33 ハロウィーンの装い
街はハロウィーンフェスティバルに向けて、活気に満ち溢れていた。
あらゆる店のショーウィンドウは、かぼちゃお化けや魔女、コウモリなどのイラストが飾られ、店先にはオレンジ色の大小のかぼちゃが置かれていたり、ランタンが置かれていたり、どの店も賑やかなハロウィーンを演出している。
住宅街でも同じように、個々の家が様々な工夫を凝らし、ハロウィーンの装いをしていた。
リジーは、その装いを見ながら出勤前の散歩を楽しんでいた。
「おはよう! リジーちゃん!」
リジーが散歩のルートでよく出会う、ある家の年配の女性が今日も庭にいた。
最初は会釈をする程度だったが、何度も会ううちに挨拶を交わすようになり、最近では垣根越しに立ち話をするまでになっていた。
「おはようございます。ウエンディさん!」
ウエンディの家の庭の芝生には、白いかわいいお化けや魔女、黒猫を描いた小さい立札が差してあった。
「かわいいイラストですね。お孫さんが描いたんですか?」
「そうなのよ。毎日描いてるから、毎日増えちゃって」
「ふふ、ハロウィーンがよっぽど楽しみなんですね」
「そうだ、待ってて、リジーちゃん。ちょうどパンプキンパイを焼いたの。味見してちょうだい!」
ウエンディは家の中に入ると、少しして皿にのせたパイを持って出て来た。
「わあ!!」
パイの表面の焼き目がつやつやしている。リジーは目を奪われた。
「朝からパイなんて、食べられるかしら?」
「全然平気です。おいしそう!」
庭先で、リジーはパンプキンパイを頬張った。
「パイがさくさくで、パンプキンのつぶの食感も良くて、ほどよい甘さですね。最高に美味しいです!」
「よかった~。当日に作ろうと思ってたんだけど、ちょっと練習に作ってみたのよ。美味しいなら良かったわ」
「お孫さんも喜ばれると思います!」
「そうなら嬉しいわ。味見してくれてありがとうね、リジーちゃん」
「はい!」
リジーは朝から美味しいパイを食べて満足し、にこにこ顔で<フォレスト>に出勤した。
「おはようございます! カイルさん!」
今日は、カイルの方が早かった。カイルはリジーの顔を見ると、ため息を吐き出す。
「おはよう……。おまえ、鏡を見た方がいいぞ」
「え?」
「近所で餌付けでもされたのか?」
「はっ!?」
(さっきのパンプキンパイ? 口の周りについてるとか!?)
リジーは思わず手で口元を隠したが、手のひらが口に触れた瞬間、いらぬことを思い出し、息を詰まらせ、目を白黒させ咳き込んだ。
「ゲホ、ゲホっ」
「な、なにひとり芝居やってんだ、馬鹿か!?」
「馬鹿です……」
リジーは涙声になった。
「自分で言うな……ってか、同じセリフを何度も言わせるな」
カイルは再び大きなため息を吐いた。
リジーは店のハロウィーンの飾りつけをしていた。用意したイラストを大きなショーウィンドウに貼り始める。高い場所にも貼ろうと、かぼちゃお化けのイラストの紙を手に、用意していた脚立に上がろうとした。
「待て!!」と、慌てたような鋭い声がかかる。
カイルが不機嫌そうな怖い顔で近づいて来た。
「俺がやる」
「え? カイルさんが? 私、できますけど」
「いいからおまえは脚立に上がるな」
「?」
リジーはわけがわからなかった。
「おまえが間違いなく脚立から落ちるからだ」
「なんでですか? どうして断言するんです? 私だってできますよ! 高校のパーティとかでも飾りつけは何度もやってるんですから!?」
「脚立に上がって、高いところも飾り付けたのか?」
「いえ、私は低い所の担当でした」
「そんなことだろうと思った。落ちると断言する理由を教えてやろう。脚立のストッパーをしていない。しかも、開きが甘い!」
「え? ストッパー?」
リジーはキョトンとしている。
「まったく……脚立の仕組みも知らないのか。まあ、ストッパーをしてるしていないに関わらず、おまえは脚立にあがるな。使用禁止だ。こっちがハラハラする」
「! ……はい」
(こんな簡単なこともできなくて、カイルさんをハラハラさせるなんて)
「そのイラストを寄越せ」
カイルは脚立の横のストッパーをかけると、段をあがり、リジーの方へ手を伸ばした。
「おまえはどこにどのイラストを貼るか、下から言え」
「はい」
その後、すべての高い所の飾りつけ作業はカイルが行った。
リジーがランチバッグを持って休憩室に行くと、スーザンがテーブルに伏していた。
「スーザン、大丈夫? 今日は目の下にくまがあるよ。もしかして睡眠不足? 衣装作り大変なんだよね。あまり進んでないの?」
「まあね。でも大丈夫。好きなことしてるから楽しいし。絶対間に合わせるから」
「うん。でも、無理しないでね」
「リジーの衣装は力を入れてるから、出来上がったら褒めてね~」
スーザンの含み笑いの理由をリジーはまだ知らない。
「うん、もちろん。楽しみにしてるね!」
「楽しみにしてて……」
スーザンはそれだけ言うと、またテーブルにパタンと伏した。
(本当に、身体、大丈夫かなあ)
♢♢♢♢♢♢
ハロウィーンフェスティバルの当日は店を閉めるらしい<スカラムーシュ>でさえ、通りに面したウィンドウにはかぼちゃのランタンが飾られていた。
「ジョン、ただいま」
「おかえり。リジー」
「ウィンドウのランタン、かわいいね」
「あると意外と売れるんだよ」
ジョンは、プラスチック製のそれをひとつ持ってくると、リジーの方へ差し出した。
「あげるよ」
「え?」
(そんな欲しそうな顔したかな)
「ドアの外にでもかけておいたら? いつの間にかお菓子が貯まってるかも」
「子供じゃないんですけど」
少しむくれながらもランタンを受け取った。せっかくジョンがくれると言うなら。
「ありがとう。部屋に飾るね」
「ああ」
穏やかないつもの微笑み。
(でも、物足りない。もっと何か欲しい。なんだかせつない)
リジーは部屋に戻ると、かぼちゃお化けのランタンを、部屋の外側のドアノブにかけた。
(どうせ子供ですよ~!)
もちろんメッセージも付ける。
<トリック・オア・トリート!>




