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4 初出勤、初失敗


 今日はリジーの初出勤の日だった。

 昨日はアパートメントからの通勤ルートも再確認した。

 

 薄ピンクのシャツと黒いパンツ姿の鏡の中の自分をチェックする。


 なかなか? でもないか。


 体型は痩せていて小柄。良く言えばスレンダー。

 童顔なのは仕方がない。バッチリメイクが似合わない平凡な顔立ち。

 だからパッとしない薄化粧。気にしても仕方がない。

 

 リジーはひとつ深呼吸をすると、ランチ用に準備したサンドイッチを鞄に入れ部屋を出た。

 慣れないパンプスは歩きづらいが、なんとか良い姿勢を保って顔を上げた。

 

 外は9月の空、いつもの明るいカリフォルニアの青空が迎えてくれる。



 駅のバスターミナルまで行くと、そこは朝の通勤の人々で混雑していた。慣れない人の多さにのまれながら、なんとかイーストサイド行きのバスに乗った。

 

 面接に来たときは緊張で窓からの風景を見る余裕もなかった。

 今日も緊張はしているが、前回ほどではない。バスからの、見慣れない風景もいずれは見慣れた風景になるはずだ。バスに揺られて20分、酔いそうになる一歩手前でバスを降りた。

 閑静な住宅街の手前の開けた場所に倉庫風の白い建物があった。

 リジーの勤めることになったホームアートショップ<フォレスト>だ。求人情報で自分で探して申し込んだ。母に秘密で面接にも来たのだった。

 主に、モダンな家具、絵画やポスター、インテリア小物などを販売している。

 まだ開店前で表のシャッターは降りているので、裏の社員出入り口に向かった。


「ハロー!」

「誰だ?」


 そこにいた目付きの悪い男にリジーは怯んだが、今日から働く旨を話すと、すんなり案内された。話は通っていたようだ。


「まあ、リジー! 今日からよろしくね。あなたの活躍を期待しているわ」

 

 通された所長室で、所長のシルビアは、明るく輝くような笑顔で出迎えてくれた。

 明るい金髪が眩しい、真っ青な瞳に真っ赤な唇。

 さらに真っ赤のスーツを着こなす若々しい女性だ。

 面接のときに案内してくれた女性がこっそり50代後半だと教えてくれたが、40歳前後にしか見えないとリジーは驚いたのだった。


「今日からよろしくお願いします!」

 

 リジーもシルビアにつられて弾んだ声を出していた。

 

「マリサ! カイル!」


 シルビアに呼ばれて、2人のスタッフが現れた。


 「店のメインのスタッフを紹介するわね。こちらはマリサ、店舗と売り場の責任者よ。彼はカイル。在庫と配送責任者よ。ほかのスタッフは後でね。マリサ、カイル、この子が先日採用したリジーよ。今日から働いてもらうから」


「リジーです。はじめまして」

「よろしくね、リジー。マリサよ。わからないことは何でも聞いて」


 堂々としたたたずまいの美しい女性マリサに、リジーは一瞬で憧れをいだいた。


「カイルだ」


 もうひとりの男性、シルビアの元に案内してくれたカイルはその一言だけで去って行った。

 

 ふたりとも茶色がかった金髪に青い瞳で、顔立ちがよく似ていた。30代前半くらいだろうか。


「そう、私たちは姉弟よ。弟は無口で無愛想だけど、仕事は確実よ。さあ、こっちから案内するわ」

 

 マリサは当然のように答えると、店舗の方へリジーを促した。

 リジーはマリサの後に続く。

 店舗の中は明るく、整然とおしゃれな家具や絵画、様々なインテリア小物が並んでいた。



「スーザン!」


 マリサが呼ぶと、赤茶色の長い髪をなびかせながら20代前半くらいの女性が颯爽とやって来た。


「リジー、彼女はスーザン。絵画コーナーのあなたの上司になるわ。スーザン、今日から働くことになった、リジーよ」

「リジーです。初めまして。よろしくお願いします」

「よろしくね。スーザンよ。ずいぶんと華奢ね。たくましくしてあげる!」

「はい……。お願いします」


 スーザンの自分とは真逆の体型に圧倒された。


「ふふ、緊張しないで。スタッフの中では年齢は私が一番近いと思うし、仲良くしましょう」

「はい!」


 リジーは気を取り直した。


「最初は絵画コーナーに入ってもらうから、スーザンに付いて色々覚えてね」


 マリサはそう言うと、その場を離れた。



 

 リジーはスーザンと共に、壁の絵の展示を変え始めた。

 スーザンが店で扱っている画家や絵画の種類をリジーに説明する。リジーは必死でメモを取りながら作業を手伝っていた。


「リジー! 倉庫からこのウォーホルのポスターの箱を持ってきて! 少しの間、引っ込めて別のを飾るわ。倉庫にはカイルがいると思うから聞いて!」

「はい!」


 リジーは急いで店舗の奥にある倉庫に向かった。


「カイルさん! いらっしゃいますか?」


 声をかけてみたが、いないようだった。ポスターの箱らしきものが並んでいる棚を見つけたので、目の前から探し始めた。

 

 アンディ・ウォーホル。

 ポップな作風で人気の作家。彼の代表的な作品であるキャンベルスープ缶。

 ただのスープ缶をカラフルにおしゃれに描くなんてすごい、リジーはそんなことを考えながらタイトルの書いてある箱を探していた。

 

 急に後ろから手が伸びてきて、リジーの目の前の箱を掴んだ。


「うぎゃあ!」

 

 リジーは突然のことに驚いて、大きな声を出していた。


「驚きすぎだ。お前の目は節穴ふしあなか」

 

 いつの間にか音もなくカイルがいた。

 

「ウォーホルだろう。スーザンの馬鹿でかい声が聞こえた。持って行け」


(うわ、こんな目の前にあったなんて……。しかも大声を出して恥ずかしい)


「はい、すみません」


(カイルさん、目つき怖いし。不機嫌?)

 

 

 リジーは午前中、何度も倉庫に行かされ、毎回カイルの氷のような冷たい目つきに悩まされた。


 

 ランチタイムになるとスーザンに誘われ、リジーは休憩室に入った。

 初めての立ち仕事に、倉庫の往復、すでにくたくただった。

 休憩室は白いテーブルと椅子に観葉植物がいくつか置いてある簡素な部屋だった。

 白い壁には港を描いた風景画が飾ってある。

 絵が1枚あるだけで部屋を和ませているとリジーは思った。


「リジー、ここのコーヒーは自由に飲んで良いからね」

「はい!」


(ようやく座れる。コーヒー飲みたい……)

 

 部屋の一角に、コーヒーサーバーが置いてあった。初めて見る代物だ。 スーザンは慣れた手つきで紙コップを持って、サーバーのボタンを押していた。

 押すだけでコーヒーが出て来る便利な物らしい。リジーは感心した。

 さっそくリジーもごちそうになることにした。

 スーザンと同じようにしたつもりだったが、


「うわ~!!」

 

 注ぎ口から思ったより強い水圧でコーヒーが出てきたため、リジーは持っていた紙コップを取り落としてしまった。

 コーヒーを床と自分に見事にぶちまけた。


「やだ、リジー!」

「す、すみません!!」

 

 リジーはオタオタした。

 スーザンはてきぱきと置いてあったナプキンでリジーのかけていた店のエプロンをひとまず拭いた。コーヒーがかかったのは、幸運にもエプロンだけだった。


「う~ん、あなた不器用?」

「そうかもです……」

「エプロンしてて良かったね。貸して、洗ってくるから。コーヒーのシミは落ちにくいから急がないとね。リジーは床の方をお願い!」

「はい、すみません」

「いいって~任せて。大丈夫だから。気にしない!」


 スーザンはウインクすると休憩室を出て行った。

 

 リジーは気まずい思いをしながら、床にこぼれているコーヒーをナプキンで拭く。

 そのあと、掃除用具入れからモップを持ってくると、水拭きした。


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