5・暗黒カレー
「うん、そうだよ? 何か変かな」
頭上にクエスチョンマークを浮かべている万葉ちゃん。
カレー……これがカレーなのか!
鍋の中に入っているカレーのルー(だと万葉ちゃんは言い張っている)物体はとにかくどす黒かった。
火元から離れているというのに未だ沸騰をし続けているどす黒い液体。香ばしいと思っていた匂いは、ここまでくるとアンモニアのような刺激臭となっている。さらにどす黒い液体から、カエルの足やムカデのようなものが飛び出ている……いや、無論その二つは入ってないと思うけど。
カレーだと言われるより、「今日のお昼ご飯はとっておきの闇よ」とニッコリと言われる方が幾分か納得出来るくらいの。
そんな魔女が作ったかのような謎の液体であった。
「雄斗君」
謎の液体に釘付けになっている僕に対して、万葉ちゃんはお皿を片手に、
「お皿にカレーを入れてあげるけど……何か注文はあるかな。ルーとご飯の比率はどれくらいが良いかな」
「え、あ、うん。じゃあカレーのルー抜きで」
「それって、ただの白ご飯じゃん! もう雄斗君ったら面白いギャグを言うんだから。まるでお笑い芸人みたい」
いや、ギャグじゃない。
というか近衛万葉よ。これを僕に食べろ、と言うのか? これは飲むと一度死ぬけど、不思議な特殊能力を授ける類の液体じゃない、と言うのか!
そんなことを意に介せず、床に置いてある炊飯器からお皿に白ご飯を盛りつける万葉ちゃん。
そしてお玉でたっぷりのルーをお皿に入れる。
いや、普通カレーのルーを入れたら「じゅわぁっ!」と何かが蒸発したような音なんて立たないよね。やっぱり、それを食べたら異能バトルの世界へと迷い込むような類の液体じゃないよね!
「はい。雄斗君。召し上がれ☆」
と僕の前にカレー(らしき闇と白ご飯)が置かれる。
――エプロン姿の美少女がカレーを作ってくれて「召し上がれ☆」と言ってくれる。世の男子高校生ならヨダレを流すべき状況であろう。
しかし出される料理がただの闇だ。「召し上がれ(死ね)の方が自然だろう?
「か、万葉ちゃん!」
だからここは立ち上がって、「こんな不味いもん食えるかー!」と卓袱台を引っ繰り返すべきなのだ。いや卓袱台じゃないけど。
だけど――万葉ちゃんの笑顔を見てしまうと、とてもそんなことは出来ない。
あれは期待している人の顔だ。
久しぶりに再会した幼馴染みのために一生懸命料理を作りました。
美味しい、って言ってくれるかな。
って期待と不安が入り交じっているような顔だ。
そんな万葉ちゃんに向けて、酷い言葉を浴びせられるものか? 少なくても、僕にはそんな真似出来るわけがない。
温和しくスプーンを手に取って、ルーがかかっていない端っこの白ご飯を口に入れる。
「美味しいよ。万葉ちゃん。良い米の炊け具合だね。固すぎず柔らかすぎず、素晴らしいお米だ」
「そうでしょ! それタイとのブレンド米なんだ」
「そんなのまだスーパーに売ってたんだ!」
「って、雄斗君。さっきから白ご飯ばかり食べて。ルーと一緒に食べてこそのカレーライスだよ」
「う、うん……そうなんだけど」
「あっ! 大丈夫。オカワリは一杯あるから! どんどん食べちゃって」
お前は俺を三度くらい殺すつもりか。
「てか万葉ちゃんは食べないの? 僕ばっか食べてちゃ申し訳ないんだけど」
「うん。私、辛いの苦手だから」
だったら作るんじゃねえ。てか辛いとかいうレベルじゃねえぞ。この闇は。
「ほらほら、雄斗君。遠慮しないで。私が食べさせてあげるよ!」
と僕が持っているスプーンを奪い取る万葉ちゃん。
そしてたっぷりの白ご飯に、目を背けたくなるようなルーを付けて、
「あーん」
と極小の死をスプーンに載せて近付けてくるのであった。
ぐんぐん、とスプーンを近付けてくる万葉ちゃん。
「ひ、ひい! 万葉ちゃん。大丈夫だよ。一人で食べれるからさ」
「遠慮しないで遠慮しないで。ほら、あーん」
……仕方ない覚悟を決めよう。今までありがとうお父さんお母さん。転勤先でも頑張ってください。
目を瞑り、口を開ける。
――いや、やっぱり無理だ!
「あ、思い出した! 今日、お昼から好きなテレビ番組の再放送が流れるんだった! 自分の部屋に帰って見ないと!」
スプーンが唇に付着しようかとする瞬間。
わざとらしく言って、ダッシュで玄関へと向かった。
「ちょ、ちょっと! 雄斗君。それなら、私の部屋でも見れるから……」
「それ地デジ対応のテレビだろ? その番組、地デジ対応のテレビじゃ見られないんだ!」
メチャクチャな言い訳をして、靴を履いて玄関から出る。
――食べてらっれか! 僕はまだまだ長生きしたいんだ。
逃げるようにして、というか実際逃げてるんだけど、階段を昇って二階へと上がる。
勿論、さっき手すりが壊れたこともあるので、そこには手を触れずに、だ。
二〇三号室――部屋の前まで何とか辿り着き、中に入ろうとすると、
「雄斗君!」
下から声が聞こえてきた。
ま、まさか! 近衛万葉。僕を殺すために追いかけてくるつもりなのか。劇場版ドラ○もんのメデューサなのか?
「また……ご飯食べに来てね」
だけど続けて聞こえてきたのはそんな声。
……ええい!
僕は手すり越しに下を見て、
「うん! また食べに行くよ。一緒のところに住んでいるからね。お腹が減ったら万葉ちゃんのとこに行く!」
「う、うん! ありがとう!」
満面の笑みを向けて、万葉ちゃんは何故だかお礼を述べた。
……いや、そりゃあ美少女が僕のために料理を作ってくれるんだよ。
それがどれだけ怪しげな料理だとしても、そう言わざるを得ないでしょ。
――何だか楽しそうだけど、大変なアパート生活が待っているみたいだな。
そんなことを思いながら、部屋へと入る僕であった。




