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18 外泊と忠告


♢♢♢♢♢♢


 ジョンは自分のせいでリジーが階段で転倒したのではないかと、思いつめていた。


(リジーが階段で足を踏み外したとき、心臓が止まるかと思った。よく考えれば、あの時なにも急いで声を掛ける必要はなかった。クッションはあとで届けてもよかったのに)

 

 自分は両親だけではなく、リジーまでも冥界へと導く死神なのか?

 そう思うとジョンは息が苦しくなった。

 もしそうなら、彼女のそばにいられなくなるのを恐れる自分を越えなければならない。

 彼女の幸せのために。


♢♢♢♢♢♢



 階段から落ちて3日め、リジーは多少鈍い痛みが残る頭で<フォレスト>に出勤した。

 みんなに気を遣われ、大した仕事も任されずに過ごした。


 リジーは勤務時間が終わると、スーザンから一緒に夕食を食べないかと半ば強引に誘われた。

 結局断り切れずに、その日は彼女の部屋で温めるだけのポテトとベーコンのグラタンをふたりで食べていた。


「それにしても階段から落ちるなんて、不注意だよね」

「はは……。ほんと、自分でも情けなくて」


 リジーは朝から何度も言われた、もっともな指摘にまた肩を落とした。


「リジーのことだから、何か別の事考えてて足元がおろそかになったんでしょ?」

「はい、その通りです」

「まったく、気を付けるんだよ。ところで、まだ本調子じゃないのに誘って悪かったけど、話を聞きたくてうずうずしてたんだ。カイルがリジーの回りを頻繁にうろうろするから、店じゃゆっくり聞けなかったし」

「はあ……」


 カイルには電話では怒鳴られて、今日はなんでもう来たと言われ、冷たい態度をとられた。それから何かにつけて絡まれた。そのことをスーザンは言ってるのかとリジーは思った。


「カイルがあんなに店で動くのを初めて見た」

「え?」


(カイルさんが?)


「で、あの見た目の良い人たちは誰なの? マリサからはあなたがお世話になってる人だって聞いたけど、別の話も聞きたくて部屋に来てもらったの」

「!?」


(そういうこと?)


「もう、気になって仕方がなかったんだよね。ボーイフレンドもいないと言ってたリジーが異彩を放つ男ふたりを両脇に、オフィス街を楽しそうに歩いてたから」

「そこまで見てたなら声をかけてくれれば良かったのに」


(楽しそう? 私、獲物扱いじゃなかったでしたっけ?)


「少し遠かったし、私は彼と一緒だったし、あなたたちをすぐに見失ったのよ」


(頭の外も中もなかなか痛い)


「で、どういうお知り合いなの?」


 なぜか問い詰められている。


「えっと、黒髪の人は母の知り合いで、同じアパートメントだからお世話になってて」

「銀色の彼は?」

「黒髪の人のお友達」

「なんだ、ほんとにボーイフレンドじゃないんだ」

「うん、保護者みたいに世話をやいてくれてる感じ」

「いいな~。銀色の彼は好みのタイプだったなあ。私にボーイフレンドがいなければ紹介してもらいたいくらい。ふたりともガールフレンドはいるの?」

「さあ? そういう話はしてなかったというか……私が知らないだけで、いるかもしれない」


(ふたりからは、私はボーイフレンドなんて明らかにいないと思われてるだろうし、実際いないけど、ふたりはどうなんだろう?)


「なんだ、知らないの。まあ、その程度のお付き合いってことか」

「……」


 リジーはジョンに頬を優しく撫でてもらった感触を思い出した。ジョンが自分の知らない所で、女の子の頬を撫でたり、抱きしめたりしているかもしれないと思った途端、何か急に心が冷えた。


「ん? どちらの男にご執心?」

「な、なんで!?」

「そんな顔したから」

「たぶん私は恋愛対象じゃないよ。優しくしてくれるのは、母に頼まれているからだけだと思う」

「へえ、じゃあ、黒髪の彼の方か」

「え?」(あれ、言ったっけ?)

「彼が好きなの?」

「ま、まだ、そんなにはっきり好きとは……」


(心が全部ジョンに向かないように自分で抑えてるのがわかる)


「そうなんだ。リジー、傷つくのを怖がってたら、恋愛はできないよ。気になるなら、突き進んじゃえば? そうすれば見えてくるんじゃない? それで好きならもっと好きになればいいし、嫌いになられたらそれまでってことで」

「!」


(なんで抑えてるんだろう? よくわからないけど、心のどこかで何かがひっかかってる。ジョンみたいな大人の男性が私みたいな魅力のない子供にあんなに最初から優しくしてくれるなんて、出来過ぎてて夢物語のように感じるから。たまに遠い目をするから。現実じゃないような……。だから、気持ちを抑えてた? 後で現実を突きつけられて夢が壊れて傷つくのが怖くて?)


「傷つくのは誰でも怖いんだよ。でも私は何もしないで後悔するより、しちゃってから後悔する方かな。最終的には諦めがつくし、やるだけやれば、なんだかせいせいした気持ちになる。もちろん最初はすごい落ち込むけどね。でも、最後は時間がなんとかしてくれる。頑張って、リジー。応援してるから」

「うん、ありがとう」

「私は好きな人には正直になることにしてる。自分の気持ちにもね。手を繋ぎたい時は繋ぎたいって言うし、キスして欲しい時はキスしてって言うし、抱いて欲しい時は抱いてって言う」

「!……」


 スーザンの最後の言葉に、身体が熱くなった。

 知識はあるものの、リジーにはまだ未経験の領域だった。


「スーザン、すごい。素敵。尊敬する」

「やだ、リジーったら。結構失敗してるからね、私も……」


 大先輩スーザンの照れる姿は少女のように可愛いらしく見えた。

 リジーの心に、ジョンの事をもっと知りたいという気持ちが膨らんだ。




「はっ……!? 嘘、いま何時?」


 リジーは目を開けて、いつもと違う部屋のインテリアに狼狽えた。

 スーザンと話をしてるうちに、ソファでうたた寝をしていたらしい。

 見るとスーザンは、ローテーブルに伏している。


「やだ、起きて!! スーザン!」

「あれ、リジーがなんでいるの?」

「もう、起きてよ。午前さまだよ! 私が出たら鍵閉めてよ!」


 寝ぼけているスーザンを無理やり立たせる。


 スーザンが部屋の鍵を閉めた音を聞くと、リジーは駆けだした。


(頭に振動が~。でも早く部屋に帰らなくちゃ)


 腕時計を見ると午前4時過ぎだ。家でシャワーくらい浴びてから出勤したい。

 外はまだ暗く、静かな通りにリジーの足音だけが響く。




 この時間なのに<スカラムーシュ>の灯りが見えた。


「え?」


(ジョンがまだ仕事をしているの?)


「ジョン?」


 店のドアを静かに開けて声をかける。


「リジー……。あ、お帰り。きみも遅かったんだね。頭の痛みは大丈夫?」


 店の中から振り向いたジョンは、心なしか顔色が悪い。


「うん、少し痛いけど大丈夫。同僚のスーザンの所に寄って話してたら、うっかりふたりとも寝ちゃって、気が付いたらこの時間だよ。ジョンも仕事? 無理しないでね」

「ああ……」

「じゃあね」


 リジーは<スカラムーシュ>から出て行った。

 その後ろ姿を見送るジョンの顔に、苦渋の色が浮かんだ事には気が付かない。



♢♢♢♢♢♢


 3時間ほど前―


――珍しい、クロウから電話してくるなんて。キャンディが降るかも~。


 ジョンはサムに電話をかけていた。


『リジーがまだ帰って来ない。こんな時間まで帰って来ないのは初めてだから……。おまえ、知らないか?』


 サムのため息が電話口から聞こえた。


――知るわけないよ。なんの電話かと思えば。過保護な兄貴か? リジーは若干幼く見えても19歳だし独立してる。そんなに心配したり、世話をやいたりするのは止めろよ。

『……兄じゃない』

――おいおい。それとも、何、リジーに男として愛されたいの?

『な、まさか! 彼女の幸せを願っているだけで……』

――だったら余計なお世話だろ。おまえが世話をやけばやくほど彼女はおまえを好きになるよ。その気持ちに応える気がないなら、心配でも今のうちに適当に距離をおくべきだ。今のおまえは彼女に近づきすぎだし、世話をやきすぎてる。善意でも好意と誤解されるレベルだ。彼女の幸せを願うおまえが彼女を苦しめることになる。言ってる意味わかるだろ。


 サムの言葉が無情にジョンの心に突き刺さった。


(彼女に愛される? ……そんな資格もないし、許されない)


――忠告しておくよ。リジーが外泊しようが朝帰りしようが、放っておけ。母親に頼まれたとしても、他人なんだから仕方のないことだ。

『すまない、サム。こんな電話をして』

――多少心躍ったけどね。クロウから相談されてさ。

『相談はしていない』

――はいはい。言っておくけど、逆もあるからね。あれこれ世話をやいているうちに、好きになるパターン。だから距離を置くのは自分のためでもあるってこと。

『……』


 頭に何かが載ったように重苦しくなった。


――そうだ、誕生日プレゼントをあげるのは、やめといたほうが無難かも。物は残るからな。


 電話は切られた。ジョンは目の前にあった長方形の小箱を机の引き出しの奥に追いやった。

 

 わかっているつもりだった。

 でも、その日は自分の不用意な声掛けのせいで怪我を負ったかもしれないリジーが、無事に帰って来る姿を見届けないことには安心できなかったのだ。


♢♢♢♢♢♢


 リジーの何事もなかったかのような、軽やかな足音を聞いた時、どんなに安堵したことか。

 彼女に平然とした態度を取ることに、これほど労を要するとは。

 

 サムの忠告は、怖いほど的を射ていた。



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