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44 鏡の中の世界

次々視点が変わります。すみません。


 ジョンはサムが出て行ってから、しばらくその場に突っ立ったまま、動けなかった。


『キスして…………冗談だよ』


 リジーの切なげで悲しそうな表情が、ジョンの脳裏に甦る。

 冗談を言っている顔ではなかった。

 彼女への欲のある想いと戦っていた自分も、きっと酷い顔をしていたに違いない。彼女から離れられない自分は同じ過ちを繰り返し、結果、彼女を苦しめている。

 ずるい、最低最悪の人間だ。サムになんと言われようと、そんな自分に都合の良い話などあるわけがない。

 このままいっそのこと、鏡の中の世界にでも閉じこもってしまいたい。そうすれば、彼女をただ眺めるだけで、害することもない。



 リジーはサムが帰ってからも、何もする気になれず、少しの間ぼんやりしていたが、ふと思い出し、受話器を握った。


 3回コールが鳴って、


――ハロー?


 いつもの明るく温かい声が聞こえてくる。


「トリック・オア・トリート!! お母さん、リジーだよ!」


 リジーは、努めて元気な声を出した。


――まあ、リジー!? かわいい魔女さんかしら。元気だった?

「うん、ごめんね、最近連絡しないで」


(今は、魔女じゃなく、心も迷子の<ドロシー>)


――いいのよ。仕事や遊びに忙しいでしょ?

「ごめん。ハロウィーン、無事に終わった? 大丈夫だった? 疲れてない?」

――大丈夫、無理しなかったから。あなたもいないし、自分だけでできる範囲でやったから。

「それなら、良かった。もう、私がいないことにすっかり慣れたみたいだね?」

――そうね。慣れた……というか、慣らされたというか。うるさいくらいデイビッドが電話を頻繁に寄越すようになって、寂しいなんて言っていられなくなった。適当にあしらっても、しつこいし全く懲りないの。あの人ったら……もう。

「シンおじさんは、本当にお母さんが大好きなんだね」


(お母さん、まんざらでもないって声)


 大好きという言葉を口に出し、リジーは自然と目に涙が滲んで来た。


――気の迷いが早く収まってくれると良いんだけど。

「気の迷い……」


(私も気の迷いだとジョンに思われてるの?)


「違うと思うよ!」

――え?

「気の迷いで好きになったりしない!」

――リジー?


(まだジョンからはっきり嫌いとか言われたわけじゃない。まだ頑張る……気の迷いじゃないって、わからせてやる。おじさんみたいにしつこく……するんだから)


「お母さん、クリスマス休暇だけど、ジョンのお友達の家にお呼ばれされたの。ノーザンクロスだから、お友達の家に最初に行ってから帰るけど、いいよね」

――ノーザンクロス? そう、いいわよ。ジョンのお友達? ジョンも行くの?

「う、うん……一緒。詳しい日程が決まったら、また連絡するね」

――わかった。ジョンが一緒なら安心だわ。

「うん……。じゃあ、またね!」


(まだまだ頑張るんだから!)


 リジーは、涙を指で拭って立ち上がった。




 翌朝、リジーは出勤するため部屋のドアを開けた。

 ランタンが置いてあった椅子はもう外にはなかった。

 昨夜のうちにジョンが片付けたようだ。


 ハロウィーンは過ぎ、11月が始まる。


(ハロウィーンフェスティバルが遠い……。過去の夢だったみたい)




「おはようございます! カイルさん!!」


 いつもより遅く出勤したリジーは目が少し腫れぼったく感じたが、自分は元気だと言い聞かせるように声を張り上げた。



 店に先に来ていたカイルは、顔色が悪い。


「お、はよう……。今日も無駄に朝から元気が良いな。こっちは二日酔いだ。でかい声出すな」

「はい!!」

「……×××」


(誰のせいでこうなったと思ってる。それにしても、なんだ? カラスにお持ち帰りされたはずなのに、こいつ、不自然なほど元気な声出しやがって……それに……目が……)



「今日は……来るの遅かったな」

「いつもより少し準備に手間取ってしまって。でも遅刻じゃないですし。朝の散歩はできなくて残念でしたけど」


 リジーは泣いて腫らした目を冷やすのに時間がかかったのだ。


 自分をじっと見据えるカイルの目線に緊張したが、


「ふん…」


 とすぐに背を向けられたので、ほっとする。




「リジー!! おはよう!! 昨夜はどうだった? うまくいった?」


 スーザンが出勤するなり、リジーに駆け寄って来た。


「な、なんのこと?」

「もう、とぼけないでよ。休憩の時にゆっくり聞くけど……彼と熱~い一夜は過ごせたの?」


 スーザンの目は爛々と輝いて、興味深々の顔をしている。


「そ、そんな大声でやめて~」


 リジーはあわあわ、おたおたと腕を振り回し、息だけで声を出した。


 カイルの背がビクッと揺れたことに、もちろんふたりは気づいていない。




 昼休みに休憩室に連れ込まれたリジーは、スーザンから追及を受けていた。


「で? あの衣装、結構良い感じに色気出てたから、ジョンを落とせたでしょ?」

「そんなこと、あるわけ……ないよ」


 リジーの表情が暗くなったので、スーザンは眉を寄せた。


「だめだった?」

「うん……。それより、そんな思惑というか、下心のある衣装だったの?」

「そうだよ~。わざと背中のリボンをほどきにくくして、彼の理性を崩壊させようと思ったのに、全く手出しをしないなんて」

「嘘、わざとって……理性を崩壊って……」


(私の方が迫ってしまった…)


「スーザンにならって、正直にジョンに……キスしてって言ったんだけど……。玉砕でした」


(寒い一夜だった)


「え~? そこまでリジーが迫ったのに? どうぞ食べてって言っているようなものだったのに、食わない男もいるんだ。意外と彼はつわものだね」

「な、何??」

「う~ん。まあ、次の機会を待つしかないね。頑張って……」

「そうだよね。別に嫌いってフラれたわけでもないし。振り向かせるように頑張るつもりだよ!!」


(仕事中は色々思い出さないで済む。仕事頑張ろう。仕事頑張るぞ。仕事頑張る!!)



 リジーは心の中で、何度も自分に言い聞かせ、テキパキと仕事をこなしていった。



 すると、午後の休憩中、今度はマリサに呼ばれた。


「リジー、どうしたの?」

「何がです?」

「いつものほわほわ感が足りないわ」

「え~!?」


 意外な話にリジーは面食らった。


「きびきびしすぎてる」

「そ、そうですか? 仕事頑張ろうと思って」

「いつものあなたらしさがないと、心配になるわ。恋人のジョンと喧嘩でもしたかしら」


 マリサの直球にリジーは胸が痛かった。


「ま、マリサさん、私たちはそういう関係では……」

「違うとは言わせないわ!!」

「え!?」

「見てたから。ハロウィーンパーティでの一部始終を」


 マリサの言葉に色々甦り、またしても胸が痛む。


「マリサさんもあそこに、いらしてたんですか?」

「そうよ。あなたたちはどう見ても恋人同士だったから……それ以外はあり得ない。それでも違うというのなら、あなたたちがおかしいわ。気づいていないの?」

「……」


(そう、よくわからない。だから、試した。でも違った。他の人からそう見えたって、ジョンのあの困惑した顔が頭から離れない。少しでも私に気持ちがあるなら、あんな顔しないと思う)


「まあ、仕事に打ち込むのもいいけど、色々見失わないようにね」

「はい」


(見失う……怖い言葉)



◇◇◇



「よう! クロウ」


 一日とあけずに、サムは<スカラムーシュ>に顔を出した。


「サム」


 ジョンが生気の無い目を向けてきた。


「なんだか顔色がよくないんじゃないか? まあ、昨日の今日だからな。やせ我慢したって身体に悪いぜ」

「……」

「きょうは用件だけ言いに来た。アイリーンが律儀な子でさ、パーティでのことを直接リジーに会って謝りたいっていうから、このメモをリジーに渡しておいてくれないか。場所と日時が書いてある。心配ならおまえも来る?」

「いや、その必要はない。アイリーンて昨日一緒にいたブロンドの子か?」

「そう。俺の彼女になる予定の子。リジーに日程が合わない時は電話くれるように言ってくれ。番号もメモに書いてあるから。じゃあ、頼む」


 サムはジョンにメモを押し付け、すぐその場に背を向けた。


(リジーだって相当つらいと思うぜ。早く気が付いてやれよ。おまえにとって彼女がどんなに大切な存在なのかよく考えろ)



◇◇◇


 

 リジーはいつものように帰ってきて、いつものように<スカラムーシュ>にいるジョンに声をかけた。


「ジョン、ただいま」

「お帰り、リジー」


 お互い作った笑顔で口先だけの挨拶をかわす。


「リジー、さっきサムが来た。サムが例の彼女ときみを会わせたいらしい。彼女がきみに謝りたいと言っているそうなんだ」

「あ、アイリーンさんね」

「これ、サムから預かったメモだ。日程が合わない場合はそこに書いてある番号に電話して欲しいそうだ」


 リジーはメモを見ながら受け取った。


「わかった。ありがとう。じゃあね」


 リジーはジョンがどんな顔で自分を見ているのか怖くて、顔が上げられなかった。

 慌てるつもりはないのに、素早い動作になってしまう。

 


 部屋に戻ってドアを閉め、そしてため息をひとつ。


 冷蔵庫を開けると、ハロウィーンのランタンに入ったままのお菓子がある。中をかなり占拠しているそれは、嫌でも目に入った。

 水のボトルを出し、コップに注ぐと渇いた喉を潤す。

 昨日の今日でも、ぎこちなくても、ジョンと言葉を交わせたのが嬉しかった。



 ジョンは、リジーの後ろ姿を硬い表情で見送った。


 彼女本来の笑顔はなかった。


 自分のいないところでは、どうかいつもの輝きを持つリジーでいて欲しい。

 こちらを見てくれなくても良い。

 鏡の中の世界にいたいと願う自分になど。


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