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44・目覚め

 思えば――物語の幕開けは十年前であった。

 守護者の日常は退屈そのもので、魂を石像ごと山の頂上に縛り付けられている。

 夜空を翔る星の煌めきを眺め、平和な街中を観察し、何か面白いことはないかと妄想する。

 さながら何ら特殊能力も持たない平凡な女子高生のような日々。


「ファミーユコノエが満室になりますように」


 退屈な日々に風穴を開けられたのは少女の言葉が始まりであった。


「万葉ちゃんがずーっと笑顔で暮らせますように」


 極々平凡などこにでもいる少女に寄り添う騎士の言葉が呼応で。

 それから十年後――エネルギーの不足により、浮口市が消滅しかかっている時。


 正直、彼女は「まあ、このまま消滅してもいいか」とさえ考えていた。

 それくらいこの十年はただ暗闇で鎮座しているだけの退屈な日々で。

 退屈は神様さえも殺そうとしていた。

 神様の怠慢のため、だからこそ浮口市は消滅の寸前まで放置されていた――手遅れになるまで神様が手を打たなかった、ということもある。


 しかし――その気紛れに変化が起こったのは、十年前の騎士が浮口市に引っ越ししてからだ。


 ――こいつになら、浮口市を任せてやってもいいかもしれないな。


 それは期待であった。

 滅多に人間なんて来ない山の頂上で、その女の子と――男の子を見てから、この退屈な日々を変えてくれるのはこの二人じゃないか、と思っていた。

 二つの点が重なり合い、大きな物語のうねりとなっていく。

 だから彼女は決めた――こいつに浮口市の未来を託してみよう。

 そして諦めかけていた幸福な未来を、こいつになら創成することが出来るかもしれない。


 ちっぽけな期待を抱いて。

 彼女はその男に頭を下げた。


 ――もしかしたら、彼女は誰よりも浮口市のことが好きだったのかもしれない。


 ここにきて浮口市のことが惜しくなっただけなのかもしれない。

 真実は彼女自身でもよく分からない。

 もし分かるとするならば――それはあの二人かもしれない。

 あの二人こそが、曖昧だった彼女の気持ちをはっきりさせるかもしれない。


 朝日が瞼をこじ開け、再生が完遂した世界に目覚め。

 誕生の瞬間、彼女はそう思ったのだ。


  ◆


「うわぁぁぁあああああああ!」


 悲鳴と共に目が覚め――瞬間、辺りを見回した。

 ここはどこだろうか……清潔な白い部屋。独特の薬品の臭いが鼻をくすぐる。


「やっと起きたのー。この貧弱君」


 上半身だけ起こした体。

 死角から細い指が伸び、ちょんと僕の鼻を触って離れた。


「……十香……さん?」


 ――目の前には制服姿の十香さんの姿があった。

 可憐なブレザー姿で、お姫様のような雰囲気はアイドルにも酷似する。

 十香さんは近くの椅子に座って、にやにやと笑いながら、


「ホント、ビックリしたよ。入学式早々、貧血で倒れるんだから」

「僕が……貧血で倒れた?」

「そうそう。それで国別府君にも手伝ってもらって、ここまで私が運んだんだから」

「そ、そうだったのか……ありがとう」

「まさか三日も眠りこけるなんてね」

「えー! 貧血でそんなに寝てたのー!」

「冗談冗談」


 ネコのようなヒゲが十香さんの頬に生えているイメージを見た。

 それにしても……腕を組みながら考える。


 あれ? そもそも僕は何をしていたんだっけ。

 寝起きで霧が濃い脳内を手探りで進み、記憶の修復活動をして、


「そうだ! 浮口市はどうなったの! 消滅してないよね! それにファミーユコノエは……っ!」

「何、訳の分からないこと言ってるの」


 十香さんは両手を伸ばして、グラグラと座っている椅子を揺らしている。


「浮口市は……ここだよね。消滅なんてするわけないじゃん。SF映画の見過ぎなんじゃない?」

「じゃあ、ファミーユコノエは――」

「私と雄斗が住んでいるところだよね。ていうか雄斗が紹介してくれたんだよね、その部屋」


 ……え? まさかの夢オチ。


 いや、そんなわけはない。この一ヶ月間はまるごと夢物語だったのか。

 いやいやよく考えろ。十香さんがここにいて、『雄斗が紹介してくれた』と言っている、ということは僕が不動産屋としてファミーユコノエを満室にしようとした、ということは事実だ。

 ならば満室になったのに、浮口市が消滅しかかっていて、浮口山の存在に気付いて――っていうところまでが夢なのか?


 頭がグルグルして、どこまでが現実のことか分からない。

 いや、それよりも……。


「ここは……どこなんだい?」

「孤島の研究室だよ」

「そんな今から異能バトルが始まりそうな設定なの!」

「冗談冗談――ていうか雄斗も変なこと言うね。ここは――」


 十香さんは心底面白そうなものを見るような目付きで――こう続けた。


「浮口高校の保健室じゃん」

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