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40 ジュリアとオズの仲間たち


「やあ、ひとり?」


 オズの<ライオン>仮装のサムは、必勝スマイルでジュリアに近づいた。

 タコス店の店員のことなどもちろん覚えているはずもなく、ジュリアが怪訝そうに眉を寄せる。


「いいえ、連れとはぐれたの」


 冷たく言い放たれる。


(相変わらず、いい感じの拒否具合だなあ)


「そうか。俺はサム。きみを前に見かけたことがあるから声をかけた。彼を一緒に探してあげようか。ヒスパニック系の彼でしょ?」

「……必要ないわ」


 品定めでもするかのように、緑の瞳でサムをしっかり見据えている。


「彼を探す必要がないってこと? それとも俺がかな?」

「私はもう帰るから、彼もあなたも必要ないの」

「この辺りはひとりじゃ危ないから送るよ」

「聞こえなかったかしら。あなたも必要ないの。あなたが一番危ないんじゃないの? 下心を隠して、気持ちの悪いほど綺麗な笑顔を作る<オズのライオン>さん?」


 挑戦的な目力に、サムの心は踊り、騒ぎ出す。


「心外だな。俺ほど信頼できるボディーガードはいないのに」


 断られてからが勝負、サムは怯まない。


「自分から売り込むような人はお断りよ」


 ジュリアは取りつく島もないほど、サムを警戒している。


(ま、俺のジュリアはこうでなくちゃね。さて、次はどう攻めようかな……)


 サムが次の一手を出そうとすると、



「サムは良い人だから、送ってもらってください!!」


 ここにいるはずのない人物の声がした。


「「!?」」


 駆け引きに集中していたサムとジュリアだったが、不意を突かれ、引かれるように声の主の方に顔を向ける。


 そこには、空気を読めない天然の<ドロシー>がいた。



「な、なんでドロシーがここにいるんだよ~。<かかし>は何やってんだ!」

 

 サムは頭を抱えた。


(いない……のか)


 サムはあたりを見渡したが、ジョンの姿がない。

 ダメだ、今日はジュリアに逃げられる、とサムは観念した。


「だめだろう、かかしと離れたら。あいつ、気が狂ったように心配してるぜ」

「離れるつもりなかったんだけど、はぐれちゃった。でもサムを見つけたから……。ごめんね、お邪魔だったよね」


 そう言いながら、リジーはジュリアに向くと、ニコッとする。


「サムは本当に良い人ですよ。狼でも悪魔でもありませんから、安心して送ってもらって下さい」


 リジーは場違いなほど、ほのぼのとした雰囲気を作り出していた。


「おい、狼とか悪魔とか、フォローになってないから。邪魔するなよドロシー、頼むから」



 ジュリアはドロシーとライオンのやりとりを聞いてか、硬かった表情が幾分和らいでいる。


「悪魔なライオンも天然さんには弱いのね。じゃあ、ドロシーを信じて送ってもらおうかしら」


 ジュリアはサムの後ろの方に視線を移してから、素早くサムの腕を引いた。


「え!?」


 意外な返事にサムがほうけていると、


「行くわよ!」


 突然走り出すジュリアに引っ張られた。


「へ? うわ、とりあえずリジーもおいで!」


「あ、私は大丈夫だか……ら」


 次の瞬間、リジーの首元にごつい腕が回された。


「うっ!! 何!?」


 リジーが慌てて首に回った腕をほどこうとするが、びくともしない。

 

 がたいの良い大柄の男が、背後からリジーを羽交い絞めにしていた。


「リジー!!?」

「トニー! やめて!! その子は関係ないでしょ!」


 サムとジュリアが同時に叫んだ。


「だったらこっちに来い! アイリーン!」


 トニーと呼ばれた大男が薄い笑いを浮かべる。


「最低! 卑怯者!」


 アイリーンと呼ばれた<ジュリア>は、サムの腕を離し、男の方へ行こうとした。

 だが、サムの毛むくじゃらの手袋の手がアイリーンの腕を優しく掴んだ。


「きみ、アイリーンて言うんだね。嫌なら行く必要ないよ」

「え?」

「彼女の<かかし>がお出ましだから……」


 トニーの背後には、恐ろしい黒い空気を纏ったかかしがいた。





「彼女を離せ」


 感情の無い低い声がした。

 

(ジョン!?)


「なんだおまえは」


 ドスッという音とともに、大男が崩れ落ち、腹を抱えて膝を着いた。

 リジーは首の拘束がなくなって、大きく息をした。


「ジョン……」


 リジーが無意識に手を伸ばすと、すぐに抱きしめられ、後頭部を撫でられた。


(来てくれた!! いつも心配して守ってくれる。私の魔王……今日は<かかし>)


 腕の中でリジーがほっとしていると、ジョンが髪に頬擦りして、額にかかるリジーの前髪を優しく掻き上げた。

 前に怪我をした傷でも見ているのかとぼんやり思っていると、ジョンの顔が近付き、額に唇が触れたのがわかった。


「!?」


 リジーは一瞬ぼーっとなり、何が起こったかわからなかった。


「どこも怪我はない?」

「……」


 ジョンにたずねられて、大きく頷くのが精一杯だった。


「良かった。すぐにここから離れよう!」

「う、うん」


(ど、ど、どういう意味でおでこにキス?)





「く、くそ……」


 膝を着いて呻くトニーの前にアイリーンが立ちはだかる。


「あんたとは別れるわ。もう一緒にいるのはうんざりだったのよ! か弱い女の子の首を絞めるなんて最低!!」

「首を絞めたわけじゃ……」

「ろくでなし!!」

「な、なんだと……」

「もう二度と私の前に現れないで。現れたらまたこのオズの人たちに助けてもらうから」


 アイリーンはトニーを見下ろし、はっきり言い放った。


「く……」


 トニーは苦い顔をしながらゆっくり立ち上がると、頭を振りながら人だかりをかき分け立ち去った。



 すでに周囲にはかなりの人だかりができていた。がやがやと声がする。


―― 噂の<クロウ>じゃないか? ……いや、<銀狼>か?

―― 一発で仕留めるのは<クロウ>だろう


「俺たちも噂の餌になる前に退散しよう。ジュリア」

「ジュリア?」

「いや、アイリーンだったね」


 サムはキョトンとするアイリーンの手を、さり気なく握った。

 その手はほどかれなかった。

 

 ジョンとリジーの姿はもう見えない。


「あなたたちは誰なの?」


 ジュリアが自分に手を引かれながら着いてくる。夢のようだ。

 モフモフの手袋なのが悔やまれる。早く外せばよかった。


「俺たち? オズの国の仲間たちさ。俺は強くなった<ライオン>で、知恵はあるけど心の拠り所を探している<かかし>に、天然すぎる<ドロシー>、ドロシーはおもしろいからそのままでいて欲しいかな」

「……」


「あ、かかしは売約済みだから惚れちゃだめだよ」

「見てたからわかるわ」

「でしょ? なんというか、本人たちだけまだぼんやりしてる。いい年して恋愛ごっこしてるみたいな感じ。見てるとじれったいよ」

「そう?」


「だから、俺にしておきなよ」

「だからって、なんでそうなるの? 冗談言ってるの?」

「きみのことは俺が守るよ。俺もかかし程ではないけど、鍛えてるから」

「必要ないって言ったでしょ」

「強がらないでいい……じゃなくて、俺がそうしたいんだけど、だめ?」


 サムは凛々しいアイリーンの顔を覗き込む。


「しつこいわね。……あなた、どこかで会ったことある? それから私の事ジュリアって」

「覚えててくれたんだ。嬉しいな。毎回諦めずに熱い視線を送っていた甲斐があったなあ。俺は<タコガーデン>の店員。ジュリアっていうのは、俺が心の中でつけてた君の名前。ジュリア・ブロンディ」

「<タコガーデン>の……ああ。それと、がっかりさせて悪いけど、私、地毛は金髪ブロンドじゃないのよ」

「じゃあ、本当のきみが見たい」


「……」


 アイリーンの緑の瞳が揺れた。


「連絡先を教えて。また会いたい」

「あなた、意外としつこいのね」

「しつこいし我儘だよ。この外見で苦労してるから、鍛えられて強くもなった。でも、仲間には弱いんだよな。あのふたりには相当振り回されてる」

「そのようね。ドロシーとのやりとりはおもしろかったわ」

「じゃあ、俺のそばにいたら? いつでもおもしろいよ」

「……だから、なんでそうなるのっ」


「やっぱり笑顔は可愛いんだね」

「な、なによ、突然。笑ってないわよ」

「俺には笑ったように見えた。本当のことを言っただけ。俺と一緒のときは笑顔でいさせてあげるよ。まあ、氷の表情も好みだけどね。きみにも振り回されたいな~」

「ば、ばかじゃないの。恥ずかしげもなくそんな……。やっぱり狼で悪魔なライオンね!!」

「いいね、だんだん呼び名が増えて行く」


 照れを隠して目を剥くアイリーンは可愛いとサムは思った。


「まずは……私のせいでひどい目にあわせてしまったドロシーに謝りたいわ」


 思った通り、彼女は律儀で心根は優しい。

 リジーが捕まったとき、なんのためらいもなく自分の手をすぐに離し、男の方へ戻ろうとした。


「伝えるよ。それに、ドロシーにはいつでも会える。俺のそばにいれば」


 サムはジュリア・ブロンディの隣にいる権利を手に入れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] サムとアイリーンの大人の駆け引きにつりこまれました。 そこへ、リジーの 「サムは良い人だから、送ってもらってください!!」、 クスッと言いますか、けなげと言いますか、とても印象深かったです…
[良い点] サムの飄々としつつも芯のあるところが大好きです(^^) キザなセリフもサムが言うと様になりますね。いやらしさを感じませんし、何というか変なゾクゾク感がありませんw サムの駆け引きの最中に割…
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