32 衣装デザイン打合せ!
定休日の<スカラムーシュ>で、パレードの衣装の打合せをすることになり、店にはサムとスーザンが来ていた。
スーザンは見た目の良いふたりの男を前に、明らかに上機嫌だった。
ジョンがコーヒーを運んできた。サムはにこやかに大人しくしている。
「ええと、こちらは私が仕事先で一番お世話になっているスーザンよ。今回のパレードの衣装はスーザンが担当してくれることになったの。スーザン、こちらのふたりがサムとジョンです」
リジーは、スーザンにサムとジョンを紹介した。
「初めまして、スーザン・ハントよ」
「よろしくスーザン。サミュエルだけど、サムって呼んで」
「よろしく。ジョンです」
サムとジョンもそれぞれ挨拶して、握手をする。
「まずは、仮装パレードに参加していただけるそうで、感謝しますわ。人員不足の店なので助かりました。街の商工組合に所属している以上、パレードに参加するのは義務なのよね」
ふたりとも大きく頷く。
リジーは、テーブルにクッキーを出した。
「昨日クッキーを作っておいたの。食べてね」
粉砂糖のまぶしてあるクッキーを見ると、ジョンは目を細めた。
「お、うまそう!」
サムはすぐに手を伸ばす。
「うまい! スーザンもジョンも食べなよ。うまいぞこれ! リジー、すごいじゃん」
「ほんとね、くるみの食感が良いし、手が止まらなくなりそう」
「良かったあ」
リジーはちらりとジョンを見た。
ジョンが嬉しそうにクッキーを口に入れたのを見届けると、リジーはそれだけで胸が一杯になった。スーザンが目の端でそんなふたりの様子を垣間見て、静かに微笑んでいたことには気が付かない。
しばし4人は、雑談をしながらクッキーとコーヒーで午後のお茶を楽しんだ。
コーヒーを飲み干すと、おもむろにスーザンがバッグからメジャーを取り出した。
(出た、メジャー! スーザン、このふたりも……?)
リジーは自分が剥かれた先日の状況を思い出し、あたふたした。
「リジー、メモをお願いね」
スーザンは平然としている。
「は、はい!」
スーザンは、シャッとメジャーを引っ張った。手つきが何かを連想させる。
鞭? っぽい……。3人が同時に目を見合わせた。
さすがに服は脱がされなかったが、男ふたりは細かく採寸された。
「ふたりとも理想的な身体ね」
スーザンは終始ご機嫌な笑みを浮かべていた。
(なんだ~、私も脱がさなくて良かったんじゃない?)
リジーはスーザンを恨めしそうに見た。
「ざっと衣装のイメージは描いてきたの。2パターン考えたのよね」
スーザンから見せられたスケッチに3人はまた同時にギョッとなり、顔を見合わせた。
「す、すごいね。これ?」
さすがのサムも驚いている。
「普通の<オズの魔法使い>じゃつまらないでしょ」
スーザンは得意げな顔をした。
「スーザン、これって、あのすごい白塗りの怖い化粧をしたロックバンドっぽくない?」
リジーは焦りを隠せない。手が汗ばんでくる。
スケッチには、ハードロックバンドばりの黒い衣装3体分が並んで描いてある。かろうじて、ドロシーらしい水色のチェックを一部使用していたり、かかしらしい藁がはみ出していたり、ライオンらしい茶色のファーが巻かれていたりはするが。
「スーザン、きみのデザインセンスの斬新さには脱帽だよ」
サムがうまくまとめてくれそうだ、とリジーとジョンは期待の眼差しを向ける。
「いいじゃないか!!」
サムの予想外の返答にリジーとジョンはえっ!? と顔色を変えた。
「いいねえ~。特にドロシーはセクシーだね」
「む、無理だよ!! 私には……こんなに胸元開いて超ミニスカートなんて!」
リジーは青ざめて泣きそうになった。
ジョンも明らかに険しい表情で、スーザンではなくニタニタしているサムの方を睨んでいる。
「あら、リジーは小柄なだけで実は胸もあるし意外とスタイル良いんだから、アピールしなきゃ」
「何にアピールするのよ~せめてもう少し露出を抑えて。お願い」
(しかも、ふたりの前でさりげなく体型の話とかやめて、恥ずかしい~)
リジーは今度は赤くなって懇願した。
「そう? ではこちらのデザインはどうかしら?」
2枚目のスケッチは、古典映画に登場しそうな黒ずくめの貴族を連想させるデザインだった。
「こっちのデザインも秀逸だね」
サムが感心して褒める。
やはり黒を基調としたデザインには変わりない。スーザンの好みなのだろう。
ドロシーの衣装は、胸元の水色のチェック以外は黒で、これでもかというほどフリルやレース、リボンが使われているが、露出はほとんどない。かかしとライオンは黒のスーツにタイにベスト、山高帽、そこに藁や毛が付いている。退廃的な感じが多少ハロウィーンをイメージしないでもない。
お願いした以上、今さらスタンダードなのどかな<オズの魔法使い>にしてほしいとも言いにくい。
リジーは諦めた。
「俺はこっちのセクシーなドロシーの方が……ゲホっ……」
とうとうジョンの鉄槌がサムに下された。
「こっちで」
リジーとジョンは、2案めを指さす。
「OK!」スーザンが即答する。
「私、できることはお手伝いするね」
リジーは露出が無い衣装になったのでひとまず安心した。
「じゃあ、リジーには、出来上がった衣装に藁や毛を縫い付けてもらおうかしら」
「わかった」
ハードロック系ではなく退廃貴族風の衣装になったが、サムがスーザンの耳元でこっそり囁く。
「ドロシーをもう少しセクシーに」
「もちろんよ」
サムもスーザンも抜かりない。
◇◇◇
衣装の打合せの後、リジーは自分の部屋にスーザンを誘った。
「今日はありがとうね、スーザン」
「どういたしまして。私も目の保養をさせてもらったから」
「え?」
「リジーが羨ましいよ。本当に良い男たちだね。顔もスタイルも抜群なんて!」
「はは……」
「あのふたりを手玉にとるなんて、リジーは実は何者なの?」
「手玉にとってないし。何者って、言われても……」
(うっかり者で、不運としか……言われたことないけど)
「で、進展は?」
「は?」
「なによ、ぽわっとした顔しちゃって。だめでしょう? ぬるま湯で満足してるの? もっと押さないと。自然にどうにかなるなんて夢見てないで、ジョンを早くものにしないと、誰かにとられちゃうよ?」
「……進展ていうか、手のひらにキスされた」
思い返すと、また頭から湯気が出そうになる。
「手のひら? ま、進展と言えば進展なのかな。それにしてもずいぶんと古風だね。跪いて手にキスとか。でも、されてみたい気もするかな。じゃあ、その路線だとお姫様抱っことかもされた?」
「!!!」
完全に湯気が出た。
「いいなあ……。リジーなら軽々やってもらえそうだよね。私もちゃんとやって貰いたい~! 私の彼は非力だから、もうヨロヨロで、私の踵が床から上がるか上がらないかくらいですぐ降ろされちゃうの」
「……抱っこはしてもらったけど、必要に迫られてというか……。スーザンが思っているような甘い感じじゃなくて」
言っていてしどろもどろになる。
「そのままベッドに運ばれたんじゃないの?」
「ち、ち、違うから!!」
(そのまま病院へ運ばれそうだったなんて……言えない)
「違ったんだ」
「ちょっと、違う感じかな……」
「そう、残念。でも、少しは前進してるんだね? リジーには彼みたいな控えめな人の方がお似合いかもね。その程度で頭から湯気出してるようじゃね」
「!?」
(見えてるの?)
リジーは思わず頭に手をのせる。
スーザンが噴き出した。
「面白い子……。この国でどう育てたらこんな子になるんだろう? こんなリジーだから、あのふたりを自然に相手にできるんだね。ドロシーの衣装、楽しみにしてて」
とスーザンは目を爛々と輝かせた。
◇◇◇
後日、出来上がったドロシーの衣装を見て、絶句するリジーとジョン。
そんなふたりを尻目に、スーザンとサムはしてやったりと満足そうな笑みを浮かべるのだった。




