38・浮口市は救われたか?
違う意味で時間が凍り付いたように感じ。
走馬燈のようにこの短くて長いような一ヶ月が思い出される。
最初は不動産屋で浮口市の守り神に喋りかけられた時だ。
信じてなかったけど、浮口高校が消滅していて……万葉ちゃんが銀行の人に詰め寄られているところを見て、僕は彼女の専任契約の勇者として剣を振るうことにした。
一番最初のお客さん。八重樫さんはすぐに決まったけど、そこからなかなかお客さんを決めることが出来ず……焦っていったけな。
そしてやっと辿り着いた『お客さんのことを考える』という当たり前。
最後の最後、神様はチャンスをくれて十香さんを与えてくれた。
この一ヶ月間――それが次に放つ叔母さんの言葉によって決定する。
電話越しにすうーっと息を吸い込むような音。
「おめでとう。明日からでも入居したいってさ。ファミーユコノエに」
……明日からでも入居したいっ?
一瞬、言葉の意味が理解出来ず。
だけどすぐさま感情が歓喜で爆発して。
「お、叔母さん! 今、何て……!」
「だーかーら。十香彩芽は明日からでも入居したいって、ファミーユコノエに。明日に契約して、明後日の三月三十一日に引っ越しするらしいから、お前も手伝ってやれよ。じゃあな」
面倒臭かったのか。
叔母さんからの電話が切られる。
「……雄斗君。一体、叔母さんが何を」
「入居するってさ! 十香さん。万葉ちゃん!」
スマホなんて放り投げ、万葉ちゃんの手を取り立ち上がる。
そしてテーブルを中心にして、踊るようにして回り出す。
「じゃ、じゃあ! このアパートも満室に……!」
「そうだよ! 万葉ちゃんの夢が叶ったんだよ。そして僕の夢もね!」
夢のような瞬間だった――。
やり遂げたという達成感。
この狭い部屋で幸福が渦巻いているようであった。
「やったね! 雄斗君! 本当にありがとう!」
やっと理解が追いついたのか、回りながら万葉ちゃんも笑顔になる。
それは破れそうなまでの笑顔だった。
これで浮口市を守ることが出来た。
そして何より――僕は万葉ちゃんの笑顔を守ることが出来たのだ。
その嬉しさによって今なら天井を突き破って空を飛べそうであった。
窓の外に浮かぶ星が、僕達を祝福しているかのように光り輝いた。
◆
翌日、無事に契約を済ませることが出来た。
これによりファミーユコノエは満室。
さらに浮口市の消滅を防ぐ、とい大役を僕は果たしたのであった。
契約が終わって、一人になった店内で守り神を呼んでみたけど答えは返ってこなかった。
引っ越しが完了しないと、エネルギーを得ることが出来ないのかな。
そう深く考えずに店から出る。
――そして三月最後の日。
僕達、ファミーユコノエの住人全員で十香さんの引っ越しを手伝うことになった。
「足痛ーい。そんな重いもの運べないよー」
「重いって……食器だよね。これ」
「私、箸より重いもの持ったことないしー」
「今までどうやって生活してきたんだ?」
十香さんは自分で持ってきた椅子に座り、僕達の引っ越しの作業を眺めていた。
さながら台座に鎮座する一国の女王のようであった。
普通なら住民全員で怒り出すところだけど、
「ククク……昔、嵯峨野急便で働いていた血が騒ぐな。引っ越しならお手のものだ」
「そこって引っ越し会社じゃないはずだよね。宅配便だよね」
「エロ本はないのかね! 最近のJKはエロ本の一つもないのか!」
「エロ本持ってる女子高生が一般的だとは思わないけどね」
ファミーユコノエの住民――二タ月と国別府はやる気があるのか、文句しか出てこないのか。よく分からないけど、精力的に手伝ってくれた。
万葉ちゃんは言わずもがな。といっても万葉ちゃんのか細い腕では重いものを持てないので、全体を指揮する役をやってもらってるけど。
問題はグラビアアイドル……じゃなくて歌手志望の八重樫さんだ。
「わー、グラビアアイドルの八重樫だ。私、よく漫画雑誌買うんだ。そこによく載ってるよね?」
「グラビアアイドルじゃありません! 歌手です!」
意外にも八重樫さんに興味を示した十香さん。
……といってもグラビアアイドルとしての八重樫さんに関心があるらしい。
グラビアアイドル、という単語が飛び出す度に八重樫さんが否定するので引っ越しが前に進まなかった。
「やれやれ。これから騒がしくなりそうだな」
ファミーユコノエが満室になって。
今までなかった音が飾られ、賑やかになっていくであろう。
ちなみに十香さんに何故、このアパートに入居してくれたのかと質問すると、
「楽しそうだったから」
と素っ気なく答えてくれた。まあそう受け取ることも出来るのか?
とても大変なことだと思うけど――万葉ちゃんはこれからの未来を想像しているのか、終始幸福そうな笑顔で顔を塗りたくっていた。
――結局、引っ越しは太陽が姿を消すまで続けられた。




