4・幼馴染
「……というわけで、お父さんとお母さんが天国に行ってから、ここの大家さんは私、ってこと」
どうやら、元々万葉ちゃんのお父さんとお母さんがファミーユコノエを持っていたけど、二人共出張中の不慮の事故で亡くなってしまったらしい。
そして一人娘だった万葉ちゃんが相続してここの大家さん。
以来、一〇三号室に万葉ちゃんは住み続けている。
間取りは僕の二〇三号室と全く変わらない。
だけど壁にカレンダーが貼られていたり、ベッドに大きな人形が置いてあったり、小さな透明のシカのオフジェが置かれていたり――と。
そこは流石、女の子。部屋全体も心なしかシャンプーの匂いがする。
少し落ち着きを取り戻した僕はテーブルの前に座り、万葉ちゃんが入れてくれた熱いお茶をすすっていた。
一方、万葉ちゃんは台所で料理をしており、位置的に横顔しか見ることが出来ない。
カチャカチャと皿の当たる音。香ばしい匂いが仄かにしてきて、自然とヨダレが出てきちゃうね。
「それにしても懐かしいね。雄斗君」
「そうだね。万葉ちゃんは知っていたの?」
「うん。名前を聞いたらすぐ分かったよ。しかも契約してくれたのは雄斗君の叔母さんだし」
僕は全く気がつかなかった……契約書をちゃんと見ていれば、大家さんの名前くらいは分かったんだけど。
「雄斗君、覚えている? ほら、夏の日。一緒にセミを取りに行った時」
「うんうん覚えている。セミを取るどころか、ハチを見つけてしまって大変だったよね」
「じゃあ、あれも覚えている? トイレットペーパーがなくなる、っていう噂を聞いて一杯買いに行った時とか」
「それオイルショックだよねっ? 僕も万葉ちゃんも生まれてないよね!」
「まさかあんな猿みたいな人が天下統一するなんてね」
「豊臣秀吉? 江戸時代まで遡った?」
なんて巫山戯た会話も懐かしい。
「また雄斗君と一緒になれるなんて嬉しいよ」
「え、あ、うん……」
突然、心拍数が一段上がるようなことを言われてドキッとしてしまう。
万葉ちゃんは料理をする手を休めずに、
「雄斗君も浮口高校に通う、って叔母さんに聞いたけど。私も四月からそこに通うんだ」
「へえー、そうなんだ」
忘れていたけど、僕と万葉ちゃん。同じ歳なのである。
「楽しみだね。食パンをくわえて登校する練習をしておかなくちゃ」
「万葉ちゃんは何を目指しているのかな」
「角を曲がったら運命の人とぶつかるし、体も鍛えておかなくちゃね」
「タックルでもするつもりかな」
「あっ! ぶつかる人は雄斗君だったら良いな……」
「き、貴様! 僕を殺す気か!」
ここで熱いお茶を一すすり……はあ。体の芯から温まる。
テレビの上に置かれているデジタル時計から、十二時を知らせる時報が流れた。
「というか話は変わるけど万葉ちゃん。今、このファミーユコノエに誰が住んでいるの? 一応、ご挨拶をしておこうかなって思って」
「え? 私と雄斗君だけだよ」
簡単に言い放つ万葉ちゃん。
「ぼ、僕と万葉ちゃんだけぇ?」
「うん。私が大家さんになってから、初めての入居者だね」
確かに……ファミーユコノエは見る限り、全戸数六戸。
つまり六部屋しかないアパートだけど。
その内に二部屋しか埋まっていなくて、残り四部屋が空き部屋?
それで大丈夫なんだろうか。いくら何でも空きすぎじゃ。
「大丈夫じゃないね。お金がなさすぎて、今日もダンボールで雨風を凌がないと」
「この部屋は何のためにあるの!」
「心配しないで。雄斗君には千円もしたティッシュを調理してあげてるから」
「そんなにお金使うなら、ティッシュを食べなくても良いよね?」
「……まあ空き部屋については大丈夫だよ。それに明日から三月。不動産のシーズンだからね。まあ、これから入るでしょ」
気軽に聞こえた万葉ちゃんの声。
しかしその声には陰りがあるように思えた。僕の前だから、気丈に振る舞っているような歪な声。
僕と万葉ちゃん……アパートには二人しか住んでいないと言う。
つまり同じ屋根の下、年頃の男女が暮らしている、ということなのか。め○一刻なのか。らぶ○なか。テラ○ハウスなのか。
いやいや、何を考えているんだ僕。同じ屋根の下、とはいえ部屋が違うではないか。鍵もちゃんとあるし、何か間違いが起こるわけがない。
いやいや、それも違うだろ。僕と万葉ちゃんの関係は幼馴染みだけど、このファミーユコノエに至ってはただの入居者と大家さんだ。何を心配する必要があるんだ。
グルグルと頭の中で考えを巡らせていると、
「おっまたせー。ご飯、出来たよー」
エプロン姿の万葉ちゃんが、鍋を両手で持ってきてこっちにやって来た。
「今日のお昼ご飯はカレーだよ。さあ召し上がれ」
「あ、うん。ありがとう。美味し――!」
鍋がテーブルの上に置かれ、その全貌を現した時。
思わず言葉が喉元で止まってしまう。
「万葉ちゃん……こ、これは……カレー?」




