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78 クリスマスプレゼント

◇◇◇


 クリスマスの早朝、サムは自分の部屋でこっそり起き出した。

 誰にも見られず、一番最初にひとりで開けたいクリスマスプレゼントがあった。

 そのため、リビングのツリーの下ではなく、部屋に置いたままにしていた。


 アイリーンから渡されていたそれを、鞄の中から取り出す。

 ようやく目にすることができる喜びに頬が緩む。

 振ると水音がするので、液体なのはわかっていた。

 雪の結晶模様の包装紙を破くと、紺色の箱にオードトワレの文字が見えた。

 薄い水色の透明な液体の入った小瓶を手に取る。


(へえ、なに、俺にこれを?)


 サムはキャップを開けて香りを嗅いでみた。


(爽やかクール系か。きみはこんな男がお望みか? きみが好きで選んでくれた香りなら、喜んで使わせてもらうよ。ただ、俺はこんな爽やか系じゃないけどね。これをプレゼントに選んだって、どんな意味があるのかなあ。この香りの俺に……抱か……)


 爽やかなミントのような香りに包まれながらベッドに戻り、妄想を膨らませるサムだったが、また眠気に襲われ、自然と目を閉じていた。



◇◇◇



 目覚まし時計のベルが鳴り、リジーはその音で頭の中のスイッチが入ったかのように、すぐに目が覚めた。


 最初に頭に浮かんだのは、昨夜のジョンのことだった。


『きみに話さなければならない大事なことがある』


 その瞳は闇のように、暗く沈んでいた。

 

 でも、今、心配しても仕方がない。

 せっかくのクリスマス、ここはサンタクロースの家。


 気持ちを切り替えると、リジーは身体を起こしベッドから降りた。鏡の中の自分の顔を確認する。擦り傷の細かなかさぶたは、まあ、愛嬌だ。

 掌や手首の絆創膏を思い切って剥がす。

 明るく前向きだけが取り柄、鏡に映るちっぽけな自分に笑いかけた。


 リジーはシャワーを浴び、着替えると、階下に降りて行った。




 サンタクロース一家は、華やかな笑顔をたたえ、既にリビングルームに集っていた。


「おはようございます!!」

「おはよう、リジー!」


 リジーの瞳には、物語に出てくるような幸せな家族の光景が映った。

 マントルピースの上の家族の写真は、これからも増えていくに違いない。


(サンタクロースのニコラスさん、リンダさん、ダイアナさん、ヴィクトリアさん、ブレンダさん、ホリーちゃん、そして、サム。素敵なご家族)


 リジーも早く自分の家族に、母と祖母に会いたくなった。

 そして、そこにジョンもいてくれたら。


「リジー、ジョンにはサムを起こしに行ってもらったの。ふたりが来たら、朝食にしましょうね」


 リンダと3姉妹が連れだってキッチンへ向かう。


「はい。私もお手伝いします」

「あら、いいのよ。リジーはお客様なんだから、リビングで待っていて」


 ヴィクトリアに笑顔で制される。


「リジー、昨日はきみの活躍のおかげで<白猫>の美味しいマドレーヌが食べられた。今日は、出発の時間までゆっくりしているといい。他の武勇伝も聞かせてくれ」


 ソファに座っていたニコラスがにっこり笑って手招きする。


「え~!?」


(わ、ニコラスさんにも知られちゃったんだ。他の武勇伝って……そんなの無いのに~)


 リジーは急に身の置き所が無くなった。



 その時、ジョンが半開きの目のサムをに引きずるようにしてリビングルームに現れた。


「あ、おはよう、ジョン。おはよう、サム」

「おはよう、リジー」


 昨夜の憂いはどこにも感じさせない、いつものジョンだった。


「お、はよ、リジー」


 まだ眠そうなサムには途切れ途切れの、くぐもった声で挨拶を返された。


「おはよう、サム。シャキッとしないか。気持ちの良い朝だろう」


 ニコラスからは柔らかな笑みが消え、威厳のある父親の表情が浮かびあがった。


「おはよう。朝は苦手なのに、突然凶暴な魔王に起こされたからさ……」

「誰が凶暴だって? 声をかけてもピクリともしないおまえが悪い」

「うへ、急に毛布剥いで胸ぐら掴むって、あり得ないんだけど?」

「ベッドから落とした方が良かったか?」

「げ、俺の扱いが段々荒くなってる気がする」

「優しくしてほしいのか?」

「……いや、朝から優しくするのはリジーだけにしておけよ」


 突如気だるさが消え、サムに悪魔の気配が宿った。


「!」「……」


 ジョンとリジー、ニコラスの動きさえも一瞬止まる。


 3人の動作を一瞬でも封じたことを自慢するかのように、悪魔は胸を張ったが、魔王よりも先にサンタクロースからゴツンと制裁を受けた。



 朝食が済むと、いよいよクリスマスプレゼントを開ける瞬間が近付き、リジーもワクワクしてきた。

 リジーたちとサンタクロース一家は、クリスマスツリーの方へ移動した。


 遠慮のない3姉妹たちが、自分あてのプレゼントの包みを手に取って、ビリビリと一斉に破き始める。

 次々と紙を破く音と、歓喜の声が続く。

 幸せの象徴のような、カラフルな包装紙の海ができあがる。

 3姉妹のプレゼントは洋服やインテリア雑貨、アクセサリー、目を見張るほど多かった。そして、出来上がったプレゼントと包装紙とリボンの海の中で、幸せそうに笑っている。


 リジーは、リンダ、ダイアナと共に姉妹たちのプレゼント品評会に参加させられていた。優しい父親の姿に戻ったサンタクロースのニコラスも、目じりの皺を深め、その様子を嬉しそうに眺めていた。


「きゃ~おいしい! リジー、ありがとう!!」


 女性たちは、リジーの贈ったチョコレート菓子を開けると、さっそく皆で口に入れていた。


「ほら、リジーちゃんも口を開けて」

「え? 私は、持ってきた本人なので、いいで……ふ……あ」


 ダイアナに無理やり口に入れられて、リジーはもごもごと口を動かした。


(ん~、おいしい、良かった。こんなに喜んでもらえて)


「おいしい。涙が出そう」

「口の中でマシュマロとチョコレートがとろけて、滑らかな舌触りで、味も最高!」


 ブレンダが頷きながら2個目に手を付けた。


「美味しいものを食べると、なんで頷きたくなるんだろうね」


 ホリーも蕩けそうな顔をして何度も頷いている。


「そうね」


 ヴィクトリアもリンダもダイアナも大きく頷いていた。

 ブレンダの持っていたチョコの箱に、大きい手が伸びて来て、ヒョイと摘まんで行く。


「ちょっと~、私たちのチョコなのに!」

「いいじゃん、味見したって。<シーズ・キャンディーズ>のチョコか? うまいな、これ」


 サムも満足そうに頷いた。


「サムはいつでもハーバーシティで食べられるでしょ? ここにシーズの支店は無いんだから遠慮しなさいよ! ていうか、たまには可愛い妹に何か送って寄こしなさいよ。兄貴の癖に何もくれないじゃん」

「は? 可愛いって、どこにそんな妹が? 騒がしい妹ならここにいるけどなあ」


 サムがブレンダの頭上で、クルクルと人差し指をまわした。


「こら、止めなさい、ふたりとも」


 リンダが諫める。


「お母さん、サムが変わってない!」

「変わったわよ」

「え? どこが!?」

「顔が優しくなったじゃない」


 母親にそう言われ、サムがキッと目つきを変えたのと、ブレンダがサムを見たのはほぼ同時だった。

 

 微笑ましい兄妹のやりとりに、リジーは口元を綻ばせた。

 傍らに、いつもの気配を感じる。


「兄妹が羨ましい?」

「うん。そうだね。お兄ちゃんてなんだかいいよね」

「きみに望まれても、僕はきみのお兄ちゃんにはなりたくないな」


 耳元にジョンの息がかかり、リジーは動悸がした。


(ジョンをお兄ちゃんなんて、思ったことない……?)


 

 プレゼントの開封はまだ続いていた。

 ニコラスが、ジョンからのプレゼントのボトルワインの包みを開き、丁寧に持ち上げる。

 ラベルをじっくり眺めると、目を輝かせ、ほおっと息を吐いた。

 その様子を、ジョンとサムは食い入るように見ていた。


「ありがとう、ジョン。なかなか自分じゃこんな上等のワインは買わないからな。嬉しいよ。ボルドーの赤。<シャトー・デュクリュ・ボーカイユ>か。感激だよ」

「喜んでいただけて良かったです。僕はワインのことは詳しくないので、知り合いから勧められた銘柄にしました」

「私も少し嗜む程度で、まったくの初心者だよ」

「サムから、プレゼントにワインを提案されたんです」


「馬鹿、ばらすなよ」


 サムがジョンの背中を小突く。


「サムから?」


 ニコラスの視線をまともに受けたサムが、慌てて目を逸らした。


「いっつも、安っぽいワインをみんなで大事そうに飲んでたからさ、好きなのかと思って」

「ありがとう、サム」

「俺のプレゼントはワインクーラーだけど、ジョンのプレゼントに合わせたわけじゃないからな」

「わかった、わかった」


 ニコラスが目じりを下げ、息子に微笑みかける姿は、ジョンの心も幸せで満たした。



「お客様のプレゼントは、埋もれないように、こちらに置いたわよ。サムのもこっちにあるから」


 別に敷いた赤いマットのほうにリジーとジョン、サムへのプレゼントが置いてあるようだった。

 リンダが3人を促す。


 リジーは散々迷った結果、ジョンにはリクエストされたいつものクッキーと幾何学模様のシンプルなマグカップ、サムにはガラスに銀色の蔦の装飾があるフォトフレームにした。


「ありがとう、リジー。持ちやすいし、質感が良いね。コーヒーが美味しく飲めそうだ。クッキーも嬉しいよ」


 ジョンはカップを持つと大切そうに手に包み込み、嬉しそうにしていた。

 ジョンの喜んでいる姿にリジーはホッとした。


「俺にもありがとな、リジー。早速アイリーンと一緒の写真でも撮って飾るかな」


 サムがニタニタする。


「アイリーンて誰?」


 耳ざといヴィクトリアが聞いて来る。


「俺の美人の彼女」


 サムがすました表情で言い切る。


「ま、あんたに彼女ですって? 奇特な子もいたものね~」


「すごく素敵な女性なんですよ」


 リジーがそう言うと、サムは益々にやけた。


「やだ、しまりのない顔しちゃって。突っ張って不機嫌な顔してた頃とはずいぶん違うわね。良い友達と素敵な彼女がいて、多少まともになったのね。姉としても嬉しいわ。ジョン、リジー、これからも馬鹿な弟をよろしくお願いします」

「はい」


 ジョンとリジーはしっかり縦に頷いた。


「馬鹿なって、ふたりともそこは否定無しかよ!」

「馬鹿だろう」ジョンが小さく呟く。

「昨日は褒めてたろ?」

「感謝はしてると言ったが、褒めてはいない」

「これだよ、俺の純粋な心を弄ぶ魔王め、昨夜の感動を返せ!」


「うるさいわよ、サム。さあ、残りのプレゼントもさっさと開けなさいよ!」


 ヴィクトリアの声がふたりのじゃれ合いを遮るように響いた。


「わかったよ」


 サムは姉の言葉に従って、置いてあった小さめの包みを手にした。


「それは、オーナーから、サムとご家族へのプレゼントだ。おまえの家で過ごすと伝えたら、プレゼントにそれを持っていくように言われた」

「え? シンドバッドさんから?」

「そうだ」

 

 サンタクロース一家がみなサムの周りに集まってきていた。

 その場にいる全員の視線が、サムが手にしているガラスの小物入れに注がれている。

 薄黄緑色をした菱形の切込みのデザインのガラスに、半透明の乳白色の縁取りが見える蓋つきの入れ物だった。


「とても綺麗なガラスのキャンディポットね」


 女性たちの目はそれに釘付けだった。


「これはヴァセリンガラスといって、人体に悪い影響が出ないほどの極わずかのウランを着色材として入れて作ってあるんです。1940年代までは大量に作られていましたが、今はもう僅かしか制作されてはいませんので、昔作られた品は希少価値の高いアンティークとして人気です。見ていてください」


 ジョンは説明を区切ると、小さな懐中電灯をポケットから取り出し、ガラスに光を当てた。

 すると、ガラスがエメラルドのような鮮やかな緑色の色彩を放った。


「!!!」


 その幻想的な美しさに、リビングルームに感嘆の声が上がる。

 リジーも目を見張った。一瞬で心を奪われるほどの美しさだった。


「このライトは紫外線ライトです。着色材のウランが発光しているんです。もちろん自然光でも反応して、その日によって違った神秘的な姿を見ることができます」


 女性たちは丁寧に手渡ししながら、窓にかざしたり、ライトを当てたりして見惚れていた。


「こんな美しい品を私たちに? いただいて良いのかい?」


 我に返ったニコラスが、ジョンにたずねている。


「はい、オーナーのデイビッドからの気持ちです。サムには世話になっていますし、オーナーは僕よりもサムと気が合うようですし」


 リジーはジョンの言葉に思わず噴きそうになり、口を両手でおさえてそのまま小さくなった。デイビッドが帰省した時の、テンションの高いふたりの抱擁を思い出してしまったのだ。


「もしかして、シンドバッドさんと俺がラブラブで妬いちゃってる?」


 サムがジョンの肩に手を回し、顔色をうかがった。


「いいや。オレの分まで懐いてもらってありがたい」


 ジョンは澄ました顔で、その手を捻りながら外す。


「痛てて。おまえも少しは甘えてやればいいのに」

「十分甘えている」

「え~? 俺の見てない所でずるい! 俺にも甘えろ」

「は? 何を言ってる!」


 なおも抱きつこうとするサムからジョンは素早く身をかわした。身体をかわされよろけたサムの先にリジーがいて、その栗色の頭に当然のようにサムが肘を載せた。

 頭を固定され、じたばたしていたリジーがジョンに助けられるまでほんの数秒。

 ジョンはリジーを自分の背後に隠す。

 今度はサムがジョンに頭を掴まれ、さらに頭頂部をぐりぐりとされる。サムは痛がる素振りを見せながらも、嬉しそうにへらへら笑っていた。


 サンタクロース一家は、目の前で繰り広げられる寸劇を楽しく観ていた。


◇◇◇


「あ~、お取込み中かと思うが……」


 ニコラスがうまい具合に間に割って入る。

 ジョンはサムを横に放すと、ニコラスに向き直った。


「ジョン、本当に素晴らしいプレゼントをありがとう。それから、サムの事、感謝していると、デイビッドさんにお伝えください」

「はい。オーナーに伝えます」


 ジョンは、ニコラスの心からの感謝の気持ちを受け取った。


『……本人が持っている素材に光を当ててやれば、宝石のように輝く。ジョン、店に<ヴァセリンガラス>のキャンディポットがあっただろう? それをサムと彼の家族へ、私からのプレゼントとして渡したいから、用意しておいてくれ』

『はい、オーナー』


 ジョンはデイビッドのことを思い出し、温かい気持ちになった。

 そして自分のそばに寄り添い、ほんわかとした笑顔で見上げて来るリジーの肩を抱き寄せた。


ヴァセリンガラス:日本ではウランガラス、アメリカではワセリン(有名な薄黄色の軟膏)の色に似ているので、ヴァセリンガラスと呼ばれているそうです。ウィキペディアの記事も参考にさせていただきました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵な仲間と家族ですね! 私はこの中のすみっこでいいから住みたいです。 [一言] 本当は、もう少し先で感想をと、思っていたのですが、 「ヴァセリンガラス」に反応してしまいました。 画像をみ…
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