81 さようならサンタクロース
リジーとジョンは、車に荷物をすべて積み終え、あとは別れの挨拶をして出発するだけとなった。
サンタクロース一家が全員家の外に見送りに出て来て、ふたりを囲んでいた。
「名残惜しいわ」
リンダが目頭をおさえている。
「お世話になりました。とても楽しくて、幸せなクリスマスを過ごすことができました。本当にありがとうございます」
心からの感謝の気持ちを込めたジョンの言葉は、リジーの胸にも響いた。
「本当に、家族のように接して下さって、嬉しかったです」
リジーは泣きそうだった。
リンダが、リジーとジョンを両腕に抱きしめてくれた。
「私もふたりに会えて良かったわ。クリスマスじゃなくてもいつでも遊びにいらしてね。あと、サムの事ありがとう。これからもよろしくね」
「はい」
「お幸せに……」
リンダからは、ふたりにしか聞こえないような声で祝福された。
横にいたダイアナも顔をくしゃくしゃにしてリジーとジョンを抱き寄せた。
「私が生きている間にまた来てちょうだいね」
「もちろんです」
「できれば毎年。そうなら、それを励みに長生きできそうよ」
ダイアナはジョンに張り付く。
「ばあちゃん、魔王の精気をあんまり吸うなよ。毒なんだしさ。あの世に行ったときにじいちゃんにバレて怒られるぞ」
そこへサムが横槍を入れる。
「はいはい」
ダイアナは口をすぼめた。
リジーはサムの3姉妹にも次々と抱きしめられていた。
「楽しかったわ、リジー。ジョンと仲良くね」とヴィクトリア。
「またお茶会しましょう! プレゼントありがとう」
ブレンダからは頭を撫でられた。
「こんな可愛い妹が欲しかったのよね」
ホリーがしみじみ言うと、
「おまえの方が年下だろうが!」
サムが突っ込む。
「そうでした。ごめんね、リジー」
「いいの」
実際リジーよりホリーの方がひと回り体格がよかった。
「こんな家族だけどさあ、また来てくれよ」
サムが両手を広げてウィンクをする。
「サムがマメに連れて来ればいいんじゃない」とホリー。
「やだよ、面倒くさい。ばあちゃん、そろそろ魔王を放せよ!」
ダイアナはまだジョンの腕に手を絡めている。
「おほほほ、次がいつかわからないから離れがたくてね」
「ダイアナさん、また必ずお会いしましょう。お元気で」
「魔王さんの精気を十分いただいたから、しばらくは大丈夫よ。楽しかった。素敵な時間をありがとう。ジョン」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「ばあちゃん、こいつの表向きの顔に騙されるな。こいつは女には優しくするようにしこまれてるだけだから」
「じゃあ、リジーちゃんは騙されてるの? こんなに素敵なら騙されてもいいけど」
「リジーは特別なんだよ。無自覚で魔王を飼いならすツワモノだから」
「サム、やめてよ!」
リジーは急に落ち着かなくなった。
見上げると、ジョンは嫌そうな顔もせずに、リジーを見て微笑んでいた。
ニコラスがふたりの方へ歩み寄ってきた。
リジーとジョンはニコラスへ向き直る。
「ニコラスさん……! ありがとうございました……」
リジーはそれ以上言葉にならなかった。
「ニコラスさん、お世話になりました。ありがとうございます」
ジョンがお礼の言葉を伝えると、ニコラスも長い腕でふたりをギュッと包み込み、
「ふたりとも、サムをこれからもよろしくお願いします。ここを第2の故郷だと思って、ぜひまた遊びに来てください。いつでも歓迎します」
丁寧な口調で別れの言葉を紡ぐ。
「僕はあなたをこれからも父のように何度も思い出すと思います」
「ジョン、それもいつでも大歓迎だよ」
ニコラスは、ジョンの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
リジーにとってもニコラスは父親のイメージと重なり、思わず涙が滲む。
「リジー? またいつでもおいで」
ニコラスは愛情深い眼差しでふたりを見つめた。
「はい……」
リジーはジョンに肩を支えられ、なんとか泣かずに耐えると、大丈夫と見上げる。
「行こうか」
ジョンに肩を抱かれながら、車に向かう。
「ジョン、リジー、来てくれてありがとな。また、あっちで会おう!」
明るく手をあげて寄越したサムに、ふたりは大きく頷いた。
◇◇◇
サンタクロース一家に後ろ髪を引かれながら、サンタクロースの町から発つ。
ジョンは車の窓から見える町を、バックミラーに映る景色を、目に焼き付けた。
町が遠くなり、我慢できなくなったのか、リジーは涙をあふれさせている。
「ごめん、ジョン。すぐに泣き止むから」
「好きなだけ泣いていいよ」
ジョンは、助手席で俯くリジーの背中に手を回した。
リジーが肩を震わせ、声を抑えて泣いている。
父親を想って、何度涙を流してきたことだろう。
(胸が痛い。でも、きみのそばにいられるならどんな罰をも何度だって受け入れる。僕はもう決めている。この先も心はずっときみのそばに。たとえ憎まれても恨まれても、きみの心を放さない。僕は魔王だから)
さようなら、虹の都……サンタクロースのいる町。
さようなら、サンタクロース。
◇◇◇
リジーとジョンを見送った後、サムとニコラスはリビングにいた。
このように穏やかな気持ちで会話できる日が来ようとは、父親も息子も思っていなかった。
「サム、良い友達を持ったな」
「ああ、そうだろう? あのふたりは馬鹿みたいに裏がないから安心する。あいつらは俺を変に羨んだり、妬んだり、色目使ったりしない。一緒にいて楽なんだ。からかうと真面目に返してくるから面白いし。まあ、度が過ぎると返り討ちに合うけど」
「なんて言い草だ」
「父さんには俺の苦労はわかんねえよ」
「そうか。いや、少しならわかるぞ。父さんだって若いころは多少見目は良くてだな、もてた」
「どうだか」
サムはニコラスの腹あたりに目をやる。
「嘘だと思うなら若いころのとっておきの写真を見せてやる」
「わざわざ見るかって」
「……おまえ、いずれは帰ってきて後を継いでくれるのか?」
ニコラスが急に話を変え、サムは釣られるように答えた。
「親父がもう少しヨボヨボになったらな」
「!」
ニコラスの表情が何段階も明るくなった。
「今度は本命の女を連れてくる」
「そうか、楽しみにしている」
「いつになるかわからないけど。まだ予定だから」
「本命になるのがか? それとも連れてくるのがか?」
「どっちもかな。まだ手しか繋いでない」
「……私はリンダと握手だけで清いまま結婚した。まあ、そういうのも悪くないぞ」
「へえ、で、そのあとがっついて子供4人も?」
「いや、なに、リンダが子供はたくさん欲しいって言ったんだ。そもそもがっつかなければ、おまえは生まれてないぞ!」
「ちょっと、ふたりとも。大声でなんて会話してるの! 未婚の娘たちがいるんだから、静かになさい!」
「リ、リンダ……」
元天使の妻の登場に、サンタクロースはこそこそと背中を丸めてリビングから出て行った。
「ま、待て、親父!」
「で? サム、あなたまさか、彼女さんを妊娠させたとかじゃないでしょうね!?」
母親の顔になった元天使の釣りあがった目は、妙に迫力がある。
「な、させるかよ!! ……俺も部屋に行く」
サンタクロースに続き、悪魔も尻尾を巻いて退散した。




