37・嵐の前の静けさ
「全くあいつ等……何をしているんだ。おかげで十香さん、怖がっていたじゃないか」
「雄斗君。そうじゃないと思う。だって十香さん……笑っていたもの」
「笑っていた? 僕にはそうは見えなかったけどね」
そんな会話を万葉ちゃんとしながら部屋でくつろいでいる。
まあ良い……ダメな時はダメな時さ。
男なら腹をくくらなければならない時がある。
と感慨に耽っていたら、いつの間にか目の前に異様なモノが置かれていた。
かつて万葉ちゃんのカレーを僕は『闇』だと称したけれど、今度は『光』としか形容出来ないものが置かれている。
白いお皿の上に置かれた長細い光。
まるで勇者が引き抜く聖剣のような煌めきだ。
神々しいオーラを放つ光を見て、指差しながら万葉ちゃんに尋ねる。
「……万葉ちゃん。これって何ていう料理名?」
「もう! 見れば分かるじゃない。焼きそばパンです。召し上がれ」
どこからどう見ても蛍光灯にしか見えない。
「ねえねえ、万葉ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、焼きそばパンって光っていたっけ?」
「あっ、隠し味に気付いたんだね」
隠してないじゃないか。
「……万葉ちゃん。一体、何を入れたの?」
「えーっと通販で買った『光を放つ粉』っていうのを入れてみたの。キレイでしょ!」
キレイなことはキレイだけど、それって果たして食べられるものなのか。
「さあさあ! 召し上がれ。あっ、私なら気にしないでね。私、焼きそば嫌いだから」
焼きそば嫌いなくせに、何でその料理をチョイスしたんだよ。
嫌いな食べ物の実験体に僕を使わないで欲しい。
「――そういえば万葉ちゃん。最近の政治だけど」
「私、そんな難しい話分からないよ」
「最近のセリーグの動向だけど」
「プロ野球、あんま興味ないし……あっ、でも雄斗君の話なら聞くよ! 食べながら話して!」
エプロンを着たままテーブルの前に座り、目を輝かせている万葉ちゃん。
何とかして話を逸らそうと思ったけど、ブラックホールのように焼きそばパンへと話が集約される。
このままでは僕は光属性の特殊能力を操る少年になってしまう。
もしくは死ぬ(単刀直入)。
冷や汗が額から湧き出る。背中には悪寒。
頬を掻きながら、何とかこの苦境を脱出しようかと考えていると、
「か、万葉ちゃん! そういえば今日の十香さん。この部屋を選んでくれると良いね!」
流石に十香さんがファミーユコノエに決めてくれるかどうか、という話は焼きそばパンを吹き飛ばすくらい関心があったのか。
万葉ちゃんは「うん」と俯き加減にこう続ける。
「だけど……あんまり十香さん楽しそうじゃなかった。本当にこのアパートを選んでくれるのかな?」
「終始、足が痛いって言ってたしね。ここまで車で来ているのに……」
「でもよく考えたら、十香さん四月までに引っ越ししたいんだよね? だったら、この部屋に決めざるを得ないんじゃないかな?」
「分からないよ。他にも部屋を見ているだけかもしれないしね」
「あっ、そうか……」
そう――十香さんが今日、ファミーユコノエだけを見ているとは限らない。
即答しなかったのも、今日回る予定の部屋を全て見てから、じっくりと考えるという意味だったのかもしれない。
そこのところの予定は怖くて聞けなかった。
不安そうに表情を曇らせる万葉ちゃん。
そんな彼女の肩を勇気づけるように叩いて、
「大丈夫――きっと十香さんはファミーユコノエに住んでくれるよ。やれることはやったんだから、後はどーんと構えておこうよ」
「……うん! そうだね」
とは言ったものの、万葉ちゃん以上に不安なのは僕。
何せ浮口市消滅がかかっているのだ。
何度『浮口市が消滅しそうだから、このアパートに入居してよ!』と呼びかけようとしか、回数なんて二桁のカウンターが回り出してから覚えてない。
そもそも十五歳の僕の言葉なんて誰も信じてもらえるはずがないのだ。
味方がいない僕――不動雄斗。
だけど唯一頼れるべき友であり仲間がいた。
言わずもがな近衛万葉ちゃんである。
何度挫けそうになったか覚えていない。
そんな時、万葉ちゃんが笑顔で僕の手を取ってくれて『大丈夫だよ!』と言ってくれた。
折れそうな心は彼女の笑顔によって修復される。
実際問題、彼女がいなければ僕は数々のプレッシャーに押し潰され、この場から逃げていただろう。
だけど逃げるなんてカッコ悪い真似をしなかったのは、万葉ちゃんのおかげだった。
万葉ちゃんが僕の隣を歩いてくれたから。
僕はここまで頑張ることが出来た。
「万葉ちゃん……今までありがとう」
正座をして万葉ちゃんに向き直ってこう言う。
「え……? 一体、突然どうしたの雄斗君」
「君がいたからここまで頑張ってこれた。本当にありがとう」
頭を下げて彼女に感謝の意を述べる。
「顔を上げて。雄斗君」
すると優しそうな万葉ちゃんの声が頭に降り注いできた。
僕はゆっくりと顔を上げる――と目の前には万葉ちゃんの顔が。
近距離の万葉ちゃんの唇が動き、返事となる言葉を紡ぎ出した。
「お礼を言うのは私の方こそ。雄斗君だから、私も信じることが出来た。ここまで来れたのは雄斗君のおかげ。お父さんとお母さんから受け継いできた大切なアパートを手放さずにすむかもしれない……本当にありがとう。雄斗君」
……何だこの雰囲気は?
窓の外は夜。
勿論、部屋の中は僕と万葉ちゃんだけ。
万葉ちゃんの唇の潤い。それは見ているだけで目を奪われる魔法であった。
僕達は口を閉じて見つめ合った。
それは時間に直すと十秒程度だったかもしれない。
だけど――共に戦地を疾駆した二人に流れる一時は永遠で。
心臓の鼓動さえも聞こえてくる極限。
「万葉ちゃん――」
導かれるようにして僕の顔が万葉ちゃんに近付いていく。
対して彼女の瞼が閉じられ、さらに唇が接近していく。
レモンの香りがする五センチ程度の魅惑の空間。
そこに向けて僕の顔は飛び込み――。
プルルルルルルルルル!
――時が止まったような一瞬は。
突然、鳴り響いたスマホの着信音によって破裂する。
「……あれ、叔母さんから電話だ」
何だか恥ずかしくなって、万葉ちゃんから顔を離し床に置いてあったスマホを手に取る。
万葉ちゃんは「……もう、良いところだったのにな……」と呟いていたように聞こえたけど、それは大きく鳴る着信音によって掻き消された。
この時間に叔母さんからの電話……おそらく十香さんの返事が出たのだろう。
唾を飲み込み、震える指先でスマホの着信ボタンをフリックする。
「もしもし」
「すまんすまん。今、万葉とキスしようとしていたか? セ○クスの最中申し訳ない」
「なっ! そそそそ、そんなことしてないよ!」
開口一番。
あまりにもタイムリーなことを叔母さんが言って、慌てて否定してしまう。
「何だ? やけに強く否定するじゃないか」
訝しむような叔母さんの声。
「まさか本当にセ○クスしていたのか。ダメじゃないか。ゴムを付けないと」
「してないよ! そんなことより叔母さん。電話してきた、っていうことは十香さんからの返事が来たんだよね!」
耳に当てるスマホが震えている。いやスマホが震えているのではない、緊張で僕の手が震えているのだ。
「ふむ……そうだ。あまり待たせるのも疲れるだろうから単刀直入に言おうか。良いか……? 十香彩芽はな――」




