たらちゃんと名前で呼んで。ね?」
(……そういう事か)
別に断る理由も無い。名前で呼んで欲しいのも自分という存在を認めて欲しいからだろう。
(……俺にもそういう頃も在ったな。昔……)
自分自身が少年と呼ばれていた頃の事を想い出し、少女の申し入れを受け入れることにした。
「判りました。ノィエ様」
「宜しいッ!」
満面の笑みで少女はギザキの口に剥いたばかりの白梨を放り込んだ。
「ぐぉむはぁりぃぐぁとう(どうも、ありがとう)」
傭兵ギザキと少女ノィエの朝食はギザキがノィエに果物を剥くのを止めるよう頼み込むまで続いた。
読んで下さりありがとうございます。
この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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