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51 突然の訪問者~後編~


「さて、リジー、<スー姉さん>に話してみて? その後、ジョンとはどうなったの?」


 リジーの目の前には、興味深々といった風に身を乗り出したスーザンがいる。


 仕事の帰りに、スーザンにカフェに誘われた。

 遊園地に行ったことを軽く職場で話したら、食いつかれて詳しく聞きたいと言われてしまった。


「わからないの。ジョンのことが」



◆◆◆



 遊園地の帰りの車内でも、ずっとジョンは肩を貸してくれていた。

 熟睡してしまった自分も自分だが、目が覚めるとアパートメントの前だった。


 そこで4人であたりさわりのない挨拶をかわした。


『今日は楽しかった。サム、アイリーン、誘ってくれてありがとう。リジー、また明日。僕は用事があるから』


 楽しかったと、何の余韻も無い淡泊な感じで言うと、ジョンは車でどこかへ行ってしまった。


『なんだァ? そっけないやつめ』

 

 サムは走り去る車を目で追いながら、口を尖らせた。


『じゃあね、リジー。また会いましょう! 今度一緒に食事でもしましょう』


 アイリーンは頬を寄せて、親しげにハグしてくれた。


『うん。またねアイリーン。今日はありがとう。久々で遊園地に行って、すごく楽しかったよ』

『それなら良かった。じゃあな、リジー』


 サムはアイリーンと肩を並べて帰って行った。

 アイリーンを熱心にどこかへ誘っている様子が後姿でわかった。

 リジーはポツンとひとり残された。



◆◆◆



 話を聞いていたスーザンが、別のところに反応した。


「<アイリーン>って誰?」

「え? あ、ハロウィーンパーティでサムが仲良くなった女の子だよ」

「そんな話、聞いてないよ」

「その話はしてなかったね」


 リジーは、パーティで起こったサムとアイリーンの話をかいつまんで話した。


「えええ!? そんな事が? それじゃ、サムの方が気に入ってるの?」

「そう。アイリーンはすごく綺麗でかっこいい人なの。デザイン会社に勤めているんだって」

「へえ。ちょっと悔しい気がする」

「そうなの?」

「そうなのって、今までもだけど、美形のサムには全く関心を示してないよね、リジーは。ジョンだけしか眼中にないんだね」

「……」


(ジョン……)


 リジーはジョンのことを思い出すと、頭の中にもやがかかったようになる。


「で、ジョンとは遊園地でも進展無しだったのね?」

「特には。私に幸せになってもらいたいって……」

「付かず離れず、で、自分が幸せにするんじゃなくて、なってもらいたいだなんて。なんだか、ジョンて変だよね。原点に戻って、ストレートに彼に好きって言ってみるとか?」

「うん……そうだね。また、頑張ってみるよ」

「あとは自然の流れに任せるしかないのかな?」

「うん……。スーザン、アドバイスありがとう」

「応援してるから」


 スーザンに柔らかな眼差しを向けられ、リジーは微笑みを返した。



『きみには幸せになってもらいたい』


(私の幸せはあなたのそばにいること……なのに)


『ごめん』


 ジョンはいつでも優しくしてくれる。それなのに最後は苦しそうな顔をして離れて行く。


 

 


 リジーは自分の部屋へ帰ることが、こんなに甘く辛くなるとは思っていなかった。

 ジョンの気持ちがわからないとしても、それでも、一日の終わりには顔を見たかった。


 <スカラムーシュ>から暗い外に漏れる温かい光。

 疲れて帰ってきた自分を癒してくれる光。


『ただいま、ジョン』


『おかえり、リジー』


 その声は、心に効く甘い薬。


 たった一言でも、いつもの穏やかな声を聞くだけで、リジーの心には安らぎがもたらされる。



 ところが今日は違っていた。


「リジー!!」


 いつもと違う男性の高めの声が店の中から響いた。


(ジョンじゃない声。でも、聞いたことがある懐かしい声)


 店の中にいたのは、故郷にいるはずの高校の時のクラスメイトだった。


「……ウィル!? どうして、ここに?」


 リジーは顔を曇らせる。


「ここの住所はきみのお母さんに教えてもらった」


(お母さんに!?)


「卒業パーティ以来だね。ここで待たせてもらってた。少し話がしたいだけで……。あと、謝りたくて」


 ウィルバートはリジーとの間を詰めて来る。


「……もう、いいよ」

「良くない。聞いてくれ……って、リジー、少し見ない間になんでそんなにやつれてるんだ? 仕事きついの?」

「……!」


(そういえば、いつもウィルはこうだった。私の事を気にかけてくれていた)


 リジーには、ウィルバートとの高校生活が遠い過去のように感じられた。




「おかえり、リジー」


 ジョンの少し硬い声に、心臓が跳ねる。


「僕は部屋に行っている。話が終わったら声をかけて」

「ジョ……」


 リジーの横をすっと通り過ぎ、ジョンが店から出て行った。


(私を見もしなかった)



「あの人、具合が悪そうにしてたから、少し休ませてあげた方がいい」

「え? そうなの?」

「ああ。で、きみも元気ないじゃないか。きみのことだから、仕事でうっかりミス連発して毎日怒られてるとか? だからそんな顔?」

「そ、そんなとこかな」

「落ち込むなよ。きみは前向きな所が取り柄なんだから。落ち込むのは大概ぼくの方だったろう?」

「ウィル……」


 ウィルバートが眉を下げながら口を歪めた。


「辛かった。きみが急にいなくなって。あれっきりだったから……弁解もさせてもらえなかったし。最初に謝るよ。すまなかった。卒業パーティの後の事。その、ぼくがきみを好きなことをきみもわかってくれてると思ってたんだ。きみがとことん鈍いのを忘れてた」

「え?」


 リジーはウィルバートに何を言われているか理解するのに、時間がかかった。


「その顔、やっぱりわかってなかったんだね。リジーが好きだからキスした。きみ、鈍すぎるよ。いつもきみのそばにいたのに。気を配ってあげてたのに、気が付かなかった?」

「だって、お友達だからかと……」


(ウィルが私の事を? そういえば、サムがそんなようなこと……。ウィルが遊びであんな事する人じゃないって、良く考えたらわかったのに。私がわかってなかったんだ。私を迎えに来てくれる騎士を夢見ていたから。今はわかっても、もうウィルの気持ちには応えられない)


「ごめんなさい。あなたの気持ちに気が付かなくて」


 リジーは、自分の今の気持ちと重なったウィルバートの気持ちが痛いほどわかった。


「大人しくしてたのがあだになるとはね。じゃあ改めて言うよ。リジー、好きだ。気持ちを伝えるのが先だったのに、あの時、きみに楽しかったと可愛い笑顔でお礼を言われて……嬉しくて浮かれて、つい、先走ってしまった。一緒にパーティに行ったから、もうきみを手に入れたと思って確かめもせずに。あの後もずっと、きみのこと考えてた。ぼくの恋人になる事、真剣に考えてくれないかい?」


 ウィルバートはまっすぐにリジーの目を見つめ、迫って来る。


(ウィルになんて伝えれば……)


「ごめん」


 リジーは後退りしながら思わず口にする。


「謝らないでよ。返事は、ぼくの恋人になるかならないかのどっちかだよ」


(正直に伝えよう)


「私、すごく好きな人がいる! だから、ウィルの恋人にはならない」

「嘘だろう? きみに好きな人だって? いつの間に……」


 リジーの告白に、ウィルバートはリジーを凝視したまま、その場に固まった。


「相手の男もきみが好きなの?」

「わからない。でも、いつも心配してくれて、すごく大切にしてくれてる」

「わからないって、なんだよ」


 ウィルバートがため息まじりの声を出す。


「だって、わからないんだもん。でも、私はその人が好きなの」

「長い付き合いのぼくより、そいつを選ぶの?」

「うん、ごめん。私にとって彼は特別な人だって思う。絶対気の迷いじゃない」

「そうか、きみ、意外と頑固だもんね。……後悔するなよ。だめになったからって、ぼくの所に戻れるとは思わないでね。まあ、どうしても助けて欲しい時には、連絡して。元クラスメートのよしみで助けてやらないこともない。でも、ただのお人良しじゃないから、それなりの対価を要求するから覚悟して。キスだけじゃすまないと思って」


 ウィルはポケットから出したメモをリジーに押し付けた。

 最初から用意していたのか、メモには住所と電話番号が書かれていた。


「……」


(手際が良いウィルらしい)


「騙されてないだろうな。心配になるよ。ほとんど免疫無しなんだから、リジーは。ぼくがもっと免疫をつけておけば、男として見てくれたのかな。ぼくだって、きみのことをいつも心配してたし、大切に思ってた。何が違ったんだろう? こんなことなら、きみに突き飛ばされても落ち込まずに、すぐにでもきみを攫いに来ればよかった」

「ウィル……」

「そんな顔してると、幸運が逃げて行くよ。元々運が良い方じゃないんだし、さらに悪くしてどうするの。笑顔でいなよ」

「うん、そうだね」

「まあ、ぼくも人の事は言えないけど。後悔しても仕方がない。店の人によろしくな。具合悪いのにぼくに会うのも面倒だろうから、挨拶はしないで帰るよ」

「ウィル、友達としては今も好きだから。ありがとう。話をしに来てくれて」

「今さら好きとかサラッと言うなよ。友達きみの幸せを願ってる」

「うん、ありがとう」


 リジーにとって、ウィルバートとの事は苦い記憶からほろ苦い思い出に変わった。




 ウィルバートを見送ったリジーは、その足で2階のジョンの部屋へ向かった。

 ドアをノックすると、すぐドアは開かれた。


「リジー……」


 リジーを見下ろすジョンの顔は微笑んでいたが、暗い影を落としていた。

 

「ジョン、話、終わったよ。お店使わせてくれてありがとう。ウィルがジョンによろしくって」


 リジーは自分の気持ちを持ち上げるように、努めて明るい声を出した。


「そう。彼は帰ったの?」

「うん。それより、ジョンは大丈夫なの? ほんとに具合悪そう」

「大したことないよ」

「なら、いいんだけど」

「きみは大丈夫だった? あの男になにか、されたりとか……」

「ウィルはそういう人じゃないよ!」


 リジーは思わず強く言っていた。


「そうだね。少し話をしただけだけど、良い男だってわかったよ。きみのこともよく理解しているみたいだったし。きみを幸せにしてくれそうだ……」

「!!」


(なんで? どうして、そんな言い方)


 リジーは唇をかみしめ、ジョンの真意を確かめるように見つめた。


 ジョンは目を逸らすと、


「ごめん、店を閉めて来る。おやすみ」


 と、足早に階段を降りて行った。


 ジョンの表情からは、なんの感情も読み取れなかった。


 リジーは、ただ胸が痛かった。

 リジーは重い足どりで自分の部屋の前へ来ると、鞄から部屋の鍵を取り出した。

 ターコイズのキーホルダーに目が行き、ほんの少し慰められる。


(ジョンの事はまだ諦めない。絶対諦めないんだから! だから泣かない)


 リジーはキーホルダーをきつく握りしめた。


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