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41・かみ合った歯車

 浮口市中を走り回って、僕は彼女の後ろ姿を探している。

 途中、何度も足が縺れ転がりながらも、万葉ちゃんに逢いたいから――両足が痙攣しだしても、これは機械の一部だと自分に言い聞かせ走る。


 だけど、どこまで走っても万葉ちゃんは見つけられない……。

 もしかしたらファミーユコノエの住民全員でドッキリをかけているのかもしれない。

 僕が顔中汗塗れ、ぜえぜえと息を荒くして「どこに行ったんだー!」と天に向かって叫びだした瞬間、ひょこっとどこからか顔を出すのかもしれない。

 そんな不確定な希望だけに縋って、僕は走り続けている。


 公園。スーパー。ボーリング場。有名な分譲マンション。博物館――ありとあらゆる場所を探しまくった。

 だけど暗闇がどんどん濃くなっていくのに比例して、僕の胸中は絶望の液体が注がれていく。

 どこまで行っても彼女の姿の一片も見つけられない。


 街灯に照らされた狭くて真っ直ぐな道を走り、やがて寂れた公園に辿り着いた。

 まだまだ走り続け、万葉ちゃんを見つけ出したい、と考えるけど体が限界。

 危険信号を出した心拍は体を急停止させ、公園のベンチに腰掛けた。


「はあはあ……一体、どういうことなんだ……!」


 汗が前髪を伝って地面へと墜落する。

 まるで無人島に到着してしまったかのような孤独感。

 そんな中、疲労や混乱が薄くなっていき、少しずつ思考回路が正常に作動し出す。


 ――よく考えろ。うん、現実を認めるんだ。



 ファミーユコノエは浮口市から消滅してしまったんだ。



 エネルギーが不足することによって、一ヶ月間住ませてもらったボロアパートは煙のように消えてしまったのだ。

 ならばその先を考えろ。



 どうしてファミーユコノエは満室になったのに消滅しなければならなかったのか。



 確かに守り神の意に反して、三月ギリギリまでかかってしまい、間に合わなかったのかもしれない。

 だけど守り神の言うとおり、確かに三月が終わるまでにファミーユコノエを満室にしたのは揺るぎない事実。

 普通ならばエネルギーが十分に充填された浮口市はこれから再生が始まるはずであった。

 なのに……どうしてファミーユコノエは消滅する?


「くっ……! 分からないよ! 誰か教えてよ!」


 思考が堂々巡りして前に進めない。

 息を整える間もなく、僕は立ち上がりさらに走り出す。

 立ち止まっていても思考は停留する。

 ならば移動速度によって思考は高速化され、思いもつかなかった新情報を所得出来るかもしれないのだ。


 それ以上に――現在、公園にある時計を見たら十時を回ろうとしていた。

 今となっては意味があるのか分からないけど、タイムリミットまで後二時間。


 後二時間でもしかしたら、浮口市が完全消滅してしまうかもしれない……。

 そんな危惧に押され、ボロボロになった体と心はちぐはぐな足取りで駆け出す。



「はあはあ……やっぱりダメだ。本当にファミーユコノエは消滅してしまったのか」


 結局、僕が辿り着いたのはマルハチの屋上であった。

 五日前、万葉ちゃんとデートをして、最後に訪れた展望スペースである。


 鉄柵を両手で持ち、夜の浮口市を眺めている。

 蛍の煌めきのように、車の光が動いている。

 建物から漏れる光は蜃気楼のように揺らいでいる。


「この浮口市は――もう少しで消滅してしまうのか」


 眼前に広がる以上の絶望の闇が僕の心を浸食していた。

 やっぱり分からない……どうして満室にしたのに、ファミーユコノエは消滅してしまったのか。


 証拠が少なすぎるのだ。

 情報がなさすぎて、完璧な推理が出来ずにいる無謀な探偵。


 ならばピースが足りなくても、せめて全体が何となく把握出来るだけのパズルを成立させなければならない。


 だけど……考えても分からないんだ!

 そんなの僕に分かるはずがないじゃないか!


 自暴自棄になって、夜に浮かんでいる街の光景を心がない状態で眺めていた。


 浮口市の特徴といえば、山一つない平坦な地形である。

 だからマルハチというたかが一建物屋上から見るだけで、視力に限界がなければ浮口市の全貌を眺めることが出来――。



 あれ?

 何かが可笑しくないか。



 今、僕。山一つない平坦な地形って言ったよな。

 いや、それは前から分かっていたことだろ。昔からずーっと、浮口市には山がなく。



 違う。

 少なくても十年前には浮口市に山があったのだ。



 思い出せよ。


 カラカラと映写機が回り出し、荒い映像が万葉ちゃんの像を結ぶ。

 万葉ちゃんはこの屋上で、思い出話に浸るようにしてこう言ったよな。



 ――私がワガママを言って浮口山に出かけた時。



 そう、この部分だ。


 僕は全く覚えていなかったので、軽く聞き流したけど、これって可笑しくないか?

 だって、浮口市には山一つないんだろ。

 それなのに、どうして『浮口山』なんていう単語が飛び出す。


 万葉ちゃんの勘違いか?

 いや万葉ちゃんの口振りからして、大切な思い出として保管しているようであった。

 なのに、こんな大切な思い出を間違えるか?


 だけどここで考えは行き詰まる。

 十年前にあったはずの浮口山が、どうして現在になってなくなっている?

 大規模な地殻変動が起こって山一つがなくなってしまったのだ。

 そんなわけない。山一つなくなる地殻変動なんて、少なくても僕が生まれてから聞いたことがない。

 だからこういう仮説に行き当たらないか?



 浮口山は消滅してしまったのだ――。



 いつ消滅したのかは分からない。

 だけど浮口市の消滅の一部として、僕がここ浮口市に引っ越ししてくる前に、観測者になる前に! 浮口山は消滅してしまったのだ。

 観測者になる前なのだから、僕は浮口山の消滅を認知することが出来ず、世界の自己修復能力によって始めから『なかった』ことにされた。

 どういうわけなのか、世界の自己修復能力は完璧ではなく、万葉ちゃんにだけ記憶を残してしまった。



 雷撃が脳天に落ちる!



 本当の意味で落ちたのではない。

 雷撃が迸ることによって、防波堤が決壊。

 今まで失われた記憶がじんわりと滲みだしてきた。



「守り神様。万葉ちゃんがずーっと笑顔で暮らせますように。そのためなら、僕は何でもします!」



「……思い出した」


 何でこんな大切なことを忘れていたんだ!


 僕は十年前! 確かに万葉ちゃんと一緒に浮口山に出かけて、その頂上で守り神の像を見つけた。

 そこで実質「万葉ちゃんの笑顔を守りたい」という専属の騎士になることを願ったんだ。

 一つ、回答欄に答えを満たせば、歯車が動き出し思考回路が完全に復活し出す。


 ならばここでもう一つ考えるんだ――。

 僕は観測者だから、いくらでも理由が付けられるだろう。観測者としてのエネルギーが過去に修復された記憶を甦らせたのだ、とか。

 だけど、どうして一般人の万葉ちゃんの記憶が元通りのままだった?

 大切な思い出だったから、世界とはいえ彼女に逆らうことが出来なかった?


 いやまだ理由としては弱い。

 観測者じゃなくても――というより、最初から観測者の役割なのかもしれないけど――世界の自己修復能力の影響を受けないヤツがいたよな。

 そいつは、僕を観測者に出来る程の力を持っていたよな。



 そう、浮口市の守り神である。



 不遜な態度で、いつも怒っているような顔した女の子。

 その浮口山の思い出は、浮口市の守り神がセットになっている。

 これは仮説であるけど、山の頂上で見た守り神の像が――そのまま守り神だったら?

 浮口山の思い出は、守り神が近くにいたことによって少量のエネルギーが万葉ちゃんに伝播し、だから不完全ながらも世界の自己修復能力の拘束から逃げることが出来た。

 その像に守り神の魂みたいなものが入っている、と考えるならば。


 ならばここでもう一歩!



 じゃあ、山ごと守り神の像は消滅したはずなのに、どうしてあいつはまだ存在していたのだ?



『山一つない浮口市の風景』と僕が思っていた時間軸。

 僕は不動不動産屋を訪れ、守り神に出会った。


 これ、可笑しいだろ? 浮口山が消滅したなら、そこの頂上にあった像もなくなっているはずだ。

 その像に魂だかエネルギーだか、そういう不可視なものが閉じこめられているとするならば――浮口山の消滅と共に守り神も死滅していると考えていいのではないか。


 違う。考え方を変えよう。



 ならば――守り神の像は違うところに移動したのだ、と。



 浮口山は確かに消滅してしまった。


 だけど像ごと消滅してしまったとは限らない。


 世界の自己修復能力によって、守り神の像は浮口山に『なかった』ことにされ、全く別の場所に移ってしまったのではないか。

 ならば守り神の像がある場所が、彼女のいる場所のはずだ。


「ここまで考えれば――どうするか僕でも分かる」


 最初、不動不動産屋を掃除しに行った時のことを思い出す。

 首からは狐マークが付けられているネックレスをかけていた。

 丸っこい形をした石の塊。何か動物をモチーフにしているのだろうか。口先のところが少し尖っている。

 最初から僕は知っていたんだ。僕がバカだったから真相に辿り着かなかったに過ぎない。


「こうしちゃいられない!」


 急いでマルハチの屋上から出て行く。


 時刻を確認すると夜の十一時。

 三月が終わるまで残り一時間。


 僕は『彼女』に問いつめるべく、心臓が爆発しそうになるのを押さえながらその場所に走る。

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