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14 誕生日のクッション

 ジョンは、自分の心の中に膨らんで来る想いをどうにもできずにいた。


 自分はどうかしている。彼女リジーがもう子供ではないとわかっているのに、頭を撫でてしまう。つい腕の中に囲ってしまいたくなる。

 彼女がここにいるのが夢ではないのだと、その実体を、その温もりを確認したくて、覚えていたくて、肩を抱く手が離せない。

 自分を真剣に心配して、目を潤ませてくれる彼女といるのが心地良い。

 せめて今だけ……このまま……。

 思い出を残しておきたい。


♢♢♢♢♢♢


 

 近頃<フォレスト>では、子供連れの客と年配の客が来ると、必ずといって良いほど、リジーが呼ばれる。


「リジー! ちょっと来てくれない!」


 リジーは接客中のマリサの補助につく。


「はい!」


 ウケが良いから、らしいのだが。

 自分ではさっぱりわからない。


「リジー、こちらのお嬢さんを見ててあげてくれない?」


 金髪をふたつに結い上げた5~6歳の女の子がいた。

 母親の後ろにへばりついて隠れて、少しおどおどしている。


「こんにちは、私はリジーよ。あなたのお名前は?」


 女の子の近くにしゃがんで、視線を合わせながら尋ねる。


「……キャロライン」


 ぼそっと告げると、女の子はちらちらとリジーを見始めた。


「キャロライン? かわいい名前だね。あなたにぴったり!」

「……」

「ねえ、キャロライン、私とお絵描きしない? 絵を描くのは好き?」

「うん」


 女の子の返事をきくと、リジーはエプロンのポケットから自分のメモ帳を取り出した。

 さらさらとそれに絵を描く。


「これな~んだ?」

「チェリー」

「あれ? リンゴを描いたつもりだったんだけど……」

「棒が長いから、リンゴじゃないよ」

「そ、そうか。じゃあ、キャロラインが描いて教えてくれる?」

「いいよ!」


 女の子は母親の後ろからすんなり出て来た。

 リジーはマリサからウインクされた。



「リジー、さっきはナイスだったわ。ありがとう。おかげで話を詰められて、ソファの注文ももらったし」


 マリサがにこにこ報告しながらリジーに近づいてきた。


「お役に立ててよかったです!」

「あなた、この頃寝不足? 目の下にくまがある。少しは化粧で隠せばいいのに」

「お化粧苦手で。寝不足は、えっと、少し」

「悩み事?」

「いいえ、全然悩みじゃないですから」

「何かあったら、私でもスーザンでも相談に乗るわよ。なんなら、カイルでも」


「ついでで俺の名前を出すな!」


 背中を向けて配達の準備をしていたカイルが、そのまま不機嫌な声を出す。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


(ジョンの事が思い出されて、なんとなく眠れてないなんて言えない。ジョンはあの後会っても普段通り。拍子抜けするほど。自分だけ意識して、なんだか馬鹿みたい)




 <スカラムーシュ>はいつもそこにあって、ジョンがいつもそこにいる。

 それだけで、安心する。


「リジー、おかえり! お母さんから荷物が届いているよ」


 仕事から帰って来たリジーは、店の中からジョンに声をかけられた。

 

(なんだかドキッとする。心の揺れが顔に出てないといいけど)


「荷物?」


 包みを受け取って、その柔らかくて軽いものを抱えてから思い出した。


(うそ、今日私の誕生日? だっけ? 完璧に忘れてた……)


「お母さん、覚えていてくれたんだ。ここで開けても良い? ジョンにも触らせてあげる」

「開けるのはかまわないけど?」


 リジーが夢中で包装を破きだしたので、その声は掻き消された。

 出てきたのは、大きな丸い薄ピンク色のクッションだった。白い水玉の模様がある。

 リジーはそのクッションにとろけるような顔をして頬擦りした。


「あ~この感触。たまらない! これを抱きしめて早く寝たい。ジョンもふかふかっとしてみて! すごく気持ち良いよ。癒されるよ!」


 クッションをジョンの胸に押し付けると、ジョンはその勢いに一歩下がる。


「わかったから、落ち着いてリジー……」


 ジョンはなぜか緊張したような面持ちで、クッションを抱きしめている。

 

(あれ? あんまり気持ち良くないのかな?)




 リジーがふと見ると、窓の外からサムがにやけた顔で自分たちの方を覗き込んでいた。


「サム!!」

 

 ジョンは慌ててクッションを離しリジーに押しやると、サムに手招きしていた。


 サムはニタニタしながら、店に入ってきた。


「サム! サムもふかふかしてみて! 気持ち良いから!」


 リジーはすでにすっかりサムに打ち解けていた。サムにクッションを渡す。


「なにこれ? すごく気持ち良いね」


 うっとりした様子で頬擦りしている。リジーはサムの期待通りの反応に満足した。

 


 サムの腑抜けた表情に、大の男がクッションに頬擦りする絵面えずらはどうかと言わんばかりに、ジョンは得も言われぬ顔をしていた。



「お母さんが送ってくれたの。前に私が欲しいって言ってたのを覚えていてくれて」


(今年の誕生日はひとりでクッションを抱いてお祝いか。部屋に美味しいお菓子、あったかな)


「俺はふかふかするならリジーの方が良いけどね。クロウもだ、ろ……」


 サムの鍛えているという下腹部にジョンの拳が入った。


「同意を求めるな。サム、何か用だったのか?」


 ジョンは無表情だ。


「飲みに行こうぜ。そうだ、リジーも行く?」

「だめだ、リジーは未成年だろ」


 リジーが答える前にジョンが即座に反対する。


(だよね……)リジーは笑顔を作った。


「おふたりでどうぞ。私はこのクッションを抱えてのんびり部屋で寛ぐから」

 

 サムから戻されたクッションに少し陰った笑みを埋める。


「クロウ、これ、なんだかわかる?」


 いつの間にかサムが赤い封筒を持っている。

 表に<リジーへ>と母の筆跡が見えた。

 クッションの包装の中に入っていたのだ。

 クッションに夢中で、リジーもジョンも封筒には気が付かなかった。


「クリスマスでもないのに、娘にカードとプレゼントってなんだろうね……?」

「いいから、サム。返して!」


 サムは意外と鋭い。リジーはカードを取り戻そうと手を伸ばすが、サムが高く持ち上げていて届かない。


「リジー、もしかして……誕生日?」


 ジョンも察したようで、リジーに聞いてくる。

 サムからカードを奪い取ったリジーは、仕方がなく答える。


「あ、うん、今日ね。仕事やら何やらで忘れてた。いいの。ふたりは飲みに行って」


 ジョンとサムの視線が交わる。


「……今日は飲むんじゃなくて、どこかで食事にしないか、サム? 3人で」


(3人!?)


 リジーは胸が躍った。思わずクッションをぎゅっと抱きしめる。

 ジョンとサムから優しい笑顔が向けられた。


「そうだな。俺、女の子の好きそうなメルヘンな店知ってるよ」

「じゃあ、そこへ行こう。リジー、いいかい?」

「うん!」


 リジーは瞳を輝かせて大きく頷いた。


「リジー、そのクッションはさすがに連れてけない……」

「あ、つい……」


 クッションを抱えたまま外に出ようとしたリジーはサムに指摘され焦ったが、ジョンが自然に笑っているのを盗み見ると胸がほんのり熱くなった。


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