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75 ジョンの背中


 その後、ジョンにぴったりと寄り添われているのは嬉しいが、リジーは恥ずかしくて落ち着かない。

 ジョンが料理を食べていないというので、料理のテーブルの方へ移動した。

 サムとヴィクトリアもなぜかついてくる。


「おすすめは、ローストビーフとポテトグラタン、すごく美味しかったよ。ローストビーフはとろけるくらい柔らかいし、ジンジャーのソースが最高に合うの。ポテトグラタンに入ってるベーコンは、バノンさんとこのみたいに塩味が丁度でジョンが好きかなって思う。それから野菜のソテーも胡椒がきいてて、脂っぽくなくていくらでも食べられそうだけど、そんなに食べてないよ……」


 料理の話を喋りすぎたと、リジーはハッとして口を閉じた。

 ジョンの目は料理ではなく、自分を絶え間なく映しているように感じる。


「わかった。全種類味見してくれたの?」

「ぜ、全部じゃないよ。ジョンが一番食べてみたいのを食べて」


(微妙にからかわれてる?)


 その様子を見ていたらしいサムが、澄ました顔をして口を挟んで来た。


「クロウが一番食べたいのはリ……うっ……ンゴだよな」


 魔王の素早い一撃に、わき腹を押さえた悪魔は言葉を詰まらせながらもニヤリとする。


「こういう場で……。いい加減にしろよ!」


 魔王の目線は、悪魔を射抜く。


「図星?」


 ふたりのやりとりにポカンとするリジーだった。


(林檎? デザートのテーブルにあったよね)


 何かコソコソ揉めながら手を出し合っているふたりは、なんとなく微笑ましい。


「何をじゃれ合ってるのかしらね。男ふたりで。いつもこんななの? リジー」


 ヴィクトリアが眉を上げて、ふたりを観察している。


「だいたいこんな感じ? かもしれません。ジョン、お料理取ってあげるね」


 そろそろ良いかとリジーは声をかけた。


「ありがとう。じゃあ、リジーのおすすめで」

「うん」


 リジーは取り皿を持って、料理をよそっていった。

 皿をジョンに渡すと、サムが横からまた口を出す。


「そこは、あ~ん、だろ?」

「え?」


 リジーが戸惑っていると、


「してほしいのか?」


 ジョンがおもむろにフォークにローストビーフをつき刺し、サムの口に持って行った。


「や、やめろ。おまえがやるといくらプラスチックのフォークでも凶器だから」


 サムは仰け反る。




「うふふふ……。本当に3人は仲良しなのね。お母さんは嬉しいわ」


 リンダとダイアナがいつの間にかそばに来ていた。


「サムがこんなに楽しそうにしている姿をみられるなんて……。無理やりでもサムに言って、あなたたちを招待してよかった」

「俺が楽しそう?」

「ええ、ニコラスにも見せたかったわ」

「そうかよ」


 サムはぶつぶつ言いながらもジョンの手からフォークを受け取ると、ローストビーフをぱくりと食べた。


「うまい。ジョン、母さんのローストビーフはうまいんだ。食べてやってくれ」

「ああ。いただくよ」

「ジョン、フォークを」

「ありがとう」


 ジョンもリジーが渡したフォークで、皿に取り分けてあったもう一枚のローストビーフを口にした。


「柔らかくておいしいです。ソースも絶品ですね」

「ありがとう、ジョン。サム」


 リンダは一段と華やかな笑顔になった。


「どのお料理もすごく美味しくて感激です。極意を教えていただきたいです!」

「ありがとうリジー。気に入ってくれて良かったわ。リジーの作ってきてくれたクルミ入りのクッキーも美味しかったわ。後でレシピを教えてね」

「あれはコツもいらなくて簡単なので……」


 ちらりとジョンを見て、目が合うと頬が火照るのがわかった。


「リジーちゃん、まだまだパーティは続くから、疲れたら適当にお部屋で休憩してきて良いのよ」


 ダイアナが気をそらせてくれた。


「はい。じゃあ、もう少ししたらお言葉に甘えて」

「林檎のほっぺを少し冷ましてあげないとね」

「り、林檎?」


 リジーは無意識にドキッとした。


「ジョン、ちゃんと彼女をお部屋までエスコートしてあげるのよ」


 ダイアナは綺麗なウインクをジョンに向ける。


「はい」

「ジョンがエスコートしたら魔界から帰って来られないかもよ。なにせ魔王だし、吸血カラスだから。まあ、癪だから途中で邪魔しにというか、迎えに行ってやるけどね」


 サムの追い打ちに、リジーはさらにシロップの池にはまるような錯覚に陥った。


「魔王? カラス?」と、首を傾げるヴィクトリア。


「魔王さんねえ……」


 ダイアナは目を細めると皺を深めた。


◇ 


 リジーはジョンにエスコートされ、部屋に戻って来た。ソファに座ると身体が重い感じがした。

 気にしてなかったが、身体の痛みもあったせいか少し疲れていたようだ。


「外は、雨か」


 ジョンが背を向け、窓の外を見ている。

 男性の背中だ。いつもこちらを向いていてくれるので、あまり意識して見たことはなかった。

 今日は、サムの姉妹やその友人たちに囲まれて、やけに彼の背中が遠く感じた。

 思い出すと、胸の奥がまだチクっとする。

 

 自分と出会う前は、どんな女性とお付き合いしていたんだろう。


 蕩けるような眼差しを向けていた?


(嫌だ。過去の事に何を妬いているんだろう。でも……)


 リジーはソファから立ち上がると、後ろからその広い背中に抱きついていた。


「リジー? どうしたの?」

「だって、ジョンが女の子たちに囲まれて人気だったんだもん」

「そばを離れてごめん。ただ黒髪の東洋系が珍しかっただけだろう? もしかして、やきもちを焼いてくれてた? ……僕の心の中にはきみしかいない」


 ジョンの甘さを含んだ声は心臓に悪い。

 リジーは回していた手を離したが、向きを変えたジョンの腕に捕まった。

 温かい掌が頭に髪に、耳に優しく触れてくる。


「正直さっきは僕も妬けたよ。きみがサムの事を正しく褒めてくれて嬉しかったけど、少しモヤっとした」

「安心して、私はジョンのものだから。幸せを分け合うのはジョンが良い……の」


 言ってから気が付いて、頬が一気に熱くなる。

 

(もしかしてキスをねだったと思われた?)


「違うの。そういう意味じゃ……なく……て」

「嬉しいよ」


 ジョンの濃い茶色の瞳はもう間近だった。

 まっすぐ見つめられると魔法にかかったように動けなくなる。

 そして、甘くて少し切なくて身体中が熱くなる。

 

 言い訳する間もなく息はジョンのものになり、リジーはその腕の中に沈んだ。


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