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45 アンラッキーガール

サム視点とリジー視点になります。


 リジーと待ち合わせをしたカフェに、サムとアイリーンは先に着いた。

 山のコテージ風の丸太を使った外観が目を引く。

 窓側の席に案内されて、アイリーンは奥に座った。

 サムはすかさずアイリーンの隣に座る。


「あなたがなぜ隣に座るの?」


 アイリーンが、にこにこ嬉しそうなサムをきつく睨む。


「だってリジーが困るだろう?」


 サムはどこ吹く風で、楽しげに答える。


「俺がきみの向かいに座ったら、リジーがきみの隣に座るか俺の隣に座るか迷うだろう。きみと俺が仲が良いと思っているリジーは、俺の隣に座ったらきみに悪いと思う。だからといって、ほぼ初対面に等しいきみの隣に座るのも気が引けるだろう?」

「なによ、その回りくどい説明は」

「じゃあ、簡潔に。きみの隣に座りたかったから」


 サムはそこまで言ったところで、急にアイリーンの頭を自分の胸へ乱暴に引き寄せた。

 バランスを崩したアイリーンは、サムに抱きつく形になった。


「ちょっ……、なにするのよ!」」


 アイリーンは拳をふりあげたが、サムは動じない。


「トニーだ。表の通りをひとりで歩いている」

「え? こんな所にどうして」


 ビクッとして大人しくなるアイリーンの後頭部をサムが撫でる。


「偶然だろうが、まずいな。方向的にリジーと鉢合わせするかも」

「どうしよう……」


 サムの胸にあるアイリーンの手に力が入る。


「きみはここにいて。俺、行ってくる」

「私も行く!」


 サムはアイリーンから緑の目でまっすぐ見上げられドキリとする。

 が、そんなときめいている場合ではない。


「いや、きみは来ないほうがいい。待ってて」


「わかった。気を付けて」

「帰ってきたらまた抱きついてね」


 サムは蕩けるような笑みをアイリーンに向ける。


「な……」


 サムの背中に回っていた手は慌てて離された。



◇◇◇



 リジーは左右の建物を見ながらのんびり歩いていた。

 サムから指定されたカフェは、この近くのはずだった。


(丸太小屋、丸太小屋と……)


 カフェを探していたので、反対方向から歩いてくる大男に気付くのが遅れた。

 気が付いたときには、かなり接近していた。


(あ、あの人は!?)


 首が絞まった恐怖が甦る。

 リジーの足は止まって、棒のように動かなくなった。


 ジョン、助けて! 心の中で叫んでいた。


(いないんだ。今はジョンは私のそばにいない。ひとりでなんとかしないと)


 逃げないとないのに、足がすくんで動かない。

 大男トニーは速度を落とさず近づいて来る。


(あの時は、ドロシーの仮装をしてたから、今の私を見てもわからないとか……はないかな)


 トニーは茫然と立ち尽くすリジーの目の前で止まった。

 リジーの心臓は止まりかけた。


「おまえ、どこかで……?」


 少し考えるような表情をしていたが、すぐに眉間にしわが寄った。


「こ、こんにちは。あの私、タコスもブリトーも好きです」


 涙がじわじわ滲む。


(ヒスパニックの人だからって、タコスやブリトーが好きとは限らないよね。馬鹿だ、私。でも、まだ言いたいことがある。ジョンの事)


「は?」


 トニーが訳が分からないといった顔をする。


「それと、あの、あなたを殴った人に仕返ししないでください。彼は私を助けるためにあなたを殴ったんです。何もなければ優しい人なんです。お願いします!!」


 リジーはトニーを見つめて、必死に訴えた。ジョンがこの男に自分のせいで襲われるのは嫌だった。

 言い切ると、涙がこぼれた。


「ああ、そういえば、急所じゃなくてもダメージが来るボディを的確に狙いやがったな。あの男……」


 トニーは大げさにため息を吐いた。


「泣くなよ。この前は悪かったな」

「え?」


 リジーは思わず遥か上にあるトニーの顔を見上げた。


「首を絞めたかったわけじゃなく、おまえが小さくて、その、捕まえたところがたまたま首だったんだ。アイリーンを引きとめたくて、夢中で……。だから、おまえの男を許すも何も、悪いのは、その、俺だ。俺だって自分の女が捕まったら当然同じように相手を殴る」


 リジーはトニーの思わぬ反応に、ポケッとしていた。


「……俺もタコスとブリトーは好きだ。アイリーンが引っ張って逃げようとした銀色の髪の男、<タコ・ガーデン>の店員だろ。あの店に行けなくなったのは残念だ。色々悔しいからな。うまかったのに。アイリーンに会ったら、別れてやるって言っておいてくれ。じゃあな」


 トニーは落ち着いた口調でリジーをなだめるように話すと、足早にリジーの横を通り過ぎて行った。

 リジーは足はがくがくで、その場に崩れ落ちそうだったがなんとか立っていた。


(助かった……悪い人じゃなかったんだ。良かった)





「リジー! 大丈夫か」

「サム? どうしてここに?」


 リジーの目はまだ焦点が定まっていないようだ。頬には涙の跡がある。

 サムは、ガクッと力が抜けて、ふらついたリジーの腕を掴んだ。


「一目散に逃げるもんだぞ。接近しすぎだ」

「だって、足が動かなくなって、逃げられなかったんだもん」

「まあ、そうだよな。熊に睨まれた子リス状態だったよな。もう動けるか? 行こう。アイリーンも心配してる」

「死ぬかと思った」

「だよな」

「でも、悪い人じゃなかった」

「げ……。アンラッキーな奴に限って、お人よしなんだよな」

「だって、タコスとブリトー好きって言ってた」

「は? なんで食いもんの話してんだ、全く。とにかく無事でよかった。何かあったら、今度こそクロウに殺されるところだった。しかし、奴をここまで呼び寄せるなんて、さすがアンラッキーの神に愛された娘だな」

「愛されても嬉しくない」

「だよな~」


 サムは横をよたよたと歩く小柄な娘を憐れんだ。



 ただ歩いているだけなのに、


「ちょっとすみませんねえ。道を教えてくださる?」


 腰の曲がった年配の女性がリジーに話しかけてきた。


 次はなんだよ? サムはさらに呆れた。


 リジーはやたらと道の説明が下手だし、ふたりで顔を突き合わせて見ている地図の向きも合っていない。

 サムは見ていられなくなり、リジーに代わって説明した。

 年配の女性に何度も聞き返され、時間がかかっていた。


(ごめん、アイリーン。時間をくったから心配してるかな。そんな女じゃなくてもいいが)


「アンラッキーの神には愛され、年寄りと孤独な男を惹きつけるって、すごく厄介だな」


(この子の面倒を喜んでみられるのはおまえくらいだし、おまえしか務まらないよ、ジョン。おまえがついててやれよ)



 見ると、カフェの方向から、息をきらしてアイリーンがかけてくる。


(あんなに血相変えて、かなり心配してたらしい。可愛い……)


 サムは思わずニヤついていた。



「ちょっと、遅いじゃない! 心配させないでよ!! トニーは?」


 肩で息をしながら、アイリーンが怒鳴る。


「ごめん、ごめん、心配かけたね。あいつを一発で倒したよ~。抱きついてもいいよ」


 サムが腕を広げる。


「馬鹿じゃないの!」


 アイリーンはぷいと横を向く。


「あの熊男を撃退したのはこの子リスちゃんでした~」


 サムは、女子ふたりに横目でスルーされたのがわかった。


「アイリーンさん、あの男の人はパーティの時、私を捕まえたことを謝ってくれました」

「え、そうなの?」

「はい。あなたを引きとめるのに夢中だったからって。それで、あなたに伝言を頼まれました。その、別れてやるって……」


 リジーのその言葉を聞くと、アイリーンはゆっくり目を伏せた。


「そう……。それにしても、またあなたに怖い思いをさせてしまったわね」

「いえ、最初はもう死ぬかと思ったけど、大丈夫でした」


 リジーはケロッとした表情でしっかり話す。


「……」


 アイリーンが綺麗な口元を少しほころばせる。


(アンラッキーの神に愛された娘は、意外とたくましいか?)


 サムはアイリーンの口元に魅せられながら、そんなリジーを好ましく思った。


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