73 クリスマスパーティ
「ジョン。私の口紅が……ついてる」
リジーはジョンの唇にうっすらと残る自分と同じ色に気が付いて、慌ててテーブルの上に置いてあった紙ナプキンの束に目線を向ける。
「きみも直さないとね」
「!」
唇を両手で隠すが、原因を作った張本人の前では意味をなさない。
「手を降ろして。僕はきみの素顔の方が好きだ。今日はそのままでいてくれる?」
「え? う、うん……」
リジーより先に紙ナプキンを手にしたジョンに顎を支えられ、唇を優しく拭われた。
同じナプキンで自身の唇も拭く仕草に目が釘付けになり、息を飲んだ。
(身体がおかしい。ジョンの操り人形になったみたい)
「じゃあ、下へ行こうか」
ジョンのいつもの穏やかな低い声に、リジーは自然に頷く。
促されて部屋を出た所で、ジョンの長い腕に腰を引き寄せられた。
「あ……」
「身体、まだ辛いだろう?」
「だ、大丈夫なのに!」
硬い胸をやんわり押し返してはみたものの無駄な抵抗に終わり、ジョンにしっかり腰と腕を支えられ、リジーまさに操り人形のように階段を降りることになった。
◇
「やっと来たか」
不機嫌な顔を露わにしたサムに手招きされた。
サムはブルージーンズに白いシャツというラフな服装だったが、元が眩い見た目なのでそれなりに様になっていた。
「ごめんね。お待たせ、サム」
パーティ用のクラッカーをほら、と渡される。
見渡すと、リビングは軽く着飾った人々であふれていた。
隣近所の人々や、親戚が招待されていると聞いていた。
女性たちは、明るい色彩のシンプルなドレスやワンピース姿が多く見られた。そしてきらびやかなアクセサリーやドレスのラメやビーズには目がくらむ。
逆に男性陣はシャツにタイをしていたり、セーターやカーディガンを軽く着こなしていたりと、自由な装いだった。
「リジー、ジョン、とても素敵だこと」
サムの隣にいたダイアナに、ふたり一緒に抱きしめられた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。ダイアナさん」
リジーはまだ頬に熱がこもったままだった。
「ダイアナさんも、素敵ですよ」
「ありがとう、ジョン!」
「その赤いケープはもしかしてお手製ですか?」
「そうなの。サンタクロースをイメージして作ったのよ」
「可愛いです!」
「ありがとう、リジー」
ダイアナは、白いコットンの縁取りの赤いケープを肩にかけていた。
胸元のブローチがユーモラスなトナカイの顔なのが微笑ましかった。
「リジー、なかなか。20歳くらいに見えなくもない」
サムはリジーを冷やかすことを忘れない。
「サム、なによ、その微妙な褒め方!」
「みなさん!! サンタクロースの家のクリスマスパーティにようこそおいで下さいました。この家の主ニコラスにかわってご挨拶いたします。ニコラスはあとで参りますので、先に楽しく過ごしましょう。みなさまが健やかに過ごされた1年に感謝するとともに、そして来年もみなさまにサンタクロースの祝福がありますように。メリークリスマス!!」
薄紫色のベルベットのワンピースを着たリンダの挨拶が終わると、あちこちからクラッカーが鳴らされ、続いて飲み物のグラスが持ち上げられた。
「「メリークリスマス!」」
「「ハッピーホリディ!」」
人々の笑顔とかけ声が、クリスマスの装いの華やかなリビングに広がった。
リジーも弾んだ声を上げた。
こんなに賑やかなホームパーティは初めてだった。
カラフルなオーナメントで美しく飾られた大きなクリスマスツリーに、温かい暖炉やライトの光。
周りには自分を受け入れてくれる親しい人たち。
隣を見上げれば、優しく視線を受け止めてくれる愛しい人がいる。
(幸せ……)
今まで、クリスマスは楽しくても心のどこかで寂しかった。
父親がいなくなってしまったことを思い出す日でもあったから。
今日は寂しい思いは少しも感じない。
これからはジョンがそばにいてくれる。
この先のクリスマスもずっと。
それだけで、心は幸せで満たされる。
「リジーちゃん、ちょっとジョンを借りても良いかしら?」
「は、はい?」
ジュースのグラスに口を付けながら、ぼーっと幸せな気持ちに浸っていたリジーはダイアナに声をかけられ我に返る。
人々は、話をしたり、飲んだり、食べたり、思い思いに過ごし始めていた。
「リジー、ちょっと行って来る。サム、リジーを頼む」
「OK。リジー、お目当てのごちそうはあっちだぞ」
「私がすごく食いしん坊みたいな言い方しないでよ」
「だって、花より食べ物のほうが好きだろう?」
「でも、食べ物より素敵な家やインテリアの方がもっと好きだもん」
リジーがサムに意見している間に、ジョンはダイアナに連れられて行ってしまった。
ダイアナの友人がいたようで、ジョンを紹介している。
「ばあちゃんも、よくやるよなあ。ジョンを見せびらかしに行ったぞ。おっかしいの。ヴィーたちもハイエナのようにジョンを目で追ってる」
「え?」
リジーは急に胸がモヤモヤした。
今まで感じたことのない感覚だった。
サムの姉妹とその友人たちの集団は色とりどりのドレス姿が眩しく、花の咲き乱れる花園のようだった。
リジーは、自分では頑張ったと思っていたが実は地味だったかなあと少し気持ちが沈んだ。
しかも顔に傷ありだ。
「あそこは華やかに見えてもハイエナの花園だからな。俺は子リスのそばの方がいいや。まあ、俺は害虫だし、花園にはおよびじゃないから安心だがな」
サムは二カッとした。
(サムったら、自分で害虫だなんて)
「やあ、サム。しばらくで帰って来たんだな」
サムと同じような色彩を持つ爽やかな男性ふたりが、笑顔で声を掛けて来た。
「おまえらも来てたのか……」
サムは目を逸らし、面倒くさそうな顔をした。
「恋人連れで帰って来たのか?」
「この子は友達だ」
「なんだそうか。初めまして。僕はサムの従弟で近所に住んでるマークスです。こっちは弟のダグラス」
「初めまして。リジーです」
リジーは緊張しながら挨拶した。
「サム、おまえの恋人じゃないなら、彼女を誘ってもいいか?」
「リジー、どうする?」
サムに尋ねられ、リジーは驚いた。
ジョンのことが頭に浮かぶ。
「あ、私は……ちょっと。……ごめんなさい」
たどたどしく断った。
「その方が賢明だ。魔王同伴だからな」
サムがさらりと言う。
「魔王?」
マークスとダグラスがぽかんとする。
「いや、吸血カラス」
「吸血カラス!?」
「あっ、と、私、やっぱりお料理を先にいただこうかな! 失礼します!!」
リジーは熱くなった頬を押さえ、サムを引っ張ってその場から慌てて逃げた。
◇
「サムったら、魔王とか、カラスとか酷い!」
「だって、本当のことだろ?」
「もう!」
リジーはプンプン口を尖らせているが、サムは晴れやかに笑っていた。
リビングの窓際のテーブルには、大皿にこんもりとおいしそうな料理が盛られていた。
リジーはそれにうっとりとする。
(あとでリンダさんにレシピを教えてもらおう)
ターキー、ローストビーフ、チリビーンズにヌードルスープ、マッシュポテト、ポテトグラタン、野菜のソテー、マフィン、クロワッサンなどが並べられていた。
どれから食べようか集中して吟味する。
◇
「子リスはやっぱり色気より食い気だな……」
サムはとうとうハイエナの花園に連れて行かれるジョンを横目で見ながら、料理の前でそれを凝視して動かないリジーを見て呟いた。
リジーは、どれにするか決意したように迷いなくカラフルな紙皿に料理を取り始めた。
「サムは食べないの?」
「ああ、まだね」
「ふ~ん。うわ~、これ美味しい!!! 幸せ!!!」
リジーは料理を堪能しながら、クリスマスツリーの近くにあるお菓子のテーブルにも視線を巡らせていた。
サムはその様子に思わず噴き出す。
(ジョンも気の毒に。カラスの視線は一方通行か)
サムは胸に下がっているリングを思い出し、握りしめた。
◇
ジョンは、リジーを目の端で気にしながらも、自分に興味を持ってくれているダイアナたちを無下にはできなかった。
女性には優しく紳士的に接するようにデイビッドから指導されていたジョンは、それが身についてしまっている。
それが仇となり、なぜか女性たちに囲まれてしまっていた。
リジーに男たちが寄って行ったときは、さすがに身動きのとれない自分を呪ったが、リジーが逃げたのでホッとした。
ただ、サムを引っ張って行ったので、胸が苦しかった。
自分に目もくれないで、料理に夢中になっている姿はそれほど嫌ではないのに。
サムと視線が合うとニヤリとされ、ジョンはかなりムカついたが顔には出さない。
リジーを自分の腕の中に閉じ込めていたい、自分だけを見て欲しいという仄暗い欲望を感じる。
一方で若さと好奇心に溢れ、光を纏う彼女を束縛してはならないと強く思う。
(このクリスマスが終わるまでは、きみに寄り添い、きみのことだけを想い、きみと楽しい夢を見ていたい。その後はまだ考えない。考えたくない……)




