79 思い出の懐中時計
「リジーも早くプレゼントを開けてみてよ!」
リジーの周りに、サンタクロース一家の女性たちが詰めかけた。
「は、はい」
リジー宛のプレゼントは4つ置いてあった。
サムとサムの家族からのが2つ、ジョンからのが2つある。
(ジョンのが2個?)
リジーはまずはサムの家族からのプレゼントを手にした。
包みを開けると、ピンクを基調とした小花模様の小さめのトートバッグが現れた。
「わあ、可愛い、素敵! ありがとうございます。嬉しいです」
「おばあちゃんが選んだのよ」
ヴィクトリアがダイアナの後ろから肩に手を置いて、にっこりする。
「ダイアナさん、ありがとうございました。気に入りました! 私に用意して下さったお部屋のお手製のクッションとベッドカバーもセンスが良くて、とても素敵でした」
「あら、いやだ。あんまり褒めないでちょうだい。恥ずかしい」
ダイアナは、手をパタパタと振り回した。
リジーが次にサムからのプレゼントを開けようとすると、サムから声がかかった。
「俺のは期待して良いぞ! 実はアイリーンと一緒に選んだというか、彼女が選んでくれた」
「アイリーンが? ありがとう、サム。楽しみだよ!」
そう聞くとリジーのテンションも上がる。
「サム、そういえば、お父さんたちにはワインクーラーをあげてたみたいだけど、私たちにはプレゼントは無かったの? ジョンは素敵なアンティークのスプーンとフォークのセットをくれたのに」
ホリーがサムを見据えて腕を組んだ。
「置いてあっただろう?」
「え?」
「緑と銀色の水玉の包み紙の……あの品の良い色違いの手鏡とポーチ?……」
「え? まさか、あの送り主の名前の無かったやつ?」
「俺からなんて書いたら、引くだろ? だから、書かなかった」
「嘘……。サムが私たちにプレゼント? 初めてじゃない?」
3姉妹は、きょろきょろとお互いの顔を見合わせている。
「まさか、サムからあんな気の利いたプレゼントを貰えるなんて……彼女効果すごい」
とブレンダ。
「彼女偉大!」とホリー。
「そうだろ~、俺の彼女は最高なんだよ!」
サムはかなり胸を張っていた。
リジーは美しく聡明なアイリーンの姿を思い浮かべながら、自分宛ての赤と銀色の包装紙で包んであるプレゼントを開けた。
美しいペイズリー柄の半透明のポーチに入った化粧品のセットだった。
口紅、アイシャドウ、チークが入っている。見たことのあるブランドのものだった。
「すごい。ありがとう、サム。嬉しいよ。今度アイリーンにお化粧のやり方教わろうかな。私、お化粧苦手で……」
リジーは顔の青みを消そうとした時の、あの化粧の酷さを思い出し、引きつった笑みを浮かべた。
チラリとジョンを見やると、ジョンがなぜかこちらに背を向けている。
微かに肩が揺れている?
(うわ、きっとあの時の事を思い出してるんだ! こっそり笑うなんてひどい)
心の中で、ジョンに文句を言いながら、リジーはジョンからのプレゼントに手を伸ばした。
(ふたつもあるのはどうしてだろう?)
「縦長の包みの方はきみの誕生日プレゼントのために用意していたんだけど、渡す機会を逃してしまって。今頃ごめん。四角のほうがクリスマスプレゼントだよ」
リジーの手が迷ったのを見ていたジョンが説明した。
「誕生日プレゼントも? ありがとう。嬉しいよ」
(誕生日の時、用意していてくれたんだ)
リジーの心の中に温かいものが広がる。
縦長の箱を開けると、銀色の蔓模様の台座に大きな楕円の緑色の石が嵌めてあるペンダントが入っていた。リジーは、その気品のあるペンダントに魅せられた。
「素敵……。ありがとう、ジョン!」
リジーはありったけの想いを込めて、ジョンを見つめた。
周りに誰もいなかったら、抱きつきたいところだった。
「きみに似合うと思った。オルベラストリートで見つけたんだ」
「リジー、さっそくジョンにつけてもらったら? ジョン?」
リンダに催促されたジョンはペンダントを手に取り、リジーの首に手を回すと留め具をはめた。
リジーの胸元にペンダントが下がった。
「とても似合うわよリジー!」
口々に褒められ、リジーは嬉しさのあまり、本当にジョンに抱きつく寸前だった。
「いいなあ、私も男の人からアクセサリーを贈られてみたい」
ホリーがそう言ってため息を吐いたので、リジーはなんとか思い留まった。
「ねえねえ、もうひとつの方も早く開けてみせて!」
ブレンダが好奇心に目を輝かせながら四角い箱のほうを凝視していた。
「うん」
ペンダントをしている自分を鏡で見たいと思いながらも、リジーはもうひとつの箱を開けた。
中にはシンプルなデザインの銀色の蓋付きの懐中時計が入っていた。
使用感があり、新品のようには見えなかった。アンティークだろうか。
蓋にはデザインされた<R>のイニシャルが印してあった。
リジーは丁寧に箱から出して、手に取った。
蓋を開けるとローマ数字の文字盤と、小さく空いた窓からオルゴール特有の櫛のような金属片が見えた。時計の裏側に小さいゼンマイとスイッチが付いている。
「オルゴールの付いた懐中時計?」
リジーはジョンのほうを見上げた。
「それは僕が使っていた物だけど、きみに持っていてほしいんだ」
「これは、ジョンの大事な時計なんじゃないの」
◇
「大事だから、きみに」
(この時計は、きみのお父さんが僕に贈ってくれた物なんだ)
ジョンはその時の光景を思い出す。
『ジョン、誕生日おめでとう! これは私からのプレゼントだ。私が普段使っている物だが、息子のきみに持っていて欲しい』
ジョンはその懐中時計を受け取ったとき、フリードがそれとともに生きて来た時を考えた。
大切な時間を共に過ごした時計を自分に渡してくれる。
どんな嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、どんな鮮やかな思い出の瞬間も、この時計は時を刻んできた。その人のことを誰よりも克明に知っている。
これを手にしたとき、どんなに嬉しかったか。
「ジョン、ありがとう。大切にするね」
リジーが目を潤ませて、懐中時計を大切そうに手に包んでいる。
「きっと、時計もきみの手の中で喜んでいる」
フリードも喜んでくれているに違いない。
自分がいなければ、本来なら、リジーが受け取っていたはずの時計。
「オルゴールの音楽を聴いても良い?」
「うん、後ろのゼンマイを回してスイッチを入れてみて」
リジーは指でゼンマイを丁寧にゆっくり回す。
スイッチを入れると明るく軽い音楽が流れて来た。
小さいオルゴールだからか、音は明るいのに、旋律にはどこか儚さを感じる。
その場にいる全員が、息をひそめて、その曲に耳をかたむけていた。
「これは、<ラ・マンチャの男>というミュージカルの代表的な曲だな」
ニコラスが昔の思い出を懐かしむような表情を浮かべながら、静かに口を開いた。
そうだ、あの時のフリードも、
『<見果てぬ夢>というタイトルの曲だよ。ジョン、知らなかったかい? 終わらない夢、実現不可能な夢というタイトルだが、叶わない夢を嘆く曲ではない。励まそうとする曲だ。私はこのメロディが大好きなんだ』
今のニコラスのような表情をしていたかもしれないと、ジョンは脳裏に残る微かな記憶を探り当てた。
「リジー……?」
リジーが瞳から涙をぽろぽろと零している。
「!」
それを見たジョンは何か言いようのない不安が胸に広がり、動けなくなった。
「リジー、どうしたの?」
リンダがハンカチをポケットから出すと、リジーの頬に優しくあてた。
「あ、あまりに綺麗な曲で、涙が……悲しいわけじゃないのに」
「そうね。確かに心に染み入るような曲よね」
リンダがリジーの肩を静かに抱き寄せている。
「おい、大丈夫か。おまえ、具合悪そうだぞ」
近くにいるサムに小声で話しかけられ、ジョンは我に返った。
「あ、ああ。なんでもない」
「リジーは曲に感動して泣いただけだぞ。うろたえんなよ」
「そうだな」
リジーはフリードと繋がる何かを感じたのだろうか。
ジョンはリジーの様子が気にかかり、しかたがなかった。
◇◇◇
リジーは、何度もオルゴールの曲に聴き入っていた。
(美しくて切ないメロディ。どこかで聴いたような気がする。どこでだったかな。なんで、涙が出たんだろう。不思議……)
その光景を少し離れて不安そうに見つめているジョンに、リジーは気がつかなかった。
サンタクロースの家では、それぞれが自分宛てのプレゼントを眺め、幸せな気分に浸っていた。
クリスマスの朝はこうして過ぎて行った。




