52 ジョンの蜘蛛糸
短めです。
◇
(最低だ。リジーに突き放すような言葉を浴びせてしまった)
ジョンは自分の首を締めたくなった。
心にもないようなことを言って、彼女にまた悲しい顔をさせてしまった。
自分は彼女の幸せを望んでいるのに、傷つけてばかりだ。
温かいランプの光に包まれていても、ジョンの心は硬く凍ったままだった。
◇◇◇
翌日、リジーが普通に<スカラムーシュ>に現れたので、ジョンは息を詰まらせた。
「昨日は、お世話様。あの、家具の乾拭きのお手伝いに来たの。最近さぼっててごめんね」
「リジー、きみだって仕事が忙しくて疲れているだろう。やらなくていいよ。休みの日はゆっくりした方が良い」
「お手伝いしたいの! やらせて」
リジーの無理やり作ったような笑顔に、ジョンは何も言えなくなった。
◇
リジーは悩んだり落ち込んだりした時は、気を紛らわすために、とにかくまめに掃除をする。
ハロウィーン後から、リジーの部屋はいつもピカピカだった。
今も、無心で家具を磨いてゆく。でも、気を抜くとつい思い出してしまう。
最初に手伝った日、たちくらみをしてジョンに支えられながら、ソファまで連れていってもらった。
それから、自分のうっかりや不運は色々あったけど、いつもジョンの温もりがそばにあった。
自分が安心できる場所。
(いつからこんなに好きになったんだろう)
ふと見ると、壁側に置いてある家具と家具の隙間の奥に、何か紙が引っかかっている。
取ったほうがよいか。自分なら腕が入りそうだ。
しゃがんで隙間に手を伸ばして、掴んだ紙を引っ張り出した。
「ひゃ……うっ!!」
息を飲んで口に手を当て声を抑えるが、変な声が漏れてしまった。
紙に、大きな足の長い黒い蜘蛛が一緒についてきたのだ。
紙を放り出し、しりもちをついてしまった。
「リジー!? どうしたの?」
敏感なジョンが驚いた様子で近づいてくる。
「ご、ごめん。おかしな声を出して。蜘蛛がその紙について来たんでびっくりして、蜘蛛は悪くないの」
蜘蛛は悪くない? 自分でもおかしいと思う言い訳をしながら、涙目になっているのがわかる。
「そうか……蜘蛛……」
ジョンの意識が蜘蛛を探している間に、リジーは急いで立ち上がった。
「今日はこの辺でお手伝いは終わりにするね。またね」
(今日のジョンとの接近時間はこれくらいにしよう。想いが溢れてオーバーヒートしてしまうから)
「あ、ありがとう。リジー」
ジョンの少し戸惑った声が、自分の名前を口にするのを背中ごしに聞いた。
ジョンの蜘蛛糸に絡まって身動きがとれない。苦しい。
だからといって、少しずつ糸を外して行けば、いつかは……落ちる。
どこに落ちるのだろう。
◇
ジョンは紙を拾った。蜘蛛はすでに姿を消していた。
(逃げたか、臆病者)
自分は糸を張るだけ。獲物がかかるのを糸を張って待っている。
ただひたすら待つ。そして、獲物がかかれば安心する。
獲物が絡まった糸から逃れようともがくのをただ見ている。
逃げられれば追わない。逃げられなければ、腹がすいたら捕まえて食す。
ジョンはオーナーのデイビッドとの他愛のないやり取りを、ただ思い出す。
『クロウ、蜘蛛の巣はとらなくて良いぞ。蜘蛛は自分からは悪さをしない』
『はあ、ですが、店の雰囲気が悪くなりませんか? 女性は蜘蛛を怖がりますよ』
『いやいやアンティークの店っぽいじゃないか。蜘蛛の巣ひとつない清潔そうな店は、アンティークの店じゃない』
『そうですか?』
おかしなこだわりだとジョンは思っていた。
(リジー、僕の蜘蛛糸から逃げてくれ。僕がきみを捕まえてしまう前に)




