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35 ハロウィーンパレード


 そろそろパレードの集合場所に移動という時に、


「スーザン、化粧品貸して」


 サムが<スカラムーシュ>にあるアンティーク風の鏡に映る、自分の姿を見ながらスーザンに声をかけた。


「いいわよ」


 サムはスーザンから化粧ポーチを受け取ると、中を物色する。

 そこからアイライナーを選ぶと、鏡を見ながら目の回りを塗ったり、ひげを描いたりし始めた。


「サム、綺麗な顔が台無しじゃないの?」


 スーザンが言うと、


「目立ちたくないからね」


((いや、それでも十分目立つと思う))


 スーザンとリジーは同時にそう思った。

 サムは自分だけでは飽き足らず、ジョンの頬にも「よせ!」という制止も聞かずアイシャドウを選ぶと塗りつけた。


「おまえ、きまりすぎてるから、少し顔を汚した方が<かかし>らしいぞ!」


「ちょっと、私の大事な化粧品をそんな雑に扱わないでよ!」

「はは、ごめんごめん」


 サムは大人しくスーザンに化粧ポーチを返した。



「リジー、サム、ジョン。頑張ってね。沿道で見てるから」


 スーザンに激励され、リジーたちは大きく頷いた。


「じゃあ、行ってくるね。スーザン」




 ハロウィーンフェスティバルのメインイベントのひとつ、仮装パレードが始まろうとしていた。

 リジーたちのような商工組合からの参加者は、プロのパレード要員の後ろにスタンバイしている。

 その人数はかなり多く、混雑していて、並ぶのも一苦労だった。

 プロのパレードは、音楽隊や大きなかぼちゃの馬車、巨大な作り物の像、かぼちゃおばけ、魔女や幽霊や吸血鬼たち、なぜかアラビア風衣装の女性たちなど、不思議な集団だ。異世界に紛れ込んだ錯覚を起こす。組合の参加者も、それなりに凝った仮装をしていた。ハロウィーン定番のものや、映画やコミックのキャラクターたちに扮した人々が大勢いる。


「埋もれそう」


 人口密度の高い中、リジーは呟いた。


「言った通りだったろう? リジーひとりだったら、今頃すでにもみくちゃにされてその辺にポイって転がされてたかも」

「サム、その表現、酷くない?」

「だって、現に愛犬とブリキの木こりはどこに消えた?」

「え!?」


 リジーの下げていたショルダーバッグから、可愛らしく顔を覗かせていた愛犬とブリキの木こりがここに着くまでに、いつの間にかもう消えていた。


「いない……」


 リジーは犬と木こりが踏まれてぼろぼろになって見る影もなくどこかに転がっている姿を想像して、怖くなった。


(落としたことに気が付かなくてごめんなさい)


 この状況で探すのはもう無理だろう。

 リジーは心の中でマスコットたちに謝った。



 サムは愉快そうにキョロキョロ回りを見渡している。


「落ち着かないやつだな」


 ジョンは呆れた様子でサムを見た。


「お、あの<ワンダーウーマン>の仮装の子はスタイル良いね。あっちの子は何の仮装だろう? クロウ、わかる?」

「オレに聞くな。わからない」

「それにしても今年も<スターウォーズ>は人気だなあ。俺たちもチャイニーズシアターで観た時はわくわくしたよなあ」

「そういえば、おまえ、映画の途中で咳込んで煩かったな」

「だってさ、ポップコーンのコーンの硬い皮が喉に引っかかったんだから、仕方がないだろう」

「ふたりで観たの?」


 リジーはふたりの何気ない会話に笑った。


「そう、男ふたりで」


 サムはわざとらしくニッコリとする。


「本当に仲良しなんだね」

「そう!」「違う!」


 男ふたりは対照的な表情で、答えた。

 それもまた可笑しくて、リジーは緊張していた頬が緩んだ。


 ジョンとサムは、リジーの盾になってくれていた。

 ひとりならとっくに溢れんばかりの参加者に囲まれて、身動きひとつできないでいたか、サムの言葉通りどこかに転がされていたに違いないとリジーは思った。


 通称パレード通りの沿道は、どこからともなく集まって来た大勢の観衆で埋め尽くされていた。

 音楽隊の軽快なマーチに合わせて、パレードが始まる。


「さあ、パレードが出発します!!」



 リジーは慣れない衣装と人混みにのまれそうだった。

 ただ笑顔で手を振って歩くようにと言われていたが、ぎこちなくままならない。

 おぼつかない足取りで、誰かとぶつかりそうになると、ジョンに引き寄せられたり、サムがガードしてくれたりした。


「もう、俺たちは腕でも組む?」


 よたよたの田舎娘ドロシーを見かねたライオンが提案した。


「そうだな。ドロシー、お手をどうぞ」


 かかしにうやうやしく手を差し出され、ドロシーが慌てふためいている間もなく、かかしとライオンが同時にドロシーの腕をとる。


「え~っ!? これ、お手をどうぞじゃないよね~」


 ふたりに両腕をとられたリジーは身体が軽くなって驚いた。

 時々、つまずきそうになると、ふたりの力で軽々持ち上がる。リジーは雲の上を歩いているような感覚だった。それが、妙におかしくて自然と笑ってしまう。

 見上げると、かかしもライオンも楽しそうに笑っていた。



「リジー!! サム! ジョン!」


「リジー、ほら、スーザンだよ」


 リジーは、ジョンから耳打ちされて、どきっとした。

 ジョンの指が示す方向を見ると、スーザンが飛び上がりながら大きく手を振っているのがわかった。


「スーザン!!」

「リジー!! とっても可愛いわよ!!!」


 スーザンの声は、パレードの音楽や人々の歓声に掻き消されることなく聞こえた。


「ありがとう!」


 頬を染め、笑顔で答えたリジーの声は届いたかはわからない。


 大勢の人混みの中で、身体を前のめりにして夢中で手を振るスーザン。

 その横で、少し痩せ気味の眼鏡の男が、スーザンを必死になって支えていた。


「スーザンにしてはずいぶんと堅実そうな男を選択したよね」とサム。

「失礼なこと言うな」ジョンがすかさず返した。




 ハロウィーンパレードは何事もなく無事に終了した。


 パレードの参加者は、毎年仮装のままベイエリアの屋外パーティ会場へ移動するのが慣習だった。

 一般客も混じって大規模なパーティが行われ、明け方近くまで賑やからしい。


 パレードが終わると、ジョンは自分が掛けていたケープを外すと、リジーの肩にふわりと掛けた。

 これでさらしていた背中は当然見えなくなる。


「ジョン?」

「これはスーザンがリジーにって、用意してくれていたんだ」

「そうだったの」

「でもパレードが終わるまでは絶対渡してはダメだと言われてた」

「はは……」と、リジーは薄く笑う。

 

 そういえば、スーザンがジョンに耳打ちしていたのは、このことだろうかとぼんやり思った。


(ジョンの温もりが残ったケープ。ジョンに包まれているみたいで、なんだか胸がドキドキする)


「あれ? なんだ、背中隠しちゃうの? 勿体ない。いろんなやつがリジーの背中に釘付けだったのに」

「黙れ!」


 ジョンがサムを一喝する。


「そりゃ独り占めしたいよね」

「うるさい」


 リジーはパレードが終わって、ジョンとサムのやりとりも耳に入っていないほど、脱力していた。

 実の所、朝からかなり緊張していたのだ。

 何事もなく無事にいられるのも、ふたりのおかげだった。

 ジョンにケープを掛けてもらい、本当に心から安堵した。


「ふたりとも、参加してくれて本当にありがとう!」


 リジーは感謝の気持ちを込めて、ふたりを交互に見つめた。


「いやいや、どういたしまして。愛犬と木こりは失ったけど、ドロシーに怪我がなくて何よりだったよ」


 ライオンがおどけたようにそう言うと、肩をすくめる。


 かかしからは穏やかな微笑みと共に長い時間見つめ返され、ドロシーは痛いほど胸が高鳴った。

 


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