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16 誕生日のレストラン~後編~


 食事中、もっぱら喋っていたのはサムだったが、突然リジーに話をふってきた。


「リジーは高校の卒業パーティはボーイフレンドと行ったの?」

「「げほっ……」」


 リジーとジョンがほぼ同時にむせた。


「おいおい、なに? その同じ反応は」


 サムがふたりをからかうような目つきをする。

 リジーがジョンの方を見ると、目を逸らされた。


「卒業パーティにはクラスメイトと行って、美味しいものを食べて、話して、少し踊って帰って来ただけ」


 リジーは淡々と答えたつもりだが、声がうわずってしまった。


「え? クラスメイトって男? クラスメイトがパートナーってありなのか?」

「サム、詮索は止めろ」


 ジョンは不機嫌な声だ。


「つまんないなあ。リジーはどんなドレス着たの?」

「私は薄いエメラルド色のワンピース。私にドレスは似合わないんだもの」

「そうかなあ、可愛いと思うけどね」


 さすがに、自分の身長と貧弱な体型に合うサイズのドレスがなかったとは言いにくい。


「で、クラスメイトのパートナーは……」


 サムが言い終わる前に、


「男です!」「しつこいぞ!」


 リジーとジョンの声が重なる。


「息もぴったりだね?」


 サムがくすくす笑う。

 リジーは頬が熱くなって、どこに視線を向けたら良いやらわからなくなる。


「クロウは卒業パーティは、女の子を誘って参加したの?」


 サムは何食わぬ顔をして、今度はジョンに白羽の矢を向けた。


(ジョンが女の子と!?)


 今度は胸がざわついて、落ち着かなくなった。


「それどころじゃなかったし、興味もなかったから、卒業パーティ自体行ってない」


 ジョンはそう言いながらサムを軽く睨む。

 

(ジョンはパーティに行ってないんだ。あれ、なんでホッとしてるんだろ)


「そうかあ、つまんねえ。俺もだけどね。ひねくれてた頃で、高校は楽しい思い出がなかったから、ふたりが経験してたならどんなだったか聞きたかったんだ……卒業パーティは一般的に結構盛り上がっておもしろいっていう話だし……」


 サムが珍しく寂しそうな顔をしたので、リジーは自分のことを話すことにした。


「サム、おもしろい話じゃないけど。卒業パーティは、お情けでクラスメイトだった男の子が誘ってくれたの。だからその子と一緒に行った。母に何事も経験だから、パーティには行くべきだって言われて、ワンピースも買ってもらったから、それを着て行かないわけにもいかず……」

「へえ。で、リジーはそのクラスメイトくんのこと好きだったの?」

「……彼は明るくて面倒見が良い人で、失敗の多い私はよく助けてもらってた。誰からも慕われてて頼られるような人だった。私は特別好きっていう感情はなかったかな」

「ふーん、それで、パーティは楽しくなかったの?」

「最初は楽しかった。豪華なごちそうを食べて、みんなと話をして、適当に踊って」


 リジーは声のトーンが下がってくるのが自分でもわかった。


「リジー、無理に話さなくてもいい」


 ジョンが眉を寄せたことに気が付いたが、リジーは話を続けた。


「彼から帰りも送ると言われて、一緒に帰ることにしたの。油断した私も悪いんだけど、人けのないところで彼に突然抱きつかれてキスされて、わけわからなくなって思い切り突き飛ばして逃げて……。逃げる途中で転んで、ワンピースの裾が破けて膝も擦りむいて、散々だった。卒業パーティが最後は嫌な記憶になっちゃった」


(そういえば、あれが初めてのキスだった。夢も儚く消えたんだった)


 リジーは頭を抱えて、ため息を吐いた。


「ごめん、リジー、聞いて悪かったよ。でも、クラスメイトくんは本当はリジーが好きだったんじゃないの? だから抱きしめてキスしたとか……」

「ち、違うよ。だって、ウィルはモテてたし、好きな女の子は別な男とパーティに行くからって」

「でも実際パートナーにリジーを誘ったんだろ?」

「私が誰からも誘われなくてかわいそうだからって、そう言われたんだよ。好きな子の代わりだよ!」

「どうかな? クロウ?」 


「オレに聞くな。そういうのはわからない。本人じゃなきゃ……」


「まあな……。で、そのクラスメイトのウィルくんとはそれっきり?」

「うん、会いたくなかったし。すぐにこっちに来ちゃったから。なかなか悲惨な話でしょ。卒業パーティなんて、みんなが楽しい思い出を作るわけじゃない。経験しなくたってどうってことないよ。だから、サムも元気出して」

「まあ、悲惨かどうかは別として……だから、俺に元気出してって……自分の辛い話をして、俺を慰めてくれたの? リジーはいい子だなあ。ハグしたくなる」


 サムが大袈裟にリジーの方へ腕を広げて伸ばす仕草をすると、


「……」


 ジョンが無言でサムの頭上に拳を落とす。


「痛ぇ~! 今の本気の一歩手前だよなぁ」

「かなり手加減した」

「絶対、嘘だ~」


 ふたりのやりとりはじゃれあってるようにしか見えない。なんだか微笑ましい感じすらする。

 リジーは沈んでいた心が少しふわりとした。


(サムがひねくれてたなんて想像もつかない。見た目はすごく良いし、こんなに明るくて朗らかで楽しい人なのに)



「そうそう、それから相談があるんだけどさ。ジョン、クリスマス休暇に俺の実家に泊まりに来てくれないか? ちょっと早いけど、予定を入れておいてもらおうと思って」

「おまえの実家?」

「そう! クリスマスパーティに一緒に参加して欲しいんだ。そうだ、リジーもおいでよ!」

「え? 私も?」

「ああ。ふたりで、来てくれよ。うちはノーザンクロスにあるんだ。俺、しばらく実家に帰ってなくて、今年はいつにも増して帰って来いってうるさいんだ。それにお世話になってる友達も招待しろとか言われて……。俺には友達がいないんじゃないかと心配されてる。まあ、確かにジョン以外に友達はいないけどさ」


 人あたりの良いサムが、ジョンの他に友達がいないというのも意外だった。


「頼むよ、ジョン。なんとか都合つかないか?」

「いいよ」

「ありがとう! 助かるよ。車、よろしく」

「なんだ、そっちか」

「いや、ジョンを誘いたいんだよ。でも、金欠になりそうで、鉄道は使えないんで」

「まったく……行きだけだぞ」

「そのかわり、歓迎するよ。うちの実家、口うるさいけど人柄は悪くない」

「そうか。それなのに……、おまえはどうしてそんななんだ?」

「いや~なぜかなあ。って、そんなって、酷くね。リジーはどう?」


「誘ってくれて嬉しいけど、母に聞いてみてからお返事するね」

「OK。時間あるし、ゆっくり決めて」

「うん」


(ノーザンクロスだったら、うちと同じ方面だし、ジョンも行くなら行きたいかも)


 クリスマスは母と祖母と過ごすため家に戻るつもりでいたが、他人の家のクリスマスパーティに招待されるのは初めてなので、リジーは心惹かれていた。




 少しすると、ウエイトレスが小皿を運んで来て、にこやかにそれをリジーの前に置いた。


「お誕生日のお客様に、チェリーパイのサービスです」

「わあ、嬉しい! ありがとう!」


 リジーは目の前に置かれたパイに釘付けになった。

 パイを運んできたウエイトレスが、サムにウインクしながらその場から離れた。

 サムはとぼけて受け流す。


「おいしそう! ダークチェリーのパイだ……」


 リジーの意識のすべてはチェリーパイに注がれたようだ。


「良かったな。すげえ、うまそうだ」とサムが言うと、

「味見する?」


 リジーがフォークでパイを一口大に切ると、刺して、サムの口元に向けた。


「はい、どうぞ」


 リジーが極上の笑みを向けてきたので、サムは焦った。

 左にいる魔王から、なにやらただならぬ空気を感じる。

 目の端に恐ろしく不機嫌な顔が見える。


(ここで口を開けたら今度は半殺しにされそうだ)


 サムは、リジーの手からフォークを奪い取ってから自分でパイを口に入れた。


「あ~うまいな、このパイ! すみません! チェリーパイをもう一切れ追加!!」


 サムはウエイトレスに向かって大声で注文をした。

 魔王の顔のこわばりが多少緩んだようだ。


(何で俺が気を遣ってるんだか……。リジーもバカか、食い物に夢中になる前に空気読め!)


 サムは心の中で文句を言いながらも可笑しくて、口元が綻んでくるのがわかった。


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― 新着の感想 ―
ここまで拝読。読み始めてすぐ、作品世界に魅了されました。物語全部が人の心の優しさや切なさ、あたたかさに包みこまれているようで、とても素敵です。ファンタジー以外で外国が舞台のものを読むのは久しぶりですが…
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