30 幸せな悪夢
ハロウィーン編スタートします。ですが、ちょっと短めです。
しかもハロウィーンの話は次からです。すみません(汗)
いつも仕事帰りは、<スカラムーシュ>にいるジョンに声をかけてから部屋に戻る習慣になっている。
リジーは、この所それが恥ずかしくてしかたがない。どうにも色々思い出してしまい、ジョンの顔を直視できない。目線が泳いでしまう。
その日もリジーは店の中にお客がいないのを確認してから、入口のドアを開けた。
「ジョン、ただいま」
珍しく返事がない。少し中に入ると、うめき声がする。
「ジョン?」
見ると、来客用のソファに座っているジョンが目を閉じてうなされている。
「どうしたの!?」
リジーはソファに駆け寄った。
(寝てるの? ジョン苦しそう、起こした方が良い?)
リジーは迷いながらも、ジョンの手をとった。
◇
『息子さんですね。ご確認をお願いします。検視も終わりました』
薄暗い部屋に白い布を掛けられた父と母が寝かされている。
『嘘だろう? 母さん! 父さん! 嫌だ!! どうしてこんな事に!?』
またこの悪夢……。
暗い床が底なし沼のように波打つ。
そして、足が沈み始める。
母も父もいない。誰も自分を想ってくれる人などいない。
いつ沈んでも……。自分が消えても、誰も悲しまない。
いや、まだ沈めない! 小さいあの子が幸せになるまでは……。
『ジョン!』
彼女が自分を呼んでいる。
ここで、沈むわけにはいかない。
明るいほうへ手を伸ばすと、手は掴まれた。
彼女は自分の目の前に現れてくれた。
写真や記憶だけじゃない。
触れることのできる、温かい。
自分の足元の沼は消えていた。
眩しい笑顔の彼女は、自分の手を両手で大事そうに包んでくれて、頬ずりを?
柔らかい頬の感触。
やけにリアリティのある……夢?
「ジョン! 起きて!」
「……リジー!?」
ジョンは目が覚めた。
リジーがソファのそばに屈みこんでジョンの手を両手で必死に掴んで、今にも泣きそうな顔をしている。
「助けてくれたのか……?」
(あの底なし沼から……)
「助けた? 起こしたの。酷くうなされてたから。大丈夫?」
「ああ、大丈夫。いつもの悪い夢だ。いつの間にか寝てたんだな」
「どんな夢? 悪い夢は話しちゃった方がいいんだよ」
「そうなの?」
「うん」
リジーが真面目な顔で強く頷く。
「底なし沼に、引きずり込まれる夢」
「え~!? それは悪い夢だね。怖い……」
ぶるっと身震いしたリジーは、掴んでいたジョンの手をぎゅっと握りしめた。
「でもきみが助けてくれた」
「助ける! 何度だって助けるから、悪い夢を見たら私を思い出して!」
いたって真剣そのもののリジーに、ジョンは微笑む。
「ありがとう。そうするよ」
ジョンはリジーの紅潮している頬に、握られていないもう片方の手で触れてハッとする。
(また自分は……)
リジーは、勇ましかった表情が蕩けている。
(きみを思い出すよ……)
ジョンが見つめると、リジーは握っていたジョンの手を慌てて離した。
(きみがこうして助けてくれるなら、悪い夢を何度見てもかまわない)




