36 好きの鼓動
◇◇◇
<フォレスト>は、そろそろ閉店の時間になっていた。
「リジーたちはうまくやってるかしらね。今頃、パレードの最中よね」
マリサとカイルは倉庫で在庫の確認をしている。
「あの怖い奴も一緒らしいじゃないか。心配することはない」
「スーザンの話ではパレードの後にベイサイドのパーティに行くらしいから、私たちも乗り込むわよ!」
「な、なにぃ!? 私たちって……俺は行かないぞ!」
「リジーの衣装がもの凄くセクシーらしいわよ。あなたも見たいでしょうに」
「誰が! 子供がセクシーな格好をしたって、ひくだけだろう!」
「顔に見たいって書いてあるし」
「書いてねえ!」
「うだうだ言わない!」
「よせよ、もう……」
「何言ってるの? まだ決定的な瞬間を見てないのよ」
「見たらショックを受けるだけだろう?」
「あなたが?」
「俺は……」
「なによ、諦めるみたいな素振りしておいて、ハロウィーンの飾りつけの時、いそいそとリジーを手伝ったりして、楽しそうに!」
「あれはあいつがまた怪我して、店を休まれたら困るからだ。誰も楽しそうになんてしていなかっただろう!?」
「そうかしら? お優しいカイルさん、姉の目には楽しそうに映ったけど?」
「じゃあ節穴だな」
「人目も憚らず、イチャイチャしちゃって」
「どこをどう見たらあの状況が、そうなるんだ?」
「あの手の疎くて悪気が無い良い子ちゃんが、一番たちが悪いのよ」
「おまえ、たちが悪いとか……言うなよ」
「私は仕事はできても一番損する女なのよ~!」
「からむ相手が違うだろう。まるで酔っ払いだな」
「違うわ」
急に素面になった。
「滅多にない姉の頼みくらい聞きなさいよ。聞かないと、別の支店に飛ばすわよ」
「おい!! それは頼みじゃなくて脅しだろ」
(ま、それならそれで良いかもな)
結局、姉には逆らえず、カイルもパーティに行くはめになった。
◇◇◇
リジーは既に疲れていたものの、ベイエリアのハロウィーンパーティは外せないとサムから誘われていたので、ジョンと共にこれから3人で会場に向かう予定だ。
「車を取ってくるよ。この辺で待ってて」
ジョンはそう言って、少し離れたパーキングに車を取りにひとり向かった。
リジーは遠ざかるジョンの背中を何気に見ていた。
「きみが何者なのかずっと気になってた」
サムが妙に真面目な笑みを浮かべている。
目線は同じようにジョンの背中だった。
「え? なにものかって何?」
「これでも俺、リジーが少し羨ましかったんだ」
「どうして? 私が羨ましいなんて」
「俺が積み重ねて来て得たものを、突然現れたきみは最初から何故か持っていた。きみがそれに値しない子なら邪魔しようと思ったけど……あいつがきみを心底大切にしてるし、きみのことも気に入ったから、認めるよ。これからもよろしく頼むよ」
「よくわからないけど、よろしくお願いするのは私の方だよ。サムとジョンは良い関係だよね。口ではなんだかんだ言っててもお互い信頼してるのがわかるよ」
「……そうかな?」
今度は自信なさげにサムが目を細めて笑う。
「私にはサムの方が羨ましい。私はいつもジョンに迷惑かけてばかり、助けてもらってばかりで、なにもお返しできてない」
「ジョンはきみに何か返してもらおうとは思ってないさ。今はきみの存在自体があいつの生きる活力みたいだけど?」
「なんで? だって、家族でも……恋人でもないのに……わからない」
「俺にもわからない。じゃあ、恋人になったら? その魅惑の背中で誘惑してみるとか」
「背中で誘惑って、おかしくない?」
「おかしくないよ。だって俺は結構クラクラきたけど? ジョンだってパレードの時以外はリジーの背後に張り付いて、他のやつらからの視線の盾になってたし。それって、きみの背中が魅力的だって認めてるんじゃない?」
「だからって、どうやって……。わかんない! 私に色仕掛けは無理だから」
「普通に話してるけど、ジョンが好きな前提だよね」
「……っ!!? サム、ジョンに変な事言わないでよ~」
リジーの頬には、急激に熱が集まった。
「言わないよ。おもしろいから」
「サム!」
◇◇◇
ジョンは車の中から、リジーとサムが親し気に話をしているのを見ていた。リジーが真剣な顔をしたり赤くなったり、表情豊かに話をしている。最近、自分にはリジーの事がよく見えていないかもしれないとジョンは思った。
自分にはどんな顔で接してくれているのか、目の前にいるのになぜかわからない。
ジョンはハンドルをきりながら、車を寄せた。
◇
「車サンキューな、クロウ。リジーは後ろね」
サムが車の後部ドアを開けて、リジーを促した。
「ありがとう」
リジーは車に乗ろうと屈んだが、ドア枠にごつんと頭をぶつけた
「痛、た……」
「おいおい、期待通りやってくれるよね。気を付けなよ~。ドアを閉めるよ」
頭をさすりながらリジーが後部座席に座ると、サムはドアを閉めた。
「頭痛くない? 大丈夫?」
ジョンが運転席から振り向き、心配そうに聞いて来る。
そして、なぜか少し寂しそうに見える。
「うん、大丈夫。車を出してくれてありがとうね」
先ほどのサムとの会話が甦り、恥ずかしくなってリジーは目を伏せた。
ジョンからかけてもらったケープを無意識に握りしめる。
温かい。
(ドキドキする。鼓動は正直だ。これは好きの鼓動……。誘惑なんてがらじゃない。私は私でしかない。ジョンは今のままの私を受け入れてくれる?)




