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8・浮口市の守り神

「う、うわぁ!」


 思わず椅子から転げ落ちてしまう。


 あまりにもベタすぎる反応だけど、仕方ないだろう?

 だって何もない空間から、ライターの火が付くようにぼわっと現れたんだよ? しかもその女性は体が電球のように、白色の光を放ち続けている。


「何をビックリしているんだ。もしや妾がキレイすぎてビックリしているのか?」


 見当はずれなことを言う女の子。


 巫女装束に見を包んだ女の子。首からは狐マークが付けられているネックレスを付けている。背は僕と同じくらいなんだろうけど、その堂々たる姿勢は実際より大きく見えた。


 そして何より言葉を失ってしまうのはその美貌。腰まで伸びる黒髪は流水のよう。きりっと凛々しい目付きは凄腕の剣士は思わせる。ちょっと気が強そうな印象も受ける。


「きききき、君は誰なんだ! い、一体どこから現れた」

「無、からだ。まあ、それはどうでもいい話だろう」

「どうでもよくない! 無から発生する人間が、この世のどこに存在する」

「忍者なら出来るだろう」

「適当に言わないでください! ……というか君は忍者なのかい?」

「ん? そんなわけなかろう。妾は浮口市の守り神だ」


 腰に手を当て、誇らしげな表情を浮かべ言う女の子。


「ま、守り神ぃ?」

「我が輩は守り神である。名前はまだない」

「いや名前はどうでもいいけどさ」


 椅子を杖代わりに、生まれたての子鹿のようにガクガクと膝を震わせ、何とか立ち上がって視線の高さを合わせる。


「ま、杜乃もりのさんがどうしてここに? というかどこから現れた?」

「そう私は近所の浮口杜乃うきぐち もりの……って違う。杜乃さんじゃない。名前みたいに言うな。だから無から現れた、と言っただろ。もっと詳しく言うなら、別次元のアストロ界と呼ばれる場所で精神体として漂っていた妾が、自らの意志で現世に召還したわけだな。久しぶりに、人間界に姿を現すのは全く以て疲れるものだ」


 肩が凝ったとでも言うように、疲れたような顔で肩を回す守り神(と語る女の子)。


「う、ううう嘘を吐くな! 現代社会に神なんているわけがない!」

「では神はどこに行った?」

「神は死んだ!」

「ニーチェみたいに言うな。妾は何とか生きている」


 怒ったように頬を膨らませる守り神。

 指している僕の指が震えていた。


「無から現れたように思えたけど、掃除して疲れていたからね! 多分、僕が気付かない内に店に入ってきたに違いないんだ」

「では妾のこの体はどう説明する。分かりやすいように体を発光させているが、これはそなたにとって普通のことなのか?」

「僕が知らないだけで、最近のトレンドかもしれない」

「体を発光させることか、が。成る程、そういう流行もあるかもしれない」


 今年の流行語大賞は『ちょっと光っていかない?』に決まり、と守り神は指をた。


「しかし、な……妾が守り神、ということを信じてもらわなければ話が進まない」

「信じるわけないだろ! 君はただの変質者……」


 ひゅん。


 頬の辺りに高速で物体が擦ったような感覚を受ける。

 ゆっくりと頬へとやって、その手を見る……赤い絵の具のようなものが指に付着していた。違う。血だ。

 後ろを振り返ると、目覚まし時計が壁に突き刺さっていた。まるで壁が発泡スチロールで出来ているかのように。

 もう一度前を見たら――腰に力が抜けて、またもやその場にへたり込んでしまった。


「あ、ああ……!」

「手荒な真似はしたくないんだがな。それに大声を出されるのもあまりよろしくはない。妾はそなたと普通に会話がしたいのだ。妾が守り神だと信じないなら、少々怪我をしてもらうが?」


 手を上げている守り神の後ろに――大量の物体が浮遊していた。

 店内にあったものだ。紙やファイル、パソコンや花瓶といった固いものまで。


 とてもないけど、タネがあるマジックのようには見えなかった。

 守り神が特殊能力だか、魔法だかで物体を浮かせているようにしか思えなかったのだ。

 浮遊している物体、そして守り神から僅かの殺気を感じ取った。


「わ、分かった! 君が守り神だということは取り敢えず信じる。だからその物騒なものを元に戻してくれ!」

「分かればいい」


 満足そうに守り神は肯き、手を下げた。

 その途端、浮いていた物体が一斉に床へと落下する。


 ああ……折角、片付けたのに。


「……う、浮口市の守り神だっけ」

「そうだ」


 胸を張っている守り神を見ながら、ゆっくりと立ち上がる。


「その守り神が何をしにきたんだい? 僕を殺しにきたのか」

「最初に言っただろう。妾はそなたに浮口市を救って欲しいのだ」


 浮口市を救う――唐突な任務に思わず言葉に詰まってしまう。


「ぼ、僕が浮口市を救う? それって一体――」

「浮口市は消滅の危機に晒されている」


 表情に陰りを見せて、守り神は話を続ける。


「それもこれも、妾が浮口市を守っていくためのエネルギーが枯渇してきたからだ。これによって、浮口市は存在を固定化させておくことが出来ず、少しずつ消滅していっている。このままでは一ヶ月後には完全に消滅し影も形も残さないだろう」

「……浮口市の消滅? 何のことか分からないけど、それはどうやったら防げるわけ? 一高校生……まあまだ違うけど……僕に何が出来ると思っているの」


 そんなSF映画も真っ青な、壮大なスケールの話に首を突っ込めるかと思っているなら勘違いも甚だしい。

 だけど守り神は待ってましたと言わんばかりに、


「大丈夫。浮口市の消滅を防ぐ方法はそなたでも出来ることだ」

「僕でも? その方法って一体……」

「ふむ」


 一度咳払いをしてから、続けて守り神はこう言った。


「一ヶ月後までにファミーユコノエを満室にするのだ!」

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