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82 きみとサンタクロースと


 ジョンはリジーの家に向かって、ただひたすら車を走らせていた。


 リジーはしばらくすると、宣言通りに泣き止んだ。


「ジョン、ごめんね。子供みたいに泣いちゃって。お父さんてニコラスさんみたいな感じなのかなって思ったら。別れが急に寂しくなって……涙が」

「わかるよ。僕だってニコラスさんが父の思い出と重なって泣きそうだった」


 ハンドルを強く握りしめ、ジョンは正面を向いたまま言葉を絞り出した。


「ジョンも?」

「うん。似てたんだよ……本当に」


(きみと……)「僕の父親に」


「そう、いいね。思い出があって。私は、お父さんのことはほとんど覚えてなくて、イメージしか……」


「……」


 リジーからフリードの話をされると、罪悪感を覚える。


「だから、理想的なお父さんだったって美化してるかも。きっとずっと一緒にいたら、私も絶対反抗する時期とかあって、お父さんに向かって『うるさい! あっち行け』とか『むさくるしい!』とか『一緒の空気吸いたくない』とか言ってたかも」

「え?」


 リジーがあまりに明るく酷い言葉を口にしたので、ジョンの罪の意識は少しなりを潜めた。


「学校の友達が、よくそんな風に言ってたから」

「自分の娘にそんなことを言われたら、立ち直れないんじゃ……」


 自分も最初はフリードに突っかかったものの、そこまで酷い物言いはしなかったはずだ、と何気に過去を振り返る。


「ふふっ、世の中のお父さんたちは、娘に振り回されて苦労してるんだよ~。でも、その友達ね、苛立っている顔を少し緩めながら言ってた。どんなにひどい言葉を投げつけても父親は全然怯まなくて、自分の娘は世界一可愛いって平然と言い返してくるんだって。親バカだって」

「……そうか」

「親の愛情って、すごいんだなって思った。親になってみないと正直わからないけどね」

「本当だ」


 ニコラスがサムに怒っていても、そこには確かに愛情が見えた。

 リジーが落ち着いた様子で穏やかに微笑んでいる。

 重かった車の中の空気が軽くなる。

 リジーの方に視線を向けると、いつもの明るい笑顔を返された。

 いつも自分はその笑顔に救われている。

 会う前から、写真の幼い彼女の笑顔に癒され、救われていた。


 

 本当は、いつか……会いたいと思っていた。

 そんな日はきっと来ないと、そう思って過ごしていた。

 

 でも、彼女とサンタクロースは、自分の前に確かに現れてくれた。


 自分が写真のエリーゼと実際に出会って、心を通わせ、一緒に過ごせる日が来るとは思っていなかった。

 できることならこの先もずっと幸せを分かち合って、一生を共に生きて行きたい。


 ジョンはただそれだけを願っていた。


 

 リジーは、運転席で正面を向きハンドルを操作しているジョンの横顔に見とれながら、恋の先にあるイメージを膨らませていた。


(いつかジョンと家庭を持って、子供もいて、ずっと一緒にいられたら、私は幸せだろうなあ……。ジョンはどう思ってるのかな)


「ん?」


 リジーの動向に敏感なジョンが、すぐリジーの視線に反応する。


「な、なんでもない」


 恥ずかしい妄想をしていたのがバレないように、慌てて話題を変えて取り繕う。


「そういえば、このペンダントありがとうね」


 ペンダントの下がる胸に手をあて、ジョンにニッコリ笑いかける。


「身に着けるものですごく嬉しかったよ……。蔓草のデザインも緑の石も素敵だし」

「気に入ってもらえて良かった」

「アンティークかと思ったんだけど……」

「そんな雰囲気のデザインも気に入って買ったんだ。オルベラストリートはメキシコの市場みたいな通りだけど、歴史的な綺麗な建造物もあるんだ。活気があっておもしろいところだよ」

「綺麗な建物? 見てみたいなあ」

「いつでも連れて行くよ」

「嬉しい!! あと、もう一箇所ジョンと一緒に行きたいところがあるの」

「どこ?」

「あの、ハロウィーンパーティのときに見た海に向かう桟橋。昼でも夜でも良いから」

「あ、そうか。うん、行こう!」

「やったー!」


 ジョンに頷いてもらい、リジーは心から幸せを感じた。



「いつアパートメントに戻ってくるの?」

「適当に車を走らせて、31日までには戻るよ……」

「そう……。じゃあ私の方が早く戻りそうだから、待ってるね」

「……電話する。とにかく飲まず食わずで無心で色々な道を車で走るのが好きなんだ。毎年この時期しかできないからね」

「飲まず食わずって、何かの修行みたい」

「フフッ、そうだね……」

「色々な道か。いいね。私は歩いて家並みを見るのが好き。家によって色々個性が違うでしょう? 私も帰って暇だったら近場の家並みを見ながら散歩しようかな」

「いいけど、人通りの少ない暗い裏道や、その……街路樹には気を付けて。僕のいない間に怪我しないように」

「き、気を付けるし~。ジョン、顔が笑ってるし!」

「ごめん、ごめん、じゃあ、今度一緒にヒルズの家並みも見に行こうか」

「本当に?」

「ああ」

「楽しみにしてる。絶対だよ!」

「うん、きみを誘惑して怪我させた街路樹に文句の一つでも言ってやろうかな」

「う……もう! その話は終わり!」


 ジョンが屈託なく笑う。自分がそばにいて、彼が笑顔でいてくれるのは嬉しい。

 デートの約束を3つも取り付けた。オルベラストリートに、桟橋に、ヒルズ、全部楽しみだった。



「そうだ、ジョンの誕生日はいつ?」


 リジーはふと思った。


「1月後半だよ」

「1月? すぐじゃない。私の誕生日をお祝いしてもらったし、私もお祝いしてあげたい。何か欲しいものはある?」

「何もいらないよ」

「何もないの? そんな、自分の誕生日なんだよ。少しは私にも贈り物させて。そんなに高価なものは無理だけど」

「きみがいてくれたら何もいらない」

「……え? 私?」


 心臓が跳ねる。


「いや、じゃあ、いつものくるみのクッキー」

「え、またそれ? 昨日食べたばかりじゃない? 他にないの?」

「うーん、じゃあ、ドロシーの衣装を着たきみが見たい。可愛かったから」

「へ? あ、あの衣装?」


 リジーは口ごもる。自然と顔が熱くなる。


(だって、あの衣装はひとりじゃ着たり脱いだりできないのに、どうする? 着るのはまたスーザンに手伝ってもらうにしても、なんで? とか言われそうだし、脱ぐときは、またジョンに背中のリボンを……? だ、だめ、あんな恥ずかしいこと!)


 リジーはひとり心の中で自問自答しながら悩み始めた。


「ごめん、冗談だよ」


 いたずらが成功した子どものようにジョンがクスッと笑う。


「も、もしかして、からかったの?」

「……うん。きみの反応を、慌てたり焦ったりする顔を、ちょっと見たくなった。可愛いから……」


 可愛いを連発され、リジーは一瞬で頭の中が沸騰した。

 ジョンが艶めいた目をして自分を見ている感じがする。


「な、そんな、もう……」


(どうしちゃったの!? ジョンてば。サムの影響? からかって楽しむなんてジョンらしくない!! でもジョンが楽しいなら、いいんだけど)


「あとは、そうだな、きみの写真が欲しい」

「写真?」

「うん。何枚でもいいから、きみが選んで僕にくれる?」

「誕生日プレゼントに?」

「うん。嫌かな」

「ジョンがそれがいいなら。わかった。とっておきを選んでおくね」


(それはそれで、恥ずかしいかも)

 


 甘やかなふたりきりの時間は瞬く間に過ぎて行く。


 車はリジーの実家にたどり着き、ジョンは車のエンジンを切った。

 雑貨屋は、赤や緑のライトが点滅するイルミネーションで華やかに飾りつけられていた。温かい光に心が包まれる。

 ジョンはまさか自分がまたリジーとふたりでこの家に来るとは思っていなかった。傍らで自分をキラキラした瞳で見上げて来る彼女は、もう子供ではない。

 心が通じ合った愛する女性だ。


「うちのイルミネーションも素敵でしょ?」

「うん。綺麗だ」

「なんだか緊張してきた」

「どうして? きみの家なのに」

「だって……」


 ためらいを見せるリジーの肩を抱き寄せる。


「イムルさんの家で突然遭遇するよりはマシだと思わない?」

「あ、そうだね」


 リジーは切り替えが早い。


 彼女との時間がずっと続けばいい。


 アパートメントに戻って真実を話したら、この大きく膨らんだ幸せは中身のない風船のように割れてしまうのだろうか。

 リジーの華奢な肩に回した手に、ジョンは力を込めた。


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