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70 サンタクロース親子


「俺は気にしない。好きな相手のことをどれだけ知ってるか、とか、そいつを想う気持ちとは関係ないと思ってる。付き合ってるうちに趣向はなんとなくわかるけどさ、人の興味はそれぞれ違うから別にわからなくてもいいし……。俺はアイリーンの好きな食べ物も、趣味も詳しくは知らない。でも好きな気持ちは変わらない」


 おもむろにサムがぐるぐると両腕を回す。


「あ~。冬はジャケットが窮屈で肩が凝るな~」

「……サム。……ありがとう」


 リジーは、少し気が楽になった。

 

「俺はちなみに25歳、誕生日は5月だ」


 サムはそう言うと、ニッと笑いかけてくる。


「わかった」

「おい、口先だけで言ったよな」


 サムはパペットの入った袋を脇に抱えると、両手でリジーの頬をぐいっと摘まんだ。


「さすが、子リスだけあって頬が伸びるなぁ」

「な、なに……ひゅる……お~」

「リジー、笑ってろ!」

「※▽×、※▽×◆、〇ム、~!」


(痛い、痛いよ、サム~!)


「何を言ってるかわかんねぇから無理に喋るな……笑える」


 サムは笑いながら手を離した。


「もう、サムったら。痛かった。ひどい!」


 リジーは引っ張られた冷たい頬を摩る。


「魔王には言いつけないでくれよ?」

「痛いことすると言いつけるんだから~」


 ふたりが言いつける、言いつけないと揉めながら歩いていると、


「あら、リンダのとこのサミュエル? クリスマスだから帰って来たんだね」


 中年の女性に声をかけられた。


「げ……」

「そんなあからさまに嫌そうな顔をしなくても……かわいい彼女連れて帰って来るなんて、暴れん坊だったのに、色男になったわねえ」

「暴れん坊ってやめてくれ。いつの話だよ。それからこの子は彼女じゃないから」

「え~お似合いなのに、片思いなの?」


 ガクッとサムが項垂れる。

 リジーは慌てて頭を横に振った。


(暴れん坊? サムが? そういえばひねくれてたって言ってたっけ。色男は合ってるか……。でも、私、彼女じゃないんだけどな)


 その後も公会堂までたった10分ほどの間に、何人もの通行人から、同じような内容の声掛けが繰り返された。


(一緒に歩いているだけなのに、明日には町中の人々が噂していそうな気がする)


 当たり前のことだが、サンタクロース親子はこの辺りでは超有名人だ。


 サムは人々の応対に疲れたようで、静かになった。



 リジーは、新鮮な空気を大きく息を吸い込む。


 遠くに見えるなだらかな山々の景色は、くすんでいるが素晴らしい。空は曇っていても、空気は澄んでいるようで気持ちが良かった。

 緑の季節にはどんな感じに様変わりするのだろう。


 メインストリートはこじんまりした商店が並んでいた。

 ファストフード店以外の商店は閉まっているが、ショーウィンドウのクリスマスの装いはかなり豪華で色彩豊かだった。

 街路樹にも虹色の電球が無数に取り付けられていて、曇り空のおかげでそれらが輝いている。

 大きな都会とは違ったほのぼのとした風情がある。リジーは童話のような町並みに引き込まれていた。


「若い男女で歩いてるだけで噂になる町だって、忘れてた……」

「私じゃなくてアイリーンだったらサムも嬉しかったのにね」

「なあ、リジー、……アイリーンはこの町、気に入ってくれるかな。俺は最終的にはこの町にきっと戻ると思うからさ」

「サム、大丈夫だよ。素敵な所だもん。アイリーンもきっと気に入るよ! 今度はアイリーンを連れてきてあげないと……」

「そうだな」


 サムはどこか遠い目をした。

 アイリーンへ想いを飛ばしているのかもしれない。



 公会堂は、白い石柱が印象的なホワイトハウスのような重厚な建物だった。


「俺、外にいるから、リジー頼む」

「もう、仕方がないなあ」


 リジーはサムから渡された紙袋を持って公会堂に入り、あたりを見回す。

 奥から出てきたサンタクロース姿のニコラスを見つけるとほっとした。


「ニコラスさん! 忘れ物を届けに来ました!」


 リジーはニコラスに駆け寄り、パペットの入った紙袋を渡した。

 ニコラスは顔を綻ばせている。


「ありがとう! 届けてくれて助かったよ。リンダから電話が来て事情は聞いたが、お客様におつかいを頼んでしまって申し訳なかったね。全くサムは使えない愚息だ」

「そんな、サムはきちんとそこまで一緒に来たんです。ちょっと落ち込んでいた私を元気づけてくれて、おかげでモヤモヤしていた気持ちが晴れました」

「そうかい?」


「ここはとても素敵な町ですね。みなさん優しくて、温かくて。来る途中もたくさんの方々が声をかけて下さって、嬉しかったです」

「リジー、きみの魅力がみんなを惹きつけたんだよ」


 ニコラスの朗らかに笑う顔が、サムに似ているとリジーは思った。


(親子なんだなあ……。ていうか、そんなこと言われると照れちゃうよ)


「そ、そんな……。あの……遠くに見える平原や山々が、春になればどんな風になるかと考えると楽しいです」

「また暖かい季節にでも遊びに来て、確かめてごらん。いつでも大歓迎だよ」

「はい。大自然の変化やいとなみを見ると、自分の悩みなんて本当に取るに足らない事なんだと思わされます。なんだか些細なことで落ち込んだりして、情けないです。もっと苦しんでいる人はたくさんいるのに」

「人と比べなくていいんだよ。きみが目の前の自分の人生を精一杯生きることが尊いことなんだ。親御さんだってそれを望んでるし、それはきみの子供や後世へもきっと繋がる」

「ニコラスさん……」

「さあ、気をつけて戻るんだよ。家のクリスマスパーティでまた会おう。本当に届けてくれてありがとう。リジー」

「はい、失礼します」



 ニコラスと別れ、廊下を曲がったところでリジーはサムをみつけた。


「サム、そこにいたの?」


「他人には優しくて、良いこと言うんだよな……」

「え? 聞いてた?」


「まあね……。そうだ、帰り道わかるよね。俺、寄り道するから、先に帰ってて」


 サムはリジーにひらひらと手を振ると、公会堂から出て行った。


「うん、わかった」

 

 その後ろ姿を見ながら、リジーはサンタクロース親子に感謝したのだった。




 リジーは左右にかかる小さな電球のアーチを見上げながら、メインストリートを戻り始めた。

 ふと横を向くと、脇道に小さな尖塔のある城のような白い邸宅が見えた。


「素敵! お店かな?」


 気の向くまま、リジーは脇道に入って行った。

 白いドアの前には閉店の札と、休暇中との貼り紙があった。


(ここは洋菓子店? 残念、やっぱりクリスマス休暇中か……)




「ああああ!」


 急に、子供の声が聞こえた。


「!?」


 リジーが声がした方を見ると、幼稚園くらいの男の子と手を繋いだ年配の女性が背の高い木を見上げている。

 葉がすっかり落ちてしまった幹の中ほどの枝に、サンタクロースの顔の風船が引っかかっている。

 男の子が風船に付いていた糸から手を離してしまったようだ。

 機嫌が悪くなった男の子を女性がなだめている。


「あれはおばあちゃんには取れないよ」

「じゃあ、ぼくが木に登って取る!」

「危ないからだめだよ。誰か呼んで来よう。取れる人がいるかもしれない」


「あの、私が取りましょうか?」


 リジーはその木の枝ぶりを見て、なんとか登れそうな気がしたのだ。


「え? お嬢ちゃんが?」


(お嬢ちゃんって、19なんですけどね)


「はい! 実家で子供の頃、木登りはよくしてましたし……」


 リジーはコートも手袋も脱いで、木の根元に置いた。

 トレーナーとジーンズ姿になったリジーは、木の枝に抱きついた。

 リジーが両手を回しても、手が届かないくらいの太さのある木だった。

 手と足が掛かる場所を探しながら、ゆっくりと登っていく。


(意外と登りやすい!)


「気を付けてね。無理しないで!」


 女性から声がかかる。


 リジーは慎重に幹から出ている枝やうろに手を掛け足を掛け、風船の引っかかっている枝を目指す。


 ようやくその枝にたどり着き、なんとか風船を手に掴んだ。


「やった!」


 だが、風船を掴んだため、片手になったリジーは動けなくなった。


(まずい、どうしよう! 焦らない焦らない。上がって来たのと同じ枝で降りればいいんだよ)


 何気に下を見て……眩暈がした。


(た、高い!)


 自分が思ったより高い位置にいるのがわかり、初めて恐怖心が芽生えた。


(下を見ちゃだめだ~)


 リジーは上を向く。冷や汗が出て来た。足先で力をかけられそうな場所を探る。


(この高さから落ちたら、骨折? 楽しいクリスマスにそんなの嫌だ!)


「お嬢ちゃん、待ってて。助けを呼んでくるから!」


 リジーの異変に気が付いた女性は慌てていた。


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