33・マルハチ
マルハチというのは、浮口市にある巨大ショッピング施設である。
本来は駅前にあったので(今は駅自体が消滅している)平日であっても、大勢の人で賑わっていたけど、どのテナントも閑古鳥が鳴いているように見えた。
「ねえねえ、雄斗君。これ、どっちが良いと思う?」
万葉ちゃんが自分の体に合わせるように服を持つ。
「うーん、どっちも良いと思うけどね。敢えて言うなら、前の方かな?」
「私はこれの方が良いと思うけどな……決めた。これを買うよ」
だったら最初から聞くなよ。
かれこれこんな感じでショッピングに付き合わされて三時間が経過しようとしている。
どうして女の子というものは、店の中にある全ての商品を見ようとするのだろうか。
聞くところによると、買う気が全くないものまで見ていると言う……女の子の七不思議でもあった。
万葉ちゃんが持っている紙袋の数も増えてきた。
様々なお店の紙袋をぶら下げる万葉ちゃんは、まるで山の上からやって来た商人のようだ。
疲れ知らず。
振り返らずに前へと歩く万葉ちゃんの後ろ姿をとぼとぼと追いかける。
「はあ。疲れたな」
紙袋を持ったまま、準備運動のように肩を上下にさせる万葉ちゃん。
「疲れたなら、どっかで休もうか?」
「おっ、気が利くじゃん。一応、雄斗君にも使える気はあったんだね」
「気、ってドラゴ○ボールの元気玉みたいなもの?」
純粋にそう質問すると、万葉ちゃんは深く溜息。
何故だ……? よく分からない。
歩き疲れた万葉ちゃんと、マルハチの中にあるハンバーガーショップのテナントへと入る。
「うわあ、美味しい……私もハンバーガー作ってみようかな」
「それは止めた方が良いと思うよ」
世界の誰かの命が危ないから。
小顔の万葉ちゃんが、ハンバーガーを前に持っていると、遠近が可笑しくなったように感じる。
美味しそうにハンバーガーを頬張る万葉ちゃん。
「一つ思ったんだけど、どうして万葉ちゃんは料理が好きなの?」
「……これから先、一人で生きていかないとダメだからね」
寂しそうにハンバーガーをテーブルに置く万葉ちゃん。
不味い……これは地雷だったか。
万葉ちゃんは両親をなくしている。
なので誰も料理をしてくれる人がいないんだろう。
一人寂しく、アパートの台所で包丁の『トントン』と音を響かせている彼女を想像する。
――万葉ちゃんの料理の腕は壊滅的に下手だ。もしかしたらアメリカの一つの州くらいなら壊滅させることが出来るかもしれない。ウィルスかよ。
だけど――テーブルで箸を持っていて「まだー」と言っていたら、勝手に料理が出てくるシステム。
それが僕も含めて、一人暮らしの人達には存在しないのだ。
僕はそれでも良い。両親は海外にいて、たまには帰ってくるのだから。
その時に作ってもらえばいいのだろう。
だけど、万葉ちゃんはそれも無理。
何故なら天国とこの世を繋ぐトンネルみたいなものはないのだから。
僕は慌てるように手を顔の前で振って、
「あわわ! ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「え、あ。別に良いよ! そんなつもりで言ったわけじゃないし。それに――」
万葉ちゃんは両手を膝の上に載せて、やけに嬉しそうに表情を明るくさせて、
「今まで一人で住んでいたアパートにもようやく住人が増え出したしね。雄斗君だけじゃなくて、凪ちゃんや二子ちゃんや国別府さんもいる。全然、寂しくないんだから!」
ガッツポーズ――小さな握り拳を見せてくる万葉ちゃん。
テーブルに置いたハンバーガーを持って、食べる作業を再開する。
「――そうだね」
この子はもう寂しい気分とは無縁な生活を送って欲しい。
浮口市が消滅してしまったらどうなるのだろうか。
万葉ちゃんも生まれてなかったことになるのだろうか。
もしくは『世界の自己修復能力』が良い方向に働いて、また別の街で普通に生活しているのだろうか。
その時、僕と万葉ちゃんはまだ幼馴染み同士なのだろうか。
分からなかった。情報が少なすぎるからだ。
だけど、もうしばらくは万葉ちゃんの幸せそうな顔を見てみたいと思った。
何故か?
美味しそうにご飯を食べる女の子はとっても魅力的だから。
「うわあー! キレイだね」
鉄柵を持ち万葉ちゃんがそう言う。
マルハチの屋上には展望スペースがある。
空は橙色に染められており、カラスの鳴き声も聞こえる。
まるで結界が張り巡らされているように、展望スペースには僕達しか人はいなかった。
「こうやって眺めていると、まるでミニチュアみたいだね」
追いついて、万葉ちゃんの隣に立ってそう返す。
全てが縮小されているかのような空間。
足が浮いてしまうかのような高所。凍り付いてしまったかのような街並み。
この近くにはマルハチより高い建物はない。
だからだろう、浮口市の全てが見て取れるようであった。
遠くまで見ても山一つない地形。平坦な地面に数え切れないくらいの建物がタケノコのように生えている。
だけどこれでも三割くらいは浮口市は消滅してしまっている。
元ある浮口市はどんな顔をしていたのだろうか。
消滅まで後五日だというのに浮口市には安穏とした空気が流れていた。
「ふう。疲れちゃったな……ちょっと座らない?」
万葉ちゃんの意見を採用。
近くの木製のベンチに隣同士で腰かける。拳一つお尻を離した分が僕達の距離だ。
なお浮口市の風景を眺めながら、僕達は口を動かす。
「でも懐かしいな。こうやって雄斗君と一緒に冒険するなんて。昔にも戻ったみたい」
「冒険……ていうかデートだけどね」
「同じことだよ」
そう言って万葉ちゃんは胸に手を当て「この胸のドキドキはね」と続ける。
何だか万葉ちゃんのそういう姿を見ていると頭が可笑しくなってしまいそうだったので、わざと視線を外す。
「ねえねえ、覚えている? 昔、私と雄斗君が山に冒険しに行った時の話」
昔話を懐かしむような万葉ちゃんの口調。
万葉ちゃんを見る。彼女は斜め四十五度に顔を上げ、まるで空に昔の情景が映し出されているかのように見ていた。
足をプランプランとさせて、懐かしそうにもしくは幸せそうに話を続ける。
「昔、私がワガママを言って浮口山に出かけた時。夜遅く、お母さん達には内緒で家を飛び出してね」
「……ごめんだけど、あんまり覚えていないな。そんなことあったけ?」
「あったよ。山の頂上から星空を眺めてみたかったんだ。それで雄斗君を誘って浮口山を登って……そこの頂上に何があったと思う?」
……申し訳ないけど全く覚えていない。
答えに窮していると、
「……守り神の石像だよ」




