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34・昔の思い出

 不意に『守り神』という単語が出てきてドキッとする。


「守り神?」

「そう。浮口市の守り神の石像。そういえばお母さんから聞いたことがあったから。浮口山の頂上には守り神が住んでいる。その守り神が浮口市を守ってくれている、ってね。だから今でも浮口市を守ってくれているのかなあ?」


 だけど守り神はエネルギーをなくし今にも消えてしまいそうだ。

 山の頂上……その言い伝えがどこまで本当か知らないけど、あの子そんなところに住んでいたのか。

 そこからエネルギーを飛ばして、叔母さんの不動産屋に現れているということなのか?


 よく分からなかった。

 万葉ちゃんには伝えない。

 もう少しで浮口市が完全消滅してしまうかもしれないことなんて。


「狐の姿をした守り神だったかな。その守り神に二人揃ってお願いをしたよね」


 幸せそうに話を続ける万葉ちゃんの言葉を、一歩一歩踏みしめるようにして聞く。

 後五日で万葉ちゃんに会えなくなるかもしれないから。

 出来るだけ彼女の声を聞いておきたかったから。


「私は――ファミーユコノエが満室になりますように、って。よくマンガやアニメにあるじゃん? アパートに個性豊かなキャラクター達が住んでいるドタバタラブコメディー。あんなアパートの大家さんになることが私の夢だった」

「ずっと言ってるね。もう少しで叶いそうじゃないか。後一人で満室になるかもしれない」

「そう! だから雄斗君にはいくら感謝しても足りない……一年間、ずーっと人が入らなかったんだよ? それが雄斗君がセンニン契約? だっけ。それをしてもらってから、一ヶ月で残り一部屋というところまできたんだからね」


 だけど最後の一部屋を埋めなければ意味がないのだ。

 万葉ちゃんの夢も。


 いや――万葉ちゃんの夢だけではない。浮口市に住んでいるみんなの夢が消滅してしまうかもしれないないのだ。

 そんなことを言わず――言っても信じてもらえないから――手を組んで股の間に置いて話に耳を傾ける。


「浮口市の守り神はやっぱり私達の願いを叶えてくれるんだよ。私の夢だけじゃなく、雄斗君の夢も叶えてくれそう」

「僕の夢?」


 僕も日本人の悪い癖を発動してしまったのか。


「それも覚えていないの?」

「悪いけど全く」

「――雄斗君は私の幸せを願ってくれたんだよ」


 ――万葉ちゃんがずーっと笑顔で暮らせますように。

 鈍い頭痛。まただ。鍵付きの引き出しにしまっておいた記憶を無理矢理引っ張り出されるような感覚。


「私は、ファミーユコノエが満室になってくれて、そして雄斗君と暮らせるならそれで幸せ。だから――ずーっとずーっと一緒にいようね」


 ――ずーっと笑顔で暮らせますように。


 割れるような頭の痛さ。キーンと高音が鼓膜を突き破るよう。


 だけど――その痛みは彼女の体温によって押さえられた。

 気付けば、万葉ちゃんが僕の手を握っていた。

 まるで何も心配することはないよ、そう言ってくれているように。

 手を握られていたらすーっと痛みが引いてきた。


「そうだね。ファミーユコノエにずーっと暮らせるようにするよ。大人になっても」

「約束だからね!」


 手を離し、万葉ちゃんは小指を立てて顔に近付けてくる。

 約束げんまんの契り。僕も応えるようにして、小指を万葉ちゃんのものに絡ませる。


 それは保証のない約束であった。

 だけど少なくても、僕と万葉ちゃんは小指の細い糸で繋がっている。

 何も未来が決定していない約束は、二人の共通認識の間で絶対となった。


 夕焼け空が万葉ちゃんを照らしている。

 万葉ちゃんのキレイな顔を見ていると、改めて彼女の幸せを守りたい、そう願った。


 彼女を楽しませたい――今日のデートだってそうだ。


「そうか……そういうことだったんだ?」

「雄斗君?」


 万葉ちゃんの不思議そうな顔。

 彼女の小指から離し、突然の天啓を自分論理で埋め尽くしていく。


 ……最初はアパートの案内に生かせると思ったから。そこに『彼女を楽しませよう』という気持ちはなかった。

 自分本位だったのだ。ファミーユコノエの案内中だってそうだ。『決めなければならない』と強く思うことによって、お客さんの目線を意識していなかった。


 お客さんのことを気遣う。

 何より、お客さんにとって良い物件……いや部屋を選んであげよう。


 そう思い実践することが肝心だったのだ。

 焦る気持ちを抑えて、お客さんの幸せを願うことが大切。


「万葉ちゃん。ありがとう!」

「え? え」

「これで残り一部屋も埋められそうだよ」


 だからもう一度考えてみよう。

 自分がお客さんならどうしてほしいか。自分がお客さんなら不動産屋に何を求めているか。

 その視線を手に入れただけでも大きな収穫だった。

 太陽が地平線の下へと落下し、夜のとばりが降り始める。


「万葉ちゃん。そろそろ帰ろうか」

「そうだね。もう暗くなってきたしね」


 万葉ちゃんの手を取って立ち上がらせてあげる。

 大量の荷物。買い物をして大量の紙袋を持とうとしている。

 万葉ちゃんのことを考えろ。僕が万葉ちゃんならどうして欲しいか。


「荷物。持つよ。疲れているでしょ」

「え? あ、ありがとう」


 驚いたような、そして嬉しそうな万葉ちゃん。

 気付けば万葉ちゃんはヒールを履いていた。僕以上に歩き疲れただろう。そんなところにも目が付かなかったのか。

 何で気付かなかったのだろう。


『相手に楽しんでもらう』という視点を持った瞬間、世界はパアッと広く開けた。

 万葉ちゃんの一動作一動作が情報として脳に入力される。


 たくさんの紙袋を両手で持って、展望スペースの出口へと歩いていく。

 身軽そうな万葉ちゃん。まるで羽根が生えているかのようにぴょんぴょんと小刻みに飛んでいるように見えた。


「ほら、万葉ちゃん。先に出て」

「うん! ありがとう!」


 とびっきりの笑顔。

 それは僕が出口のドアを引いてあげたから。

 最初に彼女にドアを潜らせてあげる。


 僕も――少しは成長出来たかな?

 良い気になっている僕の気持ちは、彼女の笑顔で膨らんでいく。

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