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2 買い物は楽しい!


 その後、すぐに店に客が来たので、リジーは入れ替わりに外に出た。

 トランクを持ち上げながらゆっくり階段を上がる。2階の左側の部屋と聞いた。

 どんな部屋だろうかと、期待に胸を膨らませながら鍵を開けた。

 

 ドアを開けてすぐの所に届いていた荷物の箱が積み重なっていた。

 家具類は部屋に備え付けのものが多かった。

 丸い木製のテーブルにシンプルな曲木の籐の椅子が2脚、ひとり用のふかふかのソファまで置いてある。小さめのサイドボードには、テレビがあった。

 横には対面のキッチンがありペパーミントグリーンの扉の流し台がかわいい。

 奥の壁際には衝立ついたてがあって、ベッドが置いてあるのが見えた。

 壁はシンプルな白い塗り壁で、窓枠とカーテンはペパーミントグリーンで統一されていた。


「素敵なお部屋! デイビッドおじさん、ありがとう!」


 リジーは嬉しくなって、自然に声をはり上げていた。


(会ってからのお楽しみと聞いていたジョンさんも、優しそうな人で良かった。もっと年上の人かと思っていたけど。……若そうなのに、おじさんからお店をひとりで任されてるってすごい)

 

 リジーは色々浮かれていて足元の荷物につまずいた。

 転びはしなかったが、ガタンと意外に大きな音が響く。


 「うわっと、危ない、危ない。下のお店に聞こえちゃう」


(気を付けなくちゃ。ひとりなんだから、しっかりしないと。ひとりだと独り言って多くなるのかな)



 

 リジーは一通り部屋の掃除をして、箱から出した洋服や小物類を次々とクローゼットや収納に片付けた。

 ようやく落ち着いたので、リジーはジョンから教えてもらったショッピングセンターに行ってみることにした。

 

 リジーは既に母親からの忠告は忘れ、キョロキョロしながら所々商店が並ぶ道りを歩いて行く。

 通りには昔からありそうな小さな古い店と新しそうな店が混在していた。

 行きついたショッピングセンターは、通って来た小さな店とは違って大きな建物だった。

 かなり広い駐車場も備えてある。車が一杯だ。

 食料品、日用品のマーケットを中心に、医薬品店、本屋、雑貨店、衣料品店、ピザ屋などがあり、本当に何でも揃いそうだ。


(おもしろそう! 楽しそう! 目移りしそう!)

 

 リジーは初めての大きなショッピングセンターに時間も忘れて見て回り、最後にマーケットで食品類を買った。

 大きな紙袋を抱えてマーケットを出ると、外は真っ暗になっていた。

 

(帰り道は、確かこっちだよね……)

 

 知らない街でのひとりという事実に、急に寂しくなり途方に暮れた。


「リジー!」

 

 この街で最初に知り合いになった人の、穏やかな透る声が背後から聞こえた。


「ジョン……さん……」

 

 名前を呼ばれて、こんなに嬉しく思ったのはいつだったろう。

 見知ったジョンの姿に、リジーは安堵した。

 迂闊にも少し目が潤んでしまった。


「ジョンでいいよ。こんな時間までずっとここにいたの?」

 

 ジョンの腕が伸びてきて、リジーの大きな紙袋がサッと持ち上げられた。


「あっ……」

「かわりに僕のを持ってくれる?」


 受け取った紙袋は軽かった。


「最初は色々必要だよね」

「す、すみません! 自分で持ちます]


 リジーは慌てた。


「いいから……」


 ひとりで来た通りを、ふたりで戻る。

 さっきは心細くなって泣きそうだったが、もう落ち着いた。


「仕事は?」


 不意にジョンから尋ねられ、リジーはシャキッとした。


「イーストサイドにある絵画とインテリアのお店の店員です」

「イーストサイド? そう、じゃあ駅からバスで?」

「はい。まだ車が無いんで」

「この街は治安が良い地区と悪い地区がある。ウエストサイドのG地区には絶対に行かないように。あと、夜は念のため必ず人の多い表の広い道を通ることを忘れないで」

「はい」

 

 田舎者の自分を心配してくれている。


(ジョンさんて、本当に親切な人だ)

 

 リジーはジョンの整った横顔をじっと見てしまっていた。

 それに気が付いたように、ジョンが薄く笑った。


「僕は、父が日本人なんだ。前はこの黒髪が嫌いだった。脱色したり別な色に染めたりしたこともある。でも後が大変なんでやめた。根元からまたおぞましい黒が出てくるんだ。きみの栗色の髪はきれいだね」

「……」


 突然自分の髪を褒められたリジーは言葉が出なかった。


「あ、ありがとうございます」

 

 ようやくお礼を言えたが、頬が熱を持ったのがわかった。

 平然としていられない自分が恥ずかしい。

 それに、ジョンの髪を見ていたわけではなかったのに誤解されてしまったかもしれない。


「まあ、この髪のおかげで良いこともあったから、嫌うのをやめた」

 

 

 ジョンが通りにある店の説明をしてくれる。

 活気のありそうなタコスの店や落ち着いた雰囲気のカフェもあった。

 タコスの店は説明も無しで心なしか足早に通り過ぎた感じだったが、リジーは特に気にも留めなかった。


「よう! クロウ! 今日はベーコン買っていかないのか?」

 

 急に横の店の中から声が聞こえた。精肉店のようだ。


(え? クロウ? カラス?)


「まだ残ってますから、今日はいいです。明後日あたり買いに来ますよ」


 ジョンが普通に返事をしている。


「お、そうかい、待ってるよ!」


 精肉店の店員の男性が大きな手を上げた。


(まさか、<クロウ>ってジョンのこと?)


 リジーは隣にいるジョンを見上げた。

 

「この店のベーコンが気に入ってるんだ」


 ジョンが目をそらしながら、明らかに気まずそうな顔をリジーのいない方へ向けた。

 

 少し進むとまたしても声が掛かった。


「あら! クロウさん、スペードちゃんはもう姿見せないの?」


(スペードちゃん? 誰?)

 

 今度はパン屋の前だ。店じまいのようで、扉には閉店の札が見えた。


「はい、そうですね」


 ジョンはまた普通に返事をしている。


「パンの耳をかじってた姿が懐かしいわねえ」


 パン屋の店員らしきエプロン姿の中年女性がにこにこしている。


「リジー、この店のハワイアンブレッドは最高においしいんだ」


 ジョンがまたなんとも言えない焦った表情を浮かべた。

 喋っているセリフとまるで合っていない。


「今度、食べてみますね」


 リジーは無難に食べてみます宣言をした。


「まだ少し残ってるわよ!」

「じゃあ、閉店なのにすみませんが、2個下さい。クリスティさん」


 ジョンはそう言って、財布を出した。


「はいはい、待ってね」


 クリスティはジョンから紙幣を受け取ると店の中に入り、すぐにまた表に出てきた。丸くふわりと膨らんだ大きいパンが3個入ったビニール袋を持っている。


「クロウさんの妹さん? じゃないわよね。残ってたから、1個おまけよ」


 クリスティはリジーの方にパンを渡した。


「わあ、ありがとうございます! 嬉しいです!」


 リジーはつい声をあげてしまったが、それからハッとして押し黙る。

 

(買ったのはジョンだった)


 リジーはふう、と息を吐き、ちらりとジョンを見上げた。


(妹か……だよね)


 ジョンが真面目な表情で説明を始めている。


「彼女はうちの店の2階に今日越して来た、オーナーの従姉の娘さんです」

「リジーです。はじめまして」

「あら、そうなの。私はクリスティよ。リジー、よろしくね。また来てちょうだいね」

「はい!」

 

 パンからはほのかに甘い香りがした。急激にお腹がすいてきた。

 

 どうやらジョンがこの辺りではなぜか<クロウ>と呼ばれているのはわかったが、何も本人からは説明されない。触れられたくない微妙な空気を感じたので、理由はまだ聞かないでおいた。

 アパートメントの前に着くと、ジョンは迷いもなく階段を上がっていく。リジーはある疑問が頭によぎったが、ジョンに続いて階段を上がった。


「僕の部屋はこっちだ。3階がオーナーの住まいになっている」

「え?」


 キョトンとするリジーに、ジョンは廊下を挟んで向かいの部屋を指差した。


「そうだったんですか。送っていただいたのかと思って……荷物、ありがとうございました」

「さっきも言ったけど、僕に丁寧な言葉遣いはしなくていいんだよ。普通に喋って」

「はい……」

 

 紙袋の交換をすると、ジョンはクリスティから買ったパンをリジーの袋に入れた。


「あ、全部? そんな!?」

「実はうちにまだあるから、これはごちそうするよ。おいしいから食べてみて。美味しさの秘密はパンの生地に、ある物が入っているからなんだ。食べたら何かあててみて」

「はい、じゃあ、ごちそうになります。嬉しい、楽しみです!」

「今日は疲れただろう。ゆっくり休んで。何か困ったことがあれば声かけて。じゃあまた」

 

 また、と優しい笑顔でそう言われ、安心する。


「はい。本当に今日はありがとうございました」

 

 ジョンの広い背中を見送ってから、リジーは部屋のドアを開けた。


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