6・不動不動産
そもそも僕が元々住んでいた土地から、電車で一時間はかかる浮口市に引っ越ししてきたのは、昔住んでいたから、という理由だけではない。
浮口市はお父さんの実家がある場所なのである。
お父さんのお父さん、つまりおじいちゃんは不動産屋を営んでいた。
――不動不動産――そんなヘンテコな名前の不動産屋は駅前に店を構え、創業四十年は超えようとしている。
おじいちゃんは十年前くらいに他界してしまい、誰が不動不動産を継ぐのか、という話が持ち上がったらしい。
だけどお父さんはその頃、高校をとっくに卒業しており、今の大手建設会社に勤めていた。それを捨ててでも、おじいちゃんの不動産屋を継ぐメリットはあるのか。
そういうこともあり、一度は不動不動産屋を畳む、という話にもなったらしいけど。
「良いよ良いよ。じゃあ、あたしがやってやるよ」
当時、高校生の女の子。
お父さんの妹――僕から見れば叔母の関係にあたる女の子が手を挙げた。
それが不動夜千花――現在、不動不動産の社長をしている女性である。
だけど、
「ああー、頭が痛い……酒飲み過ぎた」
「叔母さん。昨日はどれだけ飲んだの?」
「ああ、正確には覚えてないがな。滋賀県にあるあの湖? あそこにある水の量くらいは飲んだ」
「叔母さんは神話に出てくる神様なのかな」
「ふっ、神様か。もしかしたらそうかもしれないな。それなら美を司る神様に違……おろろろろろろろ!」
店の一番奥にある大きなテーブルに座り、ゴミ箱に顔を突っ込んでいる女性が――正真正銘、不動不動産の社長。不動夜千花叔母さんである。
「はあはあ、ああー、死ぬー」
そう言って顔を上げた叔母さん。
キレイ……なんだとは思う。とても今年で二十九歳になるとは思えない柔肌。パーマがかった髪の毛は普通なら都会的で目を見張るものがあっただろう。
だけど、今の叔母さんは昨日の飲み会の影響なのか髪の毛はバサバサ。目の下に大きなクマがあり、とても美人の面影が残っているとは言い難い。
……というか三百六十五日、叔母さんのそんな姿しか見たことないけど!
「よいしょ……っと。全然掃除してなかったみたいだね。叔母さん。僕がこうして掃除に来なかったら、こ○亀の日暮みたいなことになっていたんじゃないかな」
「助かる。バイト代は弾む。ビール六缶パックだ」
「嬉しくないよ! それに僕、未成年!」
――という感じで、不動不動産を継いだものの、ほとんど営業していない。
なので使っていない店内は埃まみれ。
書類や本が積み重なっており、カオスめいた光景が広がっていた。
とてもじゃないけど、すぐに営業出来る状態ではない。
まあ免許は更新しているので、業法的には営業は出来るみたいだけど。
叔母さんにはファミーユコノエっていう格安の家賃のアパートを紹介してもらっている。
というわけで、引っ越し前から「一回店を掃除しにこい」と叔母さんに言われていて、そのために今日はこうして掃除をしているわけだ。
「そういえば、ここまで来るのに思ったけど、浮口市ってワンルームマンションが多いみたいだね。駅前は分譲マンションが主流だけど……」
「まあどこかしらもワンルームのマンションって多いみたいだからな。飽和状態にあるとも言える……ってお前。どうしてそんなことが分かった?」
机に突っ伏して、鋭い視線を向けてくる叔母さん。
「外観だけ見たら大体分かるよ。部屋の間取りくらいはさ」
「……じゃあ聴く。この店の前にマンションがあるだろう。どんな間取りの部屋があると思うんだ?」
「うーんベランダが大きいね。室外機も二つあるから、奥側に部屋が二つあると考えられて、でもこの大きさじゃ、四部屋確保するのは難しそうだから、2DKかな。結構キレイめの」
「正解だ」
感心したように顔を上げる叔母さん。
「お前。外観見ただけで間取りが分かるのか。趣味のパンツ泥棒で部屋の間取りを調査したと思ったぞ」
「そんな趣味ないよ!」
――昔、手伝いとして嫌という程叔母さんと空き部屋の下見をしていたのだ。
これくらいの芸当なら(あくまで何となくであるけど)、十年前のことでも体に身に付いていたのであった。
「あ。もうこんな時間だ。おい、雄斗。あたしは仕事に出かける。あたしが帰ってくるまでに掃除を終わらせておけよ」
クタクタのスーツ姿のまま、叔母さんはそれだけを言い残して店の裏玄関から出て行った。
――不動不動産はほとんど廃業状態だけど。
代わりに叔母さんは『浮口市を守る会』の会長、という裏の顔があるらしい。
いかにも名前からして、利権が一杯絡んでいる集団のように思えるけど、そこから日々の生活費を捻出しているらしい。
「え、叔母さん! ……もう勝手なんだから」
一人になった店内で重い溜息を吐く。
未だ白っぽい店内を見てこう思う。
――掃除は夕方までかかりそうだ、と。
「うわあ……ここも凄い。まるでオモチャ箱を引っ繰り返したみたい」
店内の掃除が終わりを見せない。
なので気分転換に店の外にある物置を掃除しようとしたんだけど……。
「この看板割れちゃってるじゃん……早く捨てなよ。この痴漢撃退スプレーっていつ使うの。前、痴漢を目撃して回し蹴りでKOさせた、って言ってたじゃん。てか仕事に関係のないものを入れておくなよ」
中には二割程度が『賃貸募集中』と書かれた看板や、ちょっとした部屋の不具合を直すためなのか工具セット。仕事に関係のあるものだ。
残り八割は言わなくても分かるだろう。仕事に関係のないものだ。
決して広くはない物置の中に入り、少しずつ整頓していく。
「ん? 何だこりゃ……」
ガラクタを漁っていると、石の塊のようなものが現れた。
丸っこい形をした石の塊。何か動物をモチーフにしているのだろうか。口先のところが少し尖っている。
僕の顔の二倍くらいはあるだろう。
結構な重さになるその石の塊を見て、何だか不思議な気持ちになる。
「全く叔母さんったら、こんなものいつ使うんだよ」
どうせ、飲み屋で酔っぱらって、店内のものを盗んできたものだろう。
僕はその石の塊を取り敢えず、端っこに置いて掃除を続ける。
目の前にはゴミの山……失敬、モノが積み重なっていた。
それを見て、肩がずんずんと重くなっていくのであった。




