74 最上級の褒め言葉
リジーが料理を頬ばっていると、ひときわ賑やかな声が上がった。
さすがにリジーも気が付く。見ると、ジョンがこちらに背を向け花園の中心にいた。ジョンはサムの姉妹とその友人たちに取り囲まれ、何か質問責めにあっているようだった。
女の子のひとりがジョンの腕に触れるのを見た途端、リジーは急に美味しいと思っていた料理が味気なく感じた。それどころか、胸の奥が切り傷でも負ったかのようにピリッとした。
「これで、あいつに俺の苦労をわかって貰えるな」
サムが片側の口角を上げ、狡そうに笑うのを見て、リジーはこの時ばかりはサムが嫌いになった。
リジーの不機嫌に気が付いたのか、
「リジー、ごめんな。ジョンを餌にして」
サムが謝ってきた。
「餌って……」
「でもあいつ、そんなに嫌がってないんじゃない?」
「!!」
サムの呑気さにリジーはイラついて、自分の皿に残っていた料理を味わうことなく食べきった。
パーティの喧騒が、やけに耳に煩わしく感じる。
「もうデザート食べる!」
口をへの字に結んだリジーは、わざとサムの腕をぎゅーっと力一杯掴むとデザートのテーブルに向かった。
子リスの力ではたかが知れていて、狡い狼はむず痒く感じただけだった。
◇
デザートのテーブルには、リジーたちが手掛けたフロスティングクッキーに、ドライフルーツのパウンドケーキ、メレンゲパイにチーズケーキ、桃や林檎のシロップ漬け、チョコレートバーなどが並んでいた。
「わ~すごい! 全部食べたい!!」
と、盛り上がったリジーだが、なぜかすぐに気持ちが沈んだ。
「なんだこれ。おばけか? 恐竜?」
サムがリジーの描いたクッキーを指差した。
「カンガルー!」
「え? リジーが描いたの? なるほど、カンガルーという名の恐竜か」
「哺乳類のカンガルーだって!!」
「恐竜って哺乳類だっけ?」
「そんなわけないでしょ。もう、恐竜から離れて」
「どっちでも良くない? どうせ食べられる運命なんだし」
サムはパクっとリジーのカンガルークッキーを口に放り込んだ。
「あ~! 私が食べようと思ってたのにぃ!!」
「悪い悪い、一番最初に食べてくれって真ん中で訴えてたからさ。うまかったよ」
「もとのクッキーを作ったのはリンダさんだし、おいしいのは当たり前だよ」
「シナモン入れすぎるところが、いつもの味だ。前は苦手だったけど、今はそんなでもないな」
「お母さんの味?」
「そうだな。こっちはリジーの作ったクッキーだろ? 持ってきてたんだな」
フロスティングクッキーの皿に、リジーのクルミ入りのころころとしたクッキーも載せてあった。
ジョンのクリスマスプレゼントのリクエストついでに、多く作ったので持ってきていた。
「リジーのクッキーもさくさくでうまいよな。優しい味だ」
「ありがとう、サム」
リジーは、ジョンがまだ花園にいるのか気になり、そちらに視線だけをを向けた。
「もう少しだけな。日頃のささやかな仕返し……」
サムが言いかけたところで、急に賑やかだった花園が静まり返った。
「すみません。そろそろ彼女の所へ戻らせてください」
ジョンが、纏わりついていた花園の蝶たちに深々と腰を折る。
そして身を翻すと、涼しい顔でつかつかとリジーたちの方へやって来た。
それをぼけっと見ているリジーの目の前に来ると、両手を伸ばしぎゅっと抱きしめた。
「!?」
抱きしめられたリジーすら訳がわからなかったが、ジョンの腕に無事収まると安心感に包まれた。
「ただいま。お待たせ、リジー」
「うん。おかえり」
胸の中に充満していたモヤモヤした雲が晴れて行くようだった。
「ま、まあ」
蝶たちが呆気にとられて、ふたりの抱擁を眺めている。
「なんて……」
「素敵……」
その後、羨むようなうっとりした表情に変わったが、少しすると、
「サム! 大事なこと言わなかったのね」
突如、蝶たちによる害虫攻撃が始まった。
「サム、なんで最初に教えてくれなかったの!?」
「サム、騙したのね!」
「サムのバカ、期待させて!!」
急に雲行きが怪しくなり、サムは慌てた。
「な、なんで俺が悪者? なんで俺が責められてるの~?」
「あんたが悪い。ジョンとリジーが恋人同士だと言っておいてくれれば、私たちだってもっと控えたのに!」
ヴィクトリアを始め、華やかな娘たちの目が、サムを鋭く見据えている。
「そうか? あ~あ、俺の目論見が……。堅物め。花園に埋もれてもっと困れば良かったのに。どこまでも平静でぶれない奴。つまんねえ」
サムは特に堪えてはいないようだが、首をすくめて顔をそむけた。
「ごめんなさいね。ジョン、リジーも。この町は小さいから、町の女の子たちは若い男性に飢えてるの。まあ、逆もだけど。これは性格がこれだから、顔がずば抜けて良くてもねぇ。みんな知ってるからこの町では女の子には見向きもされないのよ」
「おい、これは……これって俺のこと? 酷い扱いだな。俺の性格はおまえにも責任あるからな」
「私の? 冗談じゃないわ。そうやってすぐ私のせいにする」
ヴィクトリアは腕を組むと、サムにさげすむような眼差しを向けた。
リジーは何か違うと思った。
ジョンの腕から自立すると、ヴィクトリアへ向いた。
「サムは……サムは良い人です!!」
リジーははっきりした口調で言い切った。
周りの人々が驚いてリジーを見た。
一番驚いたのはサム本人だったようだ。
口を開けて、瞬きを繰り返している。
「サムは明るくて、一緒にいると楽しくて、人の気持ちに意外と敏感で、さりげなくアドバイスしてくれて、助けてくれます! 私が困っている時も助けてくれました。ご家族の前では違うかもしれませんけど、サムは私たちにとってはかけがえのない大切なお友達です! サムの事、あまり悪く言って欲しくありません」
頬を上気させて懸命にヴィクトリアに訴えるリジーの言葉に、皆、耳を傾けていた。
ヴィクトリアはどうしてよいかわからない表情になった。
ジョンはヴィクトリアに優しく微笑みかける。
「サムの良い所は、リジーがすべて言ってくれました」
ジョンは、リジーにも笑みを見せると、サムに視線を向けた。
「サム、いつもありがとう。感謝してる。こんな僕の友達でいてくれて……。おまえのおかげで僕の毎日は明るくなった」
「……!!」
サムは今度は瞬きひとつしないでジョンを見ている。
「籠りがちな僕を外へ連れ出してくれて、それから、明るくて楽しいと思える世界をプレゼントしてくれた。おまえは僕にとって最高のサンタクロースだ」
ジョンの心からの賛辞に、姉妹をはじめ、リンダとダイアナ、周りにいた親戚、近所の人々も、引き込まれていた。
その場の視線を一身に集めたサムは、焦ったようにジョンに詰め寄る。
「ジョン、卑怯だぞ! いつも俺にはそっけない態度のくせに、そんなふざけた事……みんなの前で恥ずかしげもなく言いやがって!! なんの拷問かよ~。もう、俺に一生縛り付けてやるからな! 覚悟しておけよ。リジーもな!」
サムはチラッとリジーを見てから、穏やかな表情のジョンの両肩をがっちり掴んで乱暴に揺すった。リンダとダイアナは目を潤ませている。
サムに厳しい言葉を吐いていたヴィクトリアも眉を下げ、柔らかい笑みを浮かべた。
〈サンタクロース〉だと言われること、それはこの町では最上級の誉め言葉だった。




