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76 サンタクロース家のビンゴ大会


 リジーがジョンの温もりに幸せをかみしめながら、少しまどろみかけた時、ドアのノックの音が盛大に響いた。

 リジーは驚いてビクッと身体を震わせたが、ジョンは平然とリジーを抱え込んだままでいる。


「おーい、下でビンゴ大会始めるぞ。降りてこられるか? ふたりでいるんだろ!?」


 サムがドアの外で声を張り上げている。


「ずいぶん早い迎えだな」


 ジョンが吐いたため息が耳にかかり、リジーははじかれたように凭れていたジョンの胸から頭を起こした。


「でも、行こうよ。ジョン」


 リジーはいつまでもこのままでいたいと思う反面、このふたりだけの濃密な空気が急に気恥ずかしくなってきた。


「わかった。今行く!」


 ジョンがドアに向かって声を上げた。


「OK! 早く来いよ!」


 サムの引き返す足音がした。


「ごめん、ジョン。私、お手洗いに行くから、先に降りてて……」

「わかった」


 ジョンが部屋を出て行くと、リジーは急いでドレッサーの鏡で腑抜けているであろう自分の顔を確認し、力を入れ引き締めた。


(ジョンが甘すぎて、辛い。一緒にいると火照る頬を冷ます暇がないよ)



 リジーが気を取り直して階下に行くと、すでにビンゴ大会は始まっていた。


「リジーちゃん、こっちこっち!!」


 ダイアナが手招きしている。


「はい、これ。リジーちゃんのビンゴカードね。まだ始まったばかりだから、大丈夫よ」

「はい。遅くなってすみません」


 素早く見渡したが、先に降りたはずのジョンがいない。


 リビングの中心では、ヴィクトリアに促され、サムがけだるそうにビンゴのボールが入ったケージをカラカラと回していた。横にかしこまったブレンダとホリーもいる。


「35番です!」


 ヴィクトリアの声が響いた。

 サムがブレンダにボールを渡し、ブレンダがそれを木製のボールホルダーに置く。


「リジーちゃん、ほら、35番あるじゃないの」

「あ、本当だ」


 カードを覗き込んできたダイアナに指摘され、リジーはカードの番号を折り曲げた。


「そうそう、魔王さんは夜の散歩に出かけましたよ。世俗的な遊びは好まれないようね」

「散歩? ですか」


 リジーが訝し気な顔をすると、ダイアナがいたずらっ子のように目をキラッとさせた。


「実は、ニコラスから公会堂から帰ると連絡があったのよ。だけど、外が急な雨だから、誰か傘を持って迎えに来て欲しいって。それでリンダが行こうとしてたんだけど、急な来客があって。そしたら魔王さんが自分が行きますって言ってくれたのよ。自分はビンゴゲームには興味ないからって。本当に親切な魔王さんね」

「そうでしたか」


 ジョンらしい。ダイアナがジョンを〈魔王〉と呼ぶのがおかしかった。


「魔王さんがあなたのボーイフレンドじゃなかったら、口説くのに……」

「え!?」

「冗談よ」


 ダイアナはニカッと歯を見せて笑った。




「あ、リジー」


 リンダが玄関の方から手に紙袋を持って戻って来た。


「これ、あなたに。お礼ですって」


 リンダから紙袋を渡され、リジーは反射的に受け取った。


「お礼?」

「昼間の大活躍のご褒美だわね」


 擦り傷のないあたりの頬を、リンダに優しく撫でられ、リジーは目を見開いた。


「木に登ってお孫さんの風船を取ってあげたんですってね。今、お礼にって洋菓子店<白猫>のオーナー夫人がこれを持っていらしたのよ」

「そうだったんですか。逆に心配をおかけしてしまったのに」

「お孫さんが、すごく喜んでいたそうよ。受け取ってあげて。<白猫>の焼き菓子はとても人気なのよ」

「<白猫>ってもしかしてあのお城みたいなおうちの洋菓子店ですか?」

「そうよ。休暇中だけどオーナー自ら焼いてくれたマドレーヌですって。直接リジーに渡したらって言ったんだけど、そそくさと帰られちゃったわ。彼女、ほんとに恥ずかしがり屋なのよね」


 リジーの脳裏に奥ゆかしい雰囲気の婦人の姿が思い出された。


「リジーの事をお嬢ちゃんって呼んでたから、訂正しておいたわよ」

「へ?」

「あなたのこと中学生だと思ってたみたい」

「!!」


(中学生? うわっ、泣けてくる。ジョンもサムもここにいなくて良かった~)


「失礼しましたって、謝ってたわ」

「そ、そうですか」


(謝られるって、逆に落ち込む)


「それにしても、怪我したことサムから聞いた時は驚いたわよ。リジーったら何も言ってくれないんだもの。だから知らないふりしてたけど、そのほっぺも、手も、身体も、さぞ痛いでしょうに?」

「大丈夫です。擦り傷だけでしたから、大したことありませんでした」

「でも、勇敢なのも程々にね。ジョンの方が神経をすり減らしちゃってるんじゃない?」

「気を付けます」


 リジーは少し冷めていた頬を、また熱くした。


「次、7番!」


 ビンゴ大会は続いている。

 ダイアナは、リンダと話をするリジーのカードのチェックも怠らない。


「あら、惜しい」


 ダイアナが残念がっている。


 リジーは焼き菓子の入っている袋を開けてみた。

 その中には、貝殻型をした黄金色のマドレーヌがたくさん入っていた。


「わ~っ、すごいバターの良い香り。おいしそう!! リンダさん、これ、みんなで食べませんか? こんなにあるんです。私ひとりじゃ食べきれませんし、半分にすればここにいる人数分以上にはなりますよね。切ってデザートテーブルに置きましょう!!」

「リジー、あら良いの?」

「はい! みんなで食べた方がもっとずっと美味しいですから!」


 リジーのクリっとして澄んだ瞳は生き生きと輝く。


「あなたって本当に素直で可愛いわね」


 サムのお嫁さんになってくれたらよかったのに、というリンダの呟きは、誰の耳にも聞こえなかった。


 リジーがリンダと話をしている間も、ダイアナは真剣にビンゴの数字を追いかけ、リジーの手にしていたカードの世話もせっせと行ってくれていた。



「28番!」

「次は、71番です!」

「ビンゴっ!!」


 ダイアナが突然叫んだ。

 その迫力ある大声にみなギョッとなる。

 割れんばかりの拍手のなかでも堂々として怯まない。

 サンタクロースの母は最強だった。


「主催者の身内が一番てどうよ?」


 拍手の陰で、サムはため息交じりにそう口にした。


「ずるはしてないし、いいんじゃない? おばあちゃんにはサンタクロースのご加護があるんでしょうよ」


 ヴィクトリアは特に気にも留めていないようだ。


 マントルピースに飾られていた大きな赤い靴下の中の品物が、ビンゴゲームの景品だったようで、ホリーが靴下のひとつを外すと、ダイアナに恭しく渡した。

 参加者から、口笛や大きな拍手が沸き起こる。

 眉を上げ得意顔で靴下を受け取るダイアナに、リジーとリンダは顔を見合わせて笑い合った。


 ビンゴ大会は白熱し、マントルピースの靴下は歓声が上がるたびにひとつひとつ減って行く。

 サムと姉妹たちの共同作業で進められるビンゴゲーム。

 サンタクロース一家のビンゴ大会は、仲の良い家族の姿を映し出していた。


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