7・浮口市を守ろう
「というわけで――浮口市内で使える商品券の発行。さらに駅前のデパートに売れない地下アイドルを呼んでライブをする。この二点が決定事項となる。一応最後に聞くが、異論のあるものは?」
ホワイトボードの前に立つ不動夜千花がそう言った。
四十平方メートル程度の空間。
長方形の机に八人の人物が難しそうな顔をして座っている。
不動夜千花の言葉に反論するものは〇。最初から分かっていた。ほとんど出来レースなのだ。
「ふむ、それでは今日の議会を終了とする」
トントンとファイルを机で整え、不動夜千花はそう告げた。
――『浮口市を守る会』の会長、議会の議長をしている彼女には、甥にだらしない姿を見せていた面影はない。
二十代で不動産屋の社長、さらに『浮口市を守る会』という利権ズブズブの会長まで上り詰めたのはただの運ではない。
高校時代は浮口高校で生徒会長を務めた程の人間なのだ。
こうしてみんなの前に立つ彼女の頭は実は酔いでグルグルしていたが、少なくても見た目は凛々しさを感じさせる敏腕会長であった。
「会長」
帰ろうと一歩踏み出した瞬間。
後ろからタオルを頭に巻いている男が声をかけた。
『浮口市を守る会』の会員であり、駅前に何坪も土地を持っている地主でもある。
「これは最初から決まっていたことだったとは思う……だが、本当にこれで浮口市が再建出来るのかね」
「と、言うと?」
「浮口市の人口減少が甚だしいことは夜千花さんも知っているだろ。四十五万人いた人口もここ十年で三十七万人まで急速に減少した。このままでは浮口市では隣の市と合併するんじゃないか、っていう話も持ち上がっている」
心配そうな表情をしている男。
そう――確かに浮口市はどんどんと人口が減少していき、活気もなくなっている。
だからこそ『浮口市を守る会』なんていう会が三年前に立ち上がったのだ。
原因は一つに絞ることは出来ない。少子高齢化、それに伴う人口減少、それによっての空き家の増加。様々な要素が複雑に絡み合い、今のような現状を作っている。
「心配するな。大丈夫。浮口市は立ち直るさ」
「ワシが持っているマンションも空き家が目立ってきてな……夜千花さん。あんたは不動産屋を営んでいるんだろ? 頑張って入居者を斡旋してくれないか」
「善処する」
「それに最近はほとんど人が入っていないボロアパートも多い。そういうボロアパートは街の景観も崩すし、他に有効活用出来る方法もあると思うんだ。だから夜千花さんに頑張って――」
ああ、うるさい。
この男は地主で金持ちだか何だか知らないが、自分のことを聡明だと思い込んで、こんな「出来ることならさっさとやってるわ!」ということを話してくる。
しかし浮口市がどんどんと衰退しっているのは本当の話だ。
そのためには、隣町や他県からも入居者を斡旋する必要があるだろう。
そういう意味では夜千花の不動産業というのは謂わば浮口市再建の鍵を握っている、とも言える。
「分かった。分かった。大丈夫。あんたののマンションもちゃんと入居者を紹介してやるよ」
勿論、そんなつもりはない。しかし夜千花にそう言われた男は安心したように胸を撫で下ろした。
――夜千花はその時、頭の裏側でファミーユコノエのことを思い浮かべていた。
◆
「ふう、こんなものかな」
本棚に最後のファイルを直して背伸びをする。
あんなに散らかっていた店内が今では整頓され、何とかお客さんを呼べるくらいまでは回復した。
店の外はすっかり暗くなっており、人の往来も激しくなってきた。
――ガタンゴトン。
道路を一本挟んで、店の前に電車が通り過ぎた。
ここ不動不動産は浮口駅前という立地もあって、ガタンゴトン、と電車が通る音がよく聞こえる。
掃除をしている時は集中して耳に入ってこなかった。けど、こうして終わった時には、まるでスーパーの蛍の光のようなBGMのように聞こえた。
「さて、そろそろ叔母さん帰ってくるかな」
近くにある適当な椅子に腰をかける。
その時、机に置いた物件ペーパーに目が付く。
不動不動産においては、家賃や間取り図、部屋の写真から初期費用。このようなことが載せられているA4用紙一枚のことを物件ペーパーと呼んでいるのだ。
「ファミーユコノエの物件ペーパー……」
これは僕が見せられた物件ペーパー……のように思えた。僕に見せるためにわざわざ作ったのだろう。
格安の家賃。目を見張る宣伝文。ミス一つない間取り図。
こういうところが叔母さんの有能なところだ。ダテに四十年続く不動産屋を守っているわけではないのだ。
物件ペーパーを眺めながら昔のことを思い出す。
「昔はよく叔母さんの仕事を手伝っていたな……」
十年前、浮口市に住んでいた時、暇潰しによく叔母さんの不動産の仕事を手伝っていた時がある。
手伝い、と言っても大したことじゃない。部屋の写真を撮影しに行くのに付いていったり、間取り図をパソコンで作成したくらいだ。
その時、まだ不動産への情熱があった叔母さんに、これからの賃貸業界の展望。および家主との付き合い方……というのを聞かされていたので、他の人よりは不動産の知識がある……方だと思う。
六歳の僕には難しい話だったけど、楽しそうに不動産を語っている叔母さんはキラキラと輝いていた。
「僕も……叔母さんのようになりたい、って一時期は思っていたな」
まあ今となっては影も形もない、ただの酔っぱらいだけど。
……思い出に浸っていても仕方がないな。
気付けば部屋は真っ暗になっていた。
立ち上がって部屋の電気を点けようとすると、
「不動雄斗だな。そなたを浮口市の救世主にしてやろう」
――いきなり、目の前に体から光を放つ女の子が現れた。




