76 サンタクロース家のビンゴ大会
リジーがジョンの温もりに幸せをかみしめながら、少しまどろみかけた時、ドアのノックの音が盛大に響いた。
リジーは驚いてビクッと身体を震わせたが、ジョンは平然とリジーを抱え込んだままでいる。
「おーい、下でビンゴ大会始めるぞ。降りてこられるか? ふたりでいるんだろ!?」
サムがドアの外で声を張り上げている。
「ずいぶん早い迎えだな」
ジョンが吐いたため息が耳にかかり、リジーははじかれたように凭れていたジョンの胸から頭を起こした。
「でも、行こうよ。ジョン」
リジーはいつまでもこのままでいたいと思う反面、このふたりだけの濃密な空気が急に気恥ずかしくなってきた。
「わかった。今行く!」
ジョンがドアに向かって声を上げた。
「OK! 早く来いよ!」
サムの引き返す足音がした。
「ごめん、ジョン。私、お手洗いに行くから、先に降りてて……」
「わかった」
ジョンが部屋を出て行くと、リジーは急いでドレッサーの鏡で腑抜けているであろう自分の顔を確認し、力を入れ引き締めた。
(ジョンが甘すぎて、辛い。一緒にいると火照る頬を冷ます暇がないよ)
◇
リジーが気を取り直して階下に行くと、すでにビンゴ大会は始まっていた。
「リジーちゃん、こっちこっち!!」
ダイアナが手招きしている。
「はい、これ。リジーちゃんのビンゴカードね。まだ始まったばかりだから、大丈夫よ」
「はい。遅くなってすみません」
素早く見渡したが、先に降りたはずのジョンがいない。
リビングの中心では、ヴィクトリアに促され、サムがけだるそうにビンゴのボールが入ったケージをカラカラと回していた。横にかしこまったブレンダとホリーもいる。
「35番です!」
ヴィクトリアの声が響いた。
サムがブレンダにボールを渡し、ブレンダがそれを木製のボールホルダーに置く。
「リジーちゃん、ほら、35番あるじゃないの」
「あ、本当だ」
カードを覗き込んできたダイアナに指摘され、リジーはカードの番号を折り曲げた。
「そうそう、魔王さんは夜の散歩に出かけましたよ。世俗的な遊びは好まれないようね」
「散歩? ですか」
リジーが訝し気な顔をすると、ダイアナがいたずらっ子のように目をキラッとさせた。
「実は、ニコラスから公会堂から帰ると連絡があったのよ。だけど、外が急な雨だから、誰か傘を持って迎えに来て欲しいって。それでリンダが行こうとしてたんだけど、急な来客があって。そしたら魔王さんが自分が行きますって言ってくれたのよ。自分はビンゴゲームには興味ないからって。本当に親切な魔王さんね」
「そうでしたか」
ジョンらしい。ダイアナがジョンを〈魔王〉と呼ぶのがおかしかった。
「魔王さんがあなたのボーイフレンドじゃなかったら、口説くのに……」
「え!?」
「冗談よ」
ダイアナはニカッと歯を見せて笑った。
「あ、リジー」
リンダが玄関の方から手に紙袋を持って戻って来た。
「これ、あなたに。お礼ですって」
リンダから紙袋を渡され、リジーは反射的に受け取った。
「お礼?」
「昼間の大活躍のご褒美だわね」
擦り傷のないあたりの頬を、リンダに優しく撫でられ、リジーは目を見開いた。
「木に登ってお孫さんの風船を取ってあげたんですってね。今、お礼にって洋菓子店<白猫>のオーナー夫人がこれを持っていらしたのよ」
「そうだったんですか。逆に心配をおかけしてしまったのに」
「お孫さんが、すごく喜んでいたそうよ。受け取ってあげて。<白猫>の焼き菓子はとても人気なのよ」
「<白猫>ってもしかしてあのお城みたいなおうちの洋菓子店ですか?」
「そうよ。休暇中だけどオーナー自ら焼いてくれたマドレーヌですって。直接リジーに渡したらって言ったんだけど、そそくさと帰られちゃったわ。彼女、ほんとに恥ずかしがり屋なのよね」
リジーの脳裏に奥ゆかしい雰囲気の婦人の姿が思い出された。
「リジーの事をお嬢ちゃんって呼んでたから、訂正しておいたわよ」
「へ?」
「あなたのこと中学生だと思ってたみたい」
「!!」
(中学生? うわっ、泣けてくる。ジョンもサムもここにいなくて良かった~)
「失礼しましたって、謝ってたわ」
「そ、そうですか」
(謝られるって、逆に落ち込む)
「それにしても、怪我したことサムから聞いた時は驚いたわよ。リジーったら何も言ってくれないんだもの。だから知らないふりしてたけど、そのほっぺも、手も、身体も、さぞ痛いでしょうに?」
「大丈夫です。擦り傷だけでしたから、大したことありませんでした」
「でも、勇敢なのも程々にね。ジョンの方が神経をすり減らしちゃってるんじゃない?」
「気を付けます」
リジーは少し冷めていた頬を、また熱くした。
「次、7番!」
ビンゴ大会は続いている。
ダイアナは、リンダと話をするリジーのカードのチェックも怠らない。
「あら、惜しい」
ダイアナが残念がっている。
リジーは焼き菓子の入っている袋を開けてみた。
その中には、貝殻型をした黄金色のマドレーヌがたくさん入っていた。
「わ~っ、すごいバターの良い香り。おいしそう!! リンダさん、これ、みんなで食べませんか? こんなにあるんです。私ひとりじゃ食べきれませんし、半分にすればここにいる人数分以上にはなりますよね。切ってデザートテーブルに置きましょう!!」
「リジー、あら良いの?」
「はい! みんなで食べた方がもっとずっと美味しいですから!」
リジーのクリっとして澄んだ瞳は生き生きと輝く。
「あなたって本当に素直で可愛いわね」
サムのお嫁さんになってくれたらよかったのに、というリンダの呟きは、誰の耳にも聞こえなかった。
リジーがリンダと話をしている間も、ダイアナは真剣にビンゴの数字を追いかけ、リジーの手にしていたカードの世話もせっせと行ってくれていた。
◇
「28番!」
「次は、71番です!」
「ビンゴっ!!」
ダイアナが突然叫んだ。
その迫力ある大声にみなギョッとなる。
割れんばかりの拍手のなかでも堂々として怯まない。
サンタクロースの母は最強だった。
「主催者の身内が一番てどうよ?」
拍手の陰で、サムはため息交じりにそう口にした。
「ずるはしてないし、いいんじゃない? おばあちゃんにはサンタクロースのご加護があるんでしょうよ」
ヴィクトリアは特に気にも留めていないようだ。
マントルピースに飾られていた大きな赤い靴下の中の品物が、ビンゴゲームの景品だったようで、ホリーが靴下のひとつを外すと、ダイアナに恭しく渡した。
参加者から、口笛や大きな拍手が沸き起こる。
眉を上げ得意顔で靴下を受け取るダイアナに、リジーとリンダは顔を見合わせて笑い合った。
ビンゴ大会は白熱し、マントルピースの靴下は歓声が上がるたびにひとつひとつ減って行く。
サムと姉妹たちの共同作業で進められるビンゴゲーム。
サンタクロース一家のビンゴ大会は、仲の良い家族の姿を映し出していた。




