15 誕生日のレストラン~前編~
3人はサムの案内で街中の高層ビルの並ぶオフィス街に来た。
古い街並みも変わりつつある。
最近は仕事帰りのビジネスマンを狙った新しい都会的なパブやレストランができていて、夜は静かだったこの近辺も遅い時間まで人の波が絶えなくなった。
一方、街の西側の海に面したエリアは、また違った活気があった。夕方からは出店が並び、虹色のイルミネーションに輝く野外カフェに若者が集まってきて、踊ったり騒いだりと、夜更けまで賑やかだった。
道行く人が、ジョンとサムに心なしか注目しているように見える。
ふたりとも長身で黒髪のジョンとほぼ銀髪のサムの対比が珍しいのか存在感があるのか、何があるのかリジーには見当もつかない。
ただ、小柄で地味な自分がふたりの間に挟まれちょこちょこ歩いているのがちぐはぐだというのはわかる。そのせいかもと少し落ち込む。
でも、逆に優越感もある。両手に頼もしい魔王と悪魔!
(私は? 天使? って柄じゃないから、ただの獲物? とか……)
リジーは、夜の闇の中、近くで見る高層ビルに圧倒された。
下から見上げると、暗い空に向かって伸びていて迫力がある。
立ち止まって暫し呆ける。まるで怪物のようだ。
首が疲れ、頭がくらくらしてくる。
一歩後ろによろけると、背後にいたらしいジョンにぶつかった。
すかさず両腕を軽く掴まれ受け止められた。
「あ、ごめんなさい!」
顔を上げるとジョンと目が合い、急に恥ずかしくなって俯く。
「いや……。気を付けて」
♢
サムはジョンとリジーを観察していた。
(実に興味深いというか……何なんだ? このふたりは?
高層ビルを見上げながらフラフラ歩く娘リジーと、転ばないかヒヤヒヤしてるのか、たまにピクリと手が自然に動く超過保護な親みたいなジョン。
今までのジョンは、一枚仮面を被ったような奴だった。他人と距離を置き、深く関わろうとしない。誰にも関心を示さないような奴で、俺はそんなジョンが気楽で気に入っていた。
まあ、シンドバッドさんの指導もあって、仕事上の客や女性には優しく紳士的だったが。
それにしても、よろけたリジーを受け止め、安堵の表情を浮かべる今のジョンは誰だ?
リジーに対しては別人だ。まるでお姫様を大切に守る騎士のようだ。短期間であっという間にジョンを別人にしたリジーは何者なんだ。
言っちゃ悪いが、今どきのもてるタイプのグラマラスな美女じゃない。まるで真逆の……小柄で華奢で、多少目がくりっとしているが顔はいたって普通。一緒にいて疲れない、寛げる感じ。彼女みたいな子がジョンの好みなのか?)
サムはさらに思考をめぐらす。
(いつだか、あいつの部屋に行って驚いた。生活感の無い、必要最低限の物しかない部屋。冷蔵庫の中にあったのは、その日は水だけ……。
『冷蔵庫にビールの1本もないのかよ! 無駄な物何一つないな。殺風景な部屋だし』
『ひとりだから、いつ死んでも誰にも迷惑をかけないように物は増やさないようにしてる』
『げ、なんて奴だ。いつ死んでもって、年寄りかよ。まさかもう遺言状とか書いてないよな』
『書いてある』
『嘘だろ……』
そんな生きるのにも執着しないような奴だったのに、リジーに見せる甘い態度はなんだ?
最初にリジーに会った後に、散々嫌というほど厳重に注意された。シンドバッドさんの従姉の娘で、彼女の母親にも頼まれているから、絶対に手を出すなと釘を刺された。なのに、自分に何かあったら頼むとか……やたらと真剣な眼差しで言うし。
よくわからんが、まあ今のジョンも嫌いじゃない。むしろ何か人間らしくなって好ましい感じもする。
しかし、男からこれほど素で心配されて世話を焼かれたら、普通の女の子なら恋に落ちるのも時間の問題だ。実際リジーのジョンを見る目つきはすでに怪しい。
ジョンがそういう対象でリジーを見てるのか気になる所だが、明らかに彼女は特別扱いだ。
その気がないなら、ジョンに世話を焼くのはやめたほうがいいと忠告した所で、リジーがこの天然うっかり女子ではおそらく難しい気がする。
目の前で突然やらかされては、ジョンは手を差し伸べるしかないだろう。
この先どうなるかは、結局このふたり次第か……。色々楽しませてもらえそうだ)
♢
「着いた、ここだよ」
サムがふたりを案内したのは、高層ビルとは対照的に平屋の丸いドーム型のレストランだった。
まだクリスマスには早いのに、入口にポインセチアと柊と金色のベルをあしらったリースが飾られている。<クリスマスファンタジー>という名前の店だった。
「うわ、天井高い! え? サンタクロースがいる! トナカイも! 素敵!!」
リジーは店内に入ると、すぐに上を向いて歓声をあげた。
天井に、トナカイの引く橇に乗ったサンタクロースの人形がつりさげられている。群青色のドーム型の空には、星のきらめきのような小さい照明がちりばめられていた。
「それだけじゃないよ」
サムは床を指さした。リジーは下を見て目を輝かせる。ジョンも目を見張る。
床はガラス張りで、中にはのどかな町のミニチュアがあり、街灯や家々の窓から見える灯りはチラチラ瞬いている。作りも精巧で、クリスマスのシーズンをイメージして作られている。コートを着た人々がいて、家の玄関にはリースが飾られ、庭の木々には丸い色とりどりのオーナメントが付いている。雪がうっすら積もって、ムードを醸し出している。
自分たちが空中にいる錯覚に陥った。
「きれい、素敵……。まるで絵本の世界にいるみたい。夢みたい」
リジーは感激して夢心地でふわふわとウエイトレスの後ろに着いて行き、案内されたテーブルに着いた。ジョンは突っ立ったまま、天井のサンタクロースをずっと見ている。
「どうぞ、お姫さま」
サムがリジーの椅子を引いた。
「ひ、姫なんて。やめて、恥ずかしいよ。でも、ありがとう」
「リジー、ここは堅苦しい店じゃないから、緊張しないで」
「サムが姫なんて言うから……」
リジーはいつもと違う紳士的なサムの一面を見て驚いた。
目の前のテーブルには赤と緑のテーブルクロスが敷いてあり、クリスマスツリー型のガラスでできた美しいランプが置いてあった。
「ここは一年中クリスマスなんだ」
サムが懐かしそうな優しい顔をする。
ジョンはその声に反応して、穏やかな表情でサムを見やると椅子に腰かけた。
リジーの前に、注文した飲み物が置かれた。
薄い葡萄色のジュースだ。グラスの中に赤い実とレモンの切れ端が氷と一緒に入っていて、泳いでいるように見える。グラスをしげしげと眺める。
「きれい……」
ジュースに映ったランプの炎がチラチラ揺れた。
ジョンとサムの前にはビールが置かれた。
「じゃあ、まずは乾杯しようか。リジー、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
サムとジョンからお祝いの言葉をかけられる。
「ありがとう。ふたりにお祝いしてもらえて、すごく嬉しい!」
泣きそうになるくらい嬉しかった。さっきはひとりきりの誕生日を覚悟していたから。
グラスを合わせると、心地よい音が響いた。
「プレゼントはあとで何か用意するよ」
ジョンはリジーに向かって静かに話す。
「こんな素敵なレストランに連れてきてもらって、お祝いしてもらったことがプレゼントだよ。あとは何もいらない」
本心だった。物よりもお祝いしてもらったという思い出のほうが、リジーは良かった。
「欲が無いね~」とサム。
ジョンは最初の一杯しかビールを飲まなかったが、サムは何杯もおかわりしている。ピザやサラダ、ソーセージとポテトの盛り合わせなどがテーブルに次々運ばれてきた。




