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20 街路樹の誘惑


 ジョンは<スカラムーシュ>で、オーナーのデイビッドから来た電話を受けていた。


――クロウ、変わりはないかい?

「はい、変わりなくやっています。オーナーもお元気ですか?」

――私はなんとか生きてるよ。帰りたいとずっと思いながら、キャシーとリジーをこの手に抱く日を夢見て頑張っている。

――そうですか。


 自分でも驚くほど、やたらと冷めた声が出た。


 その時、店の前に中型のトラックが停車したのが見えた。

 オーナーが何か仕入れたものを送って寄越したのだろうか。


「オーナー、何か送り……」


 トラックから茶色がかった金髪の見知らぬ男が降りて来た。

 その男が助手席の方に回り、ドアをあけて手を伸ばす。

 助手席に見えたのは頭に包帯を巻いたリジーだった。


(リジー!? 包帯!!)


「!?」

――クロウ? どうしたんだい?


 よく見れば、確かにトラックの横にリジーの勤める<フォレスト>の文字がある。

 男は、トラックから降りようとするリジーの腕を支えた。


――クロ……


 ジョンはデイビッドとの電話がまだ繋がっていたにも関わらず、ガチャンと受話器を無造作に置いた。


(嘘だろう! あれからまだ2週間が過ぎたばかりなのに。今度は何したんだ、リジー!)


 ジョンの落ち着いていた心はまた乱された。


♢♢♢



 血相を変えて外に飛び出てきたジョンに、リジーとカイルはギョッとなった。

 そのまま押し倒されそうな勢いだった。


「リジー! その頭はどうしたんだ!?」


(まずい、ジョンの目が怖い。魔王っぽい……?)


 リジーは咄嗟にカイルから離れ、大袈裟な笑顔を作り、包帯頭を指さしながら取り繕うように説明を始めた。


「えっと……ヒルズの街路樹が枝を広げて私を誘惑したから、ぶつかっちゃっておでこに怪我をしてこうなったの」


 その突拍子もない説明に、ジョンは顔をしかめリジーを無言で見降ろした。


(ジョンが呆れてる。だめだよね、こんな説明じゃ……。ああ、頭が痛い)


「アホか! よそ見して街路樹に激突するやつを初めて見たぞ。B級ドラマかよ!」


 横にいたカイルに、強い口調で突っ込まれる。

 見ると、カイルのカーキ色のシャツの胸のあたりに血の跡が残っている。


(うわ、私の血が付いたままだ。ジョンが心配する)


「!!?……」


 ジョンの両手が伸びてきて、耳から頬にかけて包み込まれ、まっすぐ向かされた。

 食い入るように見つめられ、リジーはたじろいだ。心臓に悪い角度だ。


「リジー、額を木にぶつけて怪我したんだな?」

「うん」


 平気な態度をとりたかったが、目が揺らいでしまう。

 ジョンに心配をかけたくないと思っているのに、心配してくれる姿を見ると心が浮き立つ。


「おい、額のたん瘤がひいて、傷が治るまでは店頭には出さないからな。客が怖がる。とりあえず、明日と明後日は休め。俺が報告しておく。だが、おまえからも店に電話しろよ。みんなが心配する。まったく何度も……」


 カイルの冷ややかな声音に我に返る。


「はい、すみません」


 リジーはカイルの方を向いて、うなだれた。


「しかし、おまえ、何気にすごいな」

「え?」(なにが?)

「こいつが<クロウ>と呼ばれている男か」


 カイルがいつにも増して冷淡な形相になった。

 リジーはその変化に気が付いていない。


「あ、ご紹介が遅れました。彼はこの店の店長のジョンです。母の知り合いなんです。ジョン、こちらは仕事先でお世話になっているカイルさん……」


 ジョンとカイルは無言で視線を交わらせた。

 魔王と鬼の邂逅だった。なぜかふたりの間に不穏な空気が流れる。


「ジョン・ジエルです。いつもリジーがお世話になっています。怪我をした彼女をここまで送り届けていただいて感謝します」


 ジョンは冷静な態度でカイルに挨拶した。


♢♢♢


「なるほど、天然は獰猛なカラスも手なずけるか」


 カイルの呟きに、ジョンの目つきが鋭いものに変わった。

 

 頭に包帯と?マークをつけた天然の子リス。

 その後ろから自分を鋭い眼光で凝視する漆黒のカラス。

 子リスはこんな物騒な奴に囲われているのか。

 関わりたくない相手だ……カイルは口の端を僅かにあげた。


「今日一日は様子を見ててやれって医者が言ってた。じゃあな、大事にしろよ」

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。カイルさん」


 カイルはふたりを一瞥するとトラックに戻り、エンジンの唸り音を響かせた。


♢♢♢



 ジョンはリジーの腕を支えながら、階段を一緒に上がって部屋の前まで来た。


「きみが……ぶつかったのが車とかじゃなくてよかったよ」


(オレがそばにいてもいなくても彼女は怪我をする。それなら……)


 包帯が痛々しい。リジーを支える手に力が入る。


「カイルさんと一緒にヒルズのお客様の家へ配達に行ったの。配達が終わった後、通り沿いの見事な豪邸や庭をよく見たいと思って、そっちに気を取られて……」


 夢心地でよそ見をしながらふわふわ歩く姿が目に浮かぶ。

 そして、枝を広げた街路樹に迎えられたわけか。誘惑したのはヒルズの豪邸の方か。


「おでこに衝撃があって、痛くて、額が切れて血が出たから怖かったけど、カイルさんが親切にしてくれて、病院にまで連れて行ってくれたの。それが、偶然コリンズ先生の所で……先生にまたきみかって言われて……恥ずかしかった!」

「コリンズ先生の所? なら安心だ」


(あの男にずっと介抱されながら病院へ行って、ここまで送られてきたのか)


 ジョンは、自分の胸の中に正体不明の想いが渦巻いているのを感じた。


「ごめんね、またジョンの心臓止めちゃった?」

「そうだな。これじゃ心臓がいくつあっても足りない。でも僕は、きみが大丈夫ならすぐ復活する。でもきみの怪我はすぐには治らない。……だから十分気をつけて」

「うん」


 ジョンはリジーの包帯の頭を見つめながら手を出しかけたが、拳を握って下げた。

 カイルのシャツの胸の所に血がついていたのを思い出し、心がざわついた。


「あのカイルという男はきみの上司なの?」

「カイルさんは配達とか在庫管理のほうだから、直接の上司ではないかな。いつもあんな感じで見た目も喋り方も怖いけど、仕事は真面目にきちんとする人だよ」

「そうか」


 リジーが特にカイルを気にする感じもなく話す姿に、安心していいはずが、自分の心はなぜかまだ落ち着かない。

 いつの間にか自分の腕から離れていたリジーが、鞄から鍵を取り出した。


「じゃあね、ジョン。ここまでついて来てくれてありがとう」

「店が終わったら、様子を見に来る。大人しくしてるんだ」

「またそのセリフだね。わかった、大人しくしてる。ありがとう」


 リジーは額が痛むのか、笑った顔はぎこちなかった。



♢♢♢♢♢♢


 カイルは、<フォレスト>にひとりで戻った。


「お疲れ様。あら、ひとり? リジーは?」


 出迎えたマリサが訝し気な顔をする。


「あいつは怪我をしたから、病院へ連れて行って、自宅に置いて来た。2~3日は仕事は無理だ。休ませてやれ。あとであいつからも連絡があるだろう」

「怪我!? 何したのよ、あなたがついていながら!」

「あいつが勝手によそ見して、ヒルズの街路樹にぶつかって額を切って、ついでにまた瘤を作りやがったんだ」

「え~っ! 今度はおでこ? で、大丈夫だったの?」

「ああ、問題ない。あいつ階段のときも同じ医者にかかってたらしい。医者が呆れた顔をしてた」

「そりゃそうよね。まただものね。大丈夫ならいいんだけど、本当に不注意な子だこと」


 マリサがひとつ小さいため息を吐く。


「それよりも、知ってたのか? あいつ、クロウの店の2階に住んでる。しかも奴に相当気に入られてるぞ。あいつが包帯してるのを見て血相変えてたからな」

「え? まさか、クロウが血相変えてたって……信じられない。恋人同士なの?」

「いや、そういう雰囲気ではなかったけどな。あいつが母親の知り合いとかなんとか言ってたな。でも、明らかにクロウはあいつをかなり気にかけてる様子だった」


 カイルが苦い表情をしていることにマリサは気が付いた。


「ふ~ん。あなたもかなりリジーを気にかけてるわよね」

「な、なに馬鹿なこと」


 慌てた弟を見るのは微笑ましかった。


「店のみんなにもバレバレよ」

「……あのうっかり者の面倒を見るやつがいないなら、見てやっても良いかと思っただけだ。あの男がそばにいるなら、俺は遠慮する」

「残念ね。戦わずしてもう降参?」

「俺に少しでも勝ち目があると思うのか?」

「ないかも」

「だろ? 相手が悪すぎる。……おまえの方はもういいのか?」

「もうだいぶ前の話じゃない。クロウは年下だったし。それよりあなた、リジーが来てからずいぶんと喋るようになったわよね。無口で口の悪い弟くん?」

「黙れ」

「何の因果か姉弟揃って撃沈か……。クロウ……私には少しも靡いてくれなかったのに。まあ、確かに私が男でもリジーの方を選ぶわね。でも、ちょっと悔しいかも。仕事終わったら、飲んで行かない?」

「アホか、なんで好き好んで姉弟で飲まなきゃならねェんだよ!」

「はいはい、じゃあひとり寂しく<サーカス>で飲んでくわ」

「……付き合うのは一杯だけだぞ」


 ぼそっと言ってくるカイルに、マリサは笑みを浮かべた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] リジーが、可愛らしくて、応援してます。ジョンとも、微笑ましいです。 ジョンに加えて、カイルも、リジーに心動かされてるようすが、こら、二人とも、リジーを大切にするんだぞ、って思います。ん?、…
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