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27 銀狼と野次馬、そして寝ぼける子リス

ジョン視点、そしてジョンの一人称の回想です。


「……ジョン以外の……男の人から手を握られたのがすごく嫌だったの!」


 抑えていた感情を絞り出すかようなリジーの言葉が、ジョンの胸に響いた。まるで自分に好意を寄せてくれているかのような甘い響きだった。リジーが他の男に手を握られたり、触れられたりするのを、考えただけでもムカムカする。

 彼女が嫌がっているなら、耐えがたい怒りすら込み上げる。


(誰にも触れさせたくない)


 ジョンはリジーの華奢な身体を抱き寄せていた。リジーが驚いたのか身動ぎしたのがわかったが、かまわず抱え込む。


(誰にも……。そんな権利は、これからも無いのに)



「ジョン……苦しい、暑い」


 ぼそっと呟かれたのんびりした声に、ジョンは我に返った。


(何をやってるんだ、オレは。リジーと距離を置かなければならないのに、また……)


「ごめん。涙は落ち着いた?」


 ジョンは力を込めていたらしい腕を緩め、リジーをさりげなく離す。


「うん……」


 リジーの涙は乾いたようだった。何か言いたげな視線を寄越されたが、逸らした。

 

「……サムがね、ジョンのことを友人で兄弟子って言ってたよ。シンおじさんのことは師匠だって。サムは明るくていい人だね」

「知ってる」


 ジョンのそっけない受け答えに、リジーの顔に静かな笑みが浮かぶ。


「サムは最初に会ったとき、僕を見てカラスを連れた死神って言ったんだ」

「もしかして、根に持ってるとか?」

「いや、そういう訳では……」


 ジョンは口ごもる。


「聞きたいな、ジョンとサムのその時の話」


(なんで嬉しそうに期待するような眼差しを? そんなに聞きたいのか?)


「じゃあ、店の中に入ろう」


 <スカラムーシュ>を閉め、ドアに閉店のプレートを掛けると、ふたりはいつものテーブルに座った。


 ジョンはコーヒーをふたり分淹れてきて、ゆっくり話を始めた。


「最初の出会いは……」



◆◆◆



 シンドバッドさんとオレは、商店街の会合のあと、店に戻る途中でその騒ぎを聞いた。


『またけんかだぞ!』

『<銀狼のサム>が暴れてる!!』


 最近よく聞く名前だった。暴れるのが好きな奴なのか。

 体格の良い北欧系の男らしい。


『行ってみよう、クロウ!』


 シンドバッドさんは、嬉々として声をかけてくる。


『……』


 シンドバッドさんはとにかく物見高い。

 火事や事件、けんかを見に行くのが大好きだ。でも、一人で行くのは嫌らしく、必ず一緒に連れて行かれる。いくら空手を習っていたとはいえ、とばっちりは受けたくない。火や銃、獣に勝つ自信はない。

 オレを見つけたスペードがバサバサやってきて腕に止まる。


 スペード、なんでおまえまで来るんだ。


 シンドバッドさんはオレの腕に乗ったスペードを眺めると、この上ないくらい満足げな様子で小さく、


『よし!』と言った。何が『よし』なんだ? 頭が痛くなってきた。


 野次馬が集まっている現場に着くと、銀色の髪の<銀狼のサム>らしき人物が、3人のいかつい男たちをすでに倒してしまった後だった。3人は、よろよろと退散していく。


『惜しい、見逃したか』


 同じく野次馬のシンドバッドさん、何言ってるんですか?


『警察が来ますよ。早く帰りましょう、オーナー』


 サムが、ギラギラした眼でこちらを見ている。カラスを連れたオレたちは悪目立ちしていた。

 次の獲物として狙いをつけられたかもしれない。


『なかなか美しい面構えの男だな。<銀狼のサム>とやらは』


 そんな思考を巡らしている余裕無いですよ。


『クロウ、あの荒くれ狼の相手をして倒してやれ。素は良さげだから、更生の余地があるかもしれない』

『はい……?』


 オーナー、正気ですか!? 相手って、倒してやれって、オレがですか?


『お前!! その腕のカラス! 噂の<クロウ>か?』


 サムが美しい顔を上気させながら迫ってきた。


 シンドバッドさん、どうなっても知りませんよ。


『勝負だ、クロウ!』


 オレが少し及び腰だと思ったのか、サムが吐き捨てるように言った。


『見事な黒髪だ。まるでカラスを連れた死神だな』


 死神!?


 頭の中に、恐ろしい闇が渦巻いた。


 自分のせいで両親は死んだ。胸の奥に閉じ込めていたおぞましい記憶が甦る。

 あんなプレゼントなどしなければ、事故にも遭わなかったのに……。


『違う!!』


 我を忘れた。バサバサとスペードの羽が不気味な音をたてる。


 サムの拳が目の前に迫って来た。

 その後は、身体が勝手に動いていて、そして、我を忘れていた。



『ジョン!! そこまで!』


 シンドバッドさんの声に救われた。本当に死神になるところだった。

 気が付くと、サムが目の前に仰向けに倒れていて、拳で最後の一撃を加えようとしていたらしい。

 サムが目を見開いて、鼻先で止まったオレの拳を凝視していた。


『この勝負、きみの勝ちだクロウ』


 駆け付けた警官に、何やらシンドバッドさんが説明を始めた。


 厳重注意だけで済んだ。高い交渉能力、さすがシンドバッドさん。


ーーーあなたの拳は相手を傷つける剣ではない、守るための盾よ。自分の身を守れるように。大切な人を守れるように。精進して、そして強く生きて……


 傷ついた拳を包みこんでくれた母の手の温もり。


『すまなかった。傷つけるつもりはなかった』


 倒れているサムに手を差し出した。


『はあ? 何を言ってやがる。どこにも傷はない。だからめちゃくちゃ悔しい!』


 シンドバッドさんから聞いた話では、無意識でも母の言葉は守ったらしい。

 挑んでくるサムのパンチをすべてかわし続け、サムは疲れて勝手に倒れたそうだ。

 最後の未遂の一撃以外、危険な攻撃はなかった。



 サムはその日以来おとなしくなった。

 元々明るい性格だったのか、何かが削げ落ち別人のようになったサムは、自分よりはるかに好ましい男になっていた。

 シンドバッドさんを慕って、足しげく店にやって来た。


『やあ、クロウ!』


 オレに向かってにこやかに声をかけてくる。

 荒くれ者の<銀狼のサム>はどこへ消えた?


『また来たのか……。今日はオーナーは用事でいない』

『残念だなあ』

『<タコガーデン>の仕事は慣れたのか?』

『あれ、俺のこと心配してくれてんの?』

『おまえの心配じゃない。ろくでもない働きをして、紹介したオーナーの顔に泥を塗ってないか心配なだけだ』

『大丈夫。それだけはしない』


 意外とまともな奴だったんだ。

 シンドバッドさんの人を見る目はなかなかだ。

 そして、人をたらしこむのがうまい。


 オレが初めてシンドバッドさんに会ったとき、シンドバッドさんはオレに口説き文句を並べたてた。


『いいかい、ジョン。きみは見た目も体つきも良い。それに東洋の血が入っていてミステリアスだから、男どもには自信を持ち、女性や特に年配のご婦人には貴族のように丁寧な言葉遣いで優しくうやうやしく接するんだ。子供にも優しくな。接客の基本だよ。紳士的でスマートな立ち振る舞いを空手の技のように体に覚えさせるんだ。きみは、本当に魅力的な逸材だよ……ジョン。私の店<スカラムーシュ>の素晴らしい店長になる』


 うまくたらしこまれ、おだてられ、接客の技を叩きこまれた。


◆◆◆


 興味深そうに話を聞いていたリジーだったが、眠気に勝てなくなったようで船を漕ぎ始め、頭ががくりとなった。


「話してるのにごめんね。ジョンの声が心地よくて、子守歌みたいで……」


(瞼が重そうだ)


「リジー、意識がなくなる前に自分の部屋に行ったほうがいい。それとも子供みたいに僕に抱えられて運ばれたい?」


 びくっとなったリジーは頭を上げた。


(効き目はあったようだ)


 リジーはのそのそと椅子から立ち上がると、眠そうな目でジョンをじっと見た。


「ジョンが辛いときや悲しいときは私がそばにいてあげる。泣きたいときは私の胸で泣いていいよ。胸の骨が痛いかもしれないけど……」


 と、自分の胸の上に手を置く。


(両親が死んだ話をしたからそんなことを? そんなに辛そうな顔をしたんだろうか)


 リジーの目はすぐにまたとろんとしてきた。


(とても魅力的な言葉のはずが……骨って……?)


 リジーの滑稽な一言で、ジョンは自分の闇が少し晴れたように感じた。


「あ、ありがとう、リジー。おやすみ」


 ジョンはつい見てしまったあたりから、視線を外した。


「たくさん話をしてくれてありがとう。おやすみ、ジョン」


 リジーはにこりとすると、意外としっかりした足取りで店を出て行く。

 まだ半分寝ぼけているかもしれない。ジョンはどうにも心配で、リジーが階段を上がり切るまで少し離れてついて行き、部屋へ無事に入って鍵を閉めるのを見届ける。

 リジーは眠くてぼーっとしてるのか、ジョンがついて来ていたことに気づきもしなかった。


(まったく無警戒な)


『私がそばにいてあげる……』


(眠気眼で殺し文句を言わないで欲しい)


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