84 玉砕と救済
視点が次々と変わります。
程なく、キャシーとデイビッドはダイニングへやってきた。
「お待たせしてごめんなさい。あら、3人で準備していてくれたのね。母さんとジョンはもう座ってて。リジーは手伝ってね」
キャサリンは普段の様子だ。
(あれ? 報告は何もなし? シンおじさんは少し元気ない感じ)
「お母さん、クリスマスプレゼントは食事が終わったら、ツリーの下に置くね」
「ありがとう、リジー。プレゼントはあとでみんなで開けましょう!」
「シンおじさんもこっちにいるってわかってたら、プレゼント持ってきたのに。おじさんには<スカラムーシュ>に戻ったら渡すね」
「私にも用意してくれてたなんて嬉しいなあ。楽しみにしてるよ」
「うん」
リジーは頷くと、キッチンへ向かうキャシーについていった。
◇
「リジーは可愛いなあ。いいなあ、おまえは」
デイビッドはジョンの横に来ると、力なく手を伸ばす。
そして弱々しく抱きついて来たので、ジョンが支える形になった。
「シンドバッドさん?」
ジョンはデイビッドの様子から、良い結果ではなかったのだと察した。
「結婚は承諾してもらえなかった」
そのまま項垂れてボソッと告げてくる。
「そうでしたか」
「考えさせてくれと言われたよ。玉砕だよ……」
「そうでしょうね。オーナー、焦り過ぎな感じでしたし」
「そうか? で、おまえはどうやって私に内緒で私のかわいいリジーを押し倒した? いや、落とした?」
肩に回されていたデイビッドの手を、ジョンは遠ざけた。
「色々ノーコメントです」
ジョンはデイビッドを睨んだが、すぐに表情を緩ませた。
この人も、幾年月もひとりの女性を想い続けている。
「考えさせてくれというのは、イコール玉砕にはならないのでは?」
「キャシーとは長い付き合いだからわかる。また無かった事にされる」
デイビッドは大きなため息を吐く。
「そうなんですか?」
「だから、おまえはリジーをどうやって口説き落としたんだ? その、色恋などには不慣れそうなのに……」
「失礼で、しつこいですね。自分の気持ちを正直に伝えたまでです」
「それだけか?」
「それだけです」
「私も正直に伝えたし、今までも何度も伝えてきたつもりだ。何が違うんだ」
「さあ? 誠意ですか?」
「私はいつも誠意を尽くしてきたつもりだ。今日は愛しているときちんと言った」
「それなら愛の言葉に慣れてしまって本気にされず、いつもの冗談に聞こえたとか」
「おい、酷いぞ。絶対冗談には聞こえなかったはずだ」
「では、言葉が重すぎたか軽すぎたか不自然とか。あるいはオーナーは人を魅了するというか、たらしこむ話術にたけていますから、長いおつきあいだと、それを知っていて警戒されたかもしれません」
「なんだそれ。私へのその評価は何気に失礼じゃないか?」
「本当の事ですし。でも、たらしこまれたおかげで救われた単純な人間もいます。サムや僕のように……」
「褒められている気が全くしない」
「諦めずに想いを伝えて行けば、いつかはほだされるのでは?」
「愛されるじゃなく、ほだされるか……。まあ確かに少しせっかちすぎた。私の中では、もう十分すぎるくらいの時間はかけたんだがな。自分の気持ちばかりを押し付けたかもしれない。……で、おまえはリジーとどこまで進展したんだ?」
「……っ。リジーと僕の話はいいですから!」
ジョンの目がそこで泳いだのを、デイビッドは見逃さない。
「教えろよ。ずるいぞ、おまえばかりリジーをべったり可愛がって。うらやましすぎる。キャシーよりも小柄だが、勝っている部分もあるよな。ああ、ハグして確かめたい!」
「まだ言いますか! 下心ありありのオーナーは絶対に彼女に近づかせないですから!!」
「おまえをからかうのは毎回愉快だが、毎回最後には視線で刺されてるな」
デイビッドが首を竦めてみせた。
「自業自得です。まったくあなたとサムときたら……」
「ぷっ。……ふふふ」
目の前に静かに座っていたケイトが、ふいて笑い始めた。
「あなたたちの会話が、三文芝居を見てるみたいに面白くて……ごめんなさい」
「伯母上、気配もなくそこにいらしたのですか? まるで幽霊ですね」
「気配も何も、最初から目の前にいましたけどね。まだ棺桶には片足も入れてませんよ」
幽霊扱いに、ケイトが少しムッとしたようだ。
「なによりです。……つまらない話をお聞かせしてしまってすみません」
「いいえ、興味深かったわ」
「はあ……」
デイビッドが苦笑いを見せる。
「デイビッド、私が許します。あなたが本気ならキャシーに引かれても押し続けなさい。私の娘は押しに弱いわ。そして、本当はとても寂しがり屋なの。キャシーを救ってくれる?」
「も、もちろんです。お母さん!! 必ず押し倒してみせます!」
デイビッドは、両手でケイトの手を恭しく取ると跪いて額にあてた。
「言葉が違いますよ、オーナー!」
その仕草に全くそぐわない発言にジョンは眉をしかめた。
「キャシーがあなたに靡くまで、この家に自由に出入りすることを許可します」
ケイトはなんとスルーした。しかも黙認するらしい。
ジョンもデイビッドを応援していないわけではない。
思わぬ援軍を得たデイビッドは、復活したようだった。
◇
リジーは、キッチンに立ちながら物思いにふけるキャシーを見つめた。
「お母さん、シンおじさんのこと嫌いじゃないんでしょ? 私のことはいいからね。自分の気持ちに正直にね」
「正直に? 私、デイビッドの気持ちを受け入れて良いかわからないのよ。私は彼より年上だし、若くない。彼ならまだ子どもが産める若い女の子とだって結婚できるのに。あなたがいるから子どもはいらないとか言うし。デイビッドがどうして私に執着するのかわからない。このまま私が流されて結婚を承諾したらいけない気がするの。フリードがいなくなって、デイビッドは心配して何かにつけて、連絡をくれて、いざというときは助けてくれた。好意を持ってくれているのもわかってた。フリードが家を出て、母さんが来てくれたけど、やっぱり寂しいと思うことは確かにあって。だけど、寂しいからとかじゃなく、デイビッドのことちゃんと愛していなきゃ、この先は進んではだめなのよ」
「お母さん……」
(母親の恋愛相談て、けっこうきついものがあるかも)
それこそ、母親も女ではあるが、母と女は別物のような意識がリジーにはあった。
今、目の前にいる母は恋愛に戸惑う女なのだ。娘には複雑な心境だった。
◇
「そういえば、リジー、素敵なペンダントをしてるわね」
「あ、これはジョンからの誕生日兼クリスマスプレゼントなの」
頬を染め上げ嬉しそうにするリジーを、キャシーは羨ましく感じる。
デイビッドのせいで、感覚が母親から女になっている。
本当に、責任をとってもらおうか。
キャシーは既に流されている自分に焦った。
「そう、とてもよく似合うわよ」
「ありがとう、お母さん」
(そう、私はお母さん……でも……)
『もう十分耐えたんだ。そろそろ神様が褒美を下さるだろう』
『デイビッドが、わしらが望んでいるのは未来の子供じゃない。今のキャシーなんだ』
(イムル叔父さん……)
『リジーが独立したら、結婚してくれる?』
『キャシー、結婚してくれ!』
(デイビッド、本当に後悔しないの? あなたが神様のご褒美になってくれるっていうの?)




