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64 愛するエリーゼ


 リジーは部屋に戻るとシャワーを浴び、部屋着に着替え、昨日の残り物で夕食を済ませた。

 

 ジョンが自分の部屋に来ると思うと少し緊張して、どこかおかしい所がないか部屋の中を見回したり、自分の姿を確認したりした。


(なんでこんなにソワソワするんだろう。ジョンが部屋に入ることは何度もあったし。たぶんシンおじさんも一緒だよね。シャワー浴びたらハグさせてって言ってたし)



 落ち着かない気持ちのまま頻繁に時計を見ながら過ごしていると、夜の7時半を過ぎたころに、ドアがノックされた。


「リジー、僕だ」


 リジーはジョンの声がしたので、急いで部屋のドアを開ける。


「ジョン、お疲れさま。あれ、シンおじさんは?」


 そこにいたのはジョンだけだった。


「オーナーは相当疲れてたみたいで、軽く食事したらすぐに眠そうにうつらうつらして寝てしまったよ。実家には帰りたくないみたいだったけど、絶対連れて行くと強く言ったら渋々承諾してくれた。相変わらずだよ」

「帰りたくないなんて……。どうしてだろう。おじさんが寝ちゃったなら、プレゼントは明日渡そうかな。ジョン、入って、コーヒーでも淹れるね。ジョンだって疲れてるでしょ?」


 ジョンは少し硬い表情で部屋へ入ったが、ドア付近にいる。


「コーヒーはいいよ。少しだけ、話を……。リジー、何か羽織って」


 ジョンが目をそむけて照れたような素振りをみせた。


「え?」


 襟回りが広く開いている薄い部屋着の自分を見る。

 セントラルヒーティングの室内は温かく、冬でも部屋の中ではいつも薄着だった。


「ごめん……。椅子に座ってて」


 リジーは慌てて奥に行くと、クローゼットからカーディガンを出して袖を通した。


(この格好、なにかダメだったかな? 外ではもっと際どい服を着てる人もたくさんいるのに)


 ジョンは椅子には座らずに、その場に立っている。


(ジョン、座らないの? まあ、いいけど)



「イムルおじさんとシェーラおばさん、元気だった?」

「ああ、ふたりともとても元気だったよ。きみのクリスマスプレゼントを渡してきたよ」

「良かった。あとはクリスマス当日に開けた時、喜んでくれるといいな」

「そうだね」



 ふたりは立ったままで、会っていなかった間の出来事を少し話した。



「リジー、実はイムルさんの家で、きみのお母さんに会った。偶然来てたんだ」


 ジョンが少し目元を赤らめながら、穏やかな表情で切り出した。


「そう……だったの」


(やっぱり、イムルおじさんのところで会ったんだね)


「きみとのこと話したら、見守ると言われたよ。安心した。許されるかどうか心配だったから。反対されてもきみを諦めるつもりはなかったけどね。これからもずっと、僕のそばにいてくれる?」


 濃い茶色の瞳が宝石のように煌めき、真剣な顔で語りかけてくる。


「ずっと、ジョンのそばにいる。言ったでしょ、それが私の幸せ。……離れないからね」


(お母さん、反対しないでくれてありがとう)


 リジーは自分からジョンに抱きついて、背中に腕を回した。

 腕に力を込める。


(ああ、この温もりがあれば、私は何があっても平気、何でも乗り越えられそうな気がする)


 ジョンのしっかりした胸と腕は、リジーの身体を包み込み、優しく受け止めていた。


 お互いの存在と温もりを確かめ合うように、ふたりはしばらくそのままでいた。




「前にきみにあげた幸運を、痛い方法で返されたけど……分け合うのはどう?」

「え? 分け合う?」


 リジーが顔を上げると、背中と後頭部が支えられた。

 ジョンの顔が近付いて来たので、額を合わされるのかと思い、リジーは目を閉じた。


(あの時は、焦って頭突きになっちゃって、ジョンに痛い思いをさせ……)


「ん!?」


 合わされたのは、額ではなく唇の方だった。

 不意打ちのキスに、リジーの心臓のメーターが一瞬で振り切れた。


(額じゃなかったの~?)



 身体の力が抜けたようにリジーの足がふらついたので、ジョンは横に抱え上げた。


「大丈夫? ……ごめん。急に」

「ううん。嬉しい。けど、まだ、その、慣れなくて……」


 息があがっているせいもあるのか、リジーの唇は少し開き加減で、頬はほんのり赤く染まっている。

 あどけなさを残しながらも艶を帯びたその表情に、ジョンは心臓が掴まれたような苦しさをおぼえた。


「どうして抱き上げられてるの?」

「きみがふらついたから」

「重いでしょ?」


 リジーが身体を縮こませて焦っている。


「重いほど良い。きみを実感できるから。夢じゃないんだって」


 写真じゃないきみ……子供じゃないきみ。


 自分の口から言わなければならない大事なことが、まだ残っている。


 きみのお父さんときみの幸せを奪ってしまったのは僕の母親と僕なのだと。いくらきみのお母さんが許してくれているとはいえ、きみが許してくれるとは限らない。


 離れないと言ってくれたけれど、真実を知ってもなお、そう言ってくれるのだろうか。


 きみに拒絶されるのが怖い。

 きみは僕の生きる支えだったから。

 きみの存在があったから、自分の人生を投げ出さずに済んだ。

 父親に去られたきみが、それでも頑張って生きている限り自分も頑張れた。

 

 18歳のきみが夢のように現れて、その成長した姿を見て……あたりまえだが驚いた。

 守るべき妹のように手を差し伸べたが、触れたその手はもはや少女でもましてや妹でもなかった。



 ジョンの表情が翳って来たのを見て、リジーは不安になった。


「ジョン……、腕、疲れたでしょ? もう大丈夫だから降ろして」

「きみは軽いよ。ずっとこうしていても平気なくらいだ」

「あの、もう少しお肉をつけた方がジョンも嬉しい?」


 前にサムから言われたことを思い出し、リジーは聞いてみた。


「え? なに? 肉って」

「わ、私のか、からだに、おにくを……」


(なんか、言わなきゃよかったかな)


「誰かに触られたの?」


 ジョンの眉が微かにしかめられた気がした。

 目は妖しく揺らめいている。


「だ、だだだれにも……なにも」


 後悔したが遅かった。


 気が付いた時には、奥のベッドに連れて行かれ、そこに降ろされていた。

 ジョンの左腕に肩を包まれている。

 そのまま肩を抱かれながらベッドに仰向けに倒され、左手に長い指が絡められ押さえ付けられる。

 ジョンの髪が触るほど顔が近くなる。


「きみはそのままで良い」


 そう言うなり上から覆いかぶさるように抱きしめられ、大きな掌が背中や腰あたりに回される。


「きゃあ~ぁ、くすぐったい! 直に確認しないで……」


 リジーは身体をそらし、よじった。


(うわ~ジョン、ど、どうしちゃったの? サムのせいだ!!)


「サム……だって?」


「へ?」


「声に出てた……。サムに触られたの?」


 ため息が混じったような声だった。

 ジョンが身体を離し、じっと見つめて来る。


「ち、ちちちがう、から。誤解しないで。ずっと前だし、変な事されたわけじゃないから」


(ジョンの目が、なんか怖い)


「あいつ……。どこ触られたの?」

「え……と、ちが……うの」


 リジーが答えにつかえると、頭を撫でたり、髪を梳いたり、額、頬、肩とジョンの手が優しく触れながら滑って行く。


 頭の中が真っ白になってきた。

 ジョンの奥深い眼差しに、吸い込まれそうな感覚に陥る。

 今度は肘をついた腕枕状態で、額やこめかみや頬にキスされる。

 息遣いが耳元で聞こえる。

 胸を上下させるほど、リジーは呼吸が苦しくなった。

 口が渇いて声も出ない。

 思わず唇を舌で舐めると、急に視界がぶれ、また唇が塞がれた。

 しっとりした感触と熱い吐息に翻弄される。


(ジョンにキスされてる。ドキドキする。まだ夢を見てるみたい。でもこの湧いてくる幸せな気持ちは現実……)


「…………」


 気が遠くなる頃、ゆっくり唇が離され、


「誰にも触わらせたくない……」


 耳元で囁かれたジョンの低くて甘い声が、リジーの脳を直撃する。


 脳は痺れ、息は止まりそうだった。


 ジョンがリジーの首筋に顔を埋めて来た。

 温かい唇と息が素肌に触れ、身体がビクッと震える。


「あぅ……」


(身体が火照る。すごく熱い……)


「石鹸の良い香りがする」

「う……」


 何も言葉が出ない。


「これ以上はまずいな」


 ジョンは上体を起こし、リジーの顔の脇に手を着いた。


「ごめん。ベッドに押し倒すなんて、驚かせた。きみが誰かに触られたと思ったら、頭に血が上がってしまった」


「たくさんドキドキして驚いたけど、嫌じゃなくて嬉しかった。ジョンの恋人になれたのかなって、実感できた気がする」


 言ってて顔がさらに熱くなる。


「いつでも実感させてあげるよ。きみは僕にとってこの世で一番大切な愛する人だ。エリーゼ……」

「! 嬉しい。私も……ジョンのこと、あ、愛、してる」


 緊張して、リジーの声は掠れた。


(エリーゼ……私の名前。こんなに大人っぽい響きだったっけ?)



 ジョンはたまらずまたリジーの柔らかい唇にキスを落とす。

 リジーの言動は自分を引き寄せる甘い蜜。何度も味わいたくなる。


『節度を守ってね』


 キャシーの言葉が、ジョンの脳裏に甦る。


(謝っておいて良かった)


 キャシーに言われたことを思い出し、名残惜しい唇を離すと、とろりとした蜂蜜のような瞳で自分を見つめてくる愛しい女性を見下ろす。


「あの、家族や親戚には触れられてもいいよね」

「きみのお母さんとか、女性は良いけど。オーナーは、きみへの視線がいやらしかった」

「えっ、そう? もしかして、おじさんのこと無理やり寝かせた?」

「……うん」


 気まずくなり視線をずらす。


「ジョンたら」


 リジーがクスリと笑う。


「だめだ、きりがない。きみを離せなくなる」


 リジーのバラ色に染まった頬に掌で軽く触れると、ジョンはベッドから立ち上がった。



「さあ、明日は早いし、おやすみ、リジー。きちんと部屋には鍵をかけて」

「うん。おやすみ、ジョン」


 リジーも身体を起こすと、ベッドに座った。

 白いシャツを着たジョンの後姿をぼーっと見送る。


 明日は早いのに、刺激が強すぎて当分眠れそうもない。


(何度もキスされちゃった。唇が腫れぼったい感じがする。は、恥ずかしい!! ん~幸せ過ぎる……)


 クッションに顔を埋め、悶える。


 ベッドヘッドに掛けていた赤いポインセチアのリースが、一段と華やいでいた。


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