32・初めてのデート
早足でファミーユコノエへと向かう。
浮口駅が消滅することによって、心なしか擦れ違う人々も少なくなったように感じる。
主要駅がなくなるだけで、街は昨日までとは違う様相を見せている。
街全体の活気。生きようとする鼓動。
それを体で感じることが出来なくなっているのだ。
駅前(本来なら)にある大きいスーパー。ボーリング場が併設されているため、この時間になると人で溢れかえるはずだけど、閑古鳥が鳴いているよう。
建ち並ぶラーメン屋や定食屋……外から中を眺めているだけで、人がいないのが分かるくらいにガラガラだった。
方角的には北へと向かい、大きな道路を横切ってファミーユコノエへとまた一歩近付く。
――この浮口市を守りたい。
同時に生まれたこの感情。
最初は自己保身のためだった。
だけど今では万葉ちゃんの笑顔を守ると共に、この街を守りたい――そんな勇者めいた感情も芽生えてくる。
比較的細い道を行くと住宅街へと入る。
アスファルトの地面を蹴って、前へと進んでいく。
そうだ。前を見なければならないのだ。
もう下を見ている暇はない。
やがて見えてきたのはファミーユコノエである。
アパートの外壁には『賃貸募集中!』という看板が貼られている。
築三十年。長年の雨風に曝され、お世辞にもキレイな外壁とは言えない。
僕が目指すのは一〇三号室――万葉ちゃんの部屋だ。
「ん? どうしたの。雄斗君」
ドアをノックして、しばらくすると万葉ちゃんが出てきた。
春らしい色のワンピース姿。
瑞々しい肌は見ているだけで、心臓の鼓動が止まりそうな。
「万葉ちゃん」
僕は万葉ちゃんの両肩を掴んで言う。
「明日、僕とデートしてください」
◆
――人生初めてのデート。その待ち合わせ時刻は十時。
「楽しみだね。私、映画なんて久しぶり!」
「僕も三年前くらいに家族と一緒に行ったきりだったかな」
そんなことを話しながら、映画館に席に座る。
選んだ映画は無難にアクション映画。
ドバババ、ズバババ、ドカーン!
そんな音が鼓膜を震わせる、近未来の戦争を描いた映画である。
血しぶきが飛び交い、何なら右腕の一本くらいは吹っ飛んでいた絵面。
結構、ショッキングな光景が多く、展開も引き込まれるものであって、意外に見れた内容だった。
こんな内容の映画だから、やはり席に座っている人達も男が多い。
隣に座る万葉ちゃんは……というと、予め買ってきたポップコーンをもの凄い勢いで口に運んでいた。
何ならスクリーンを見てないんじゃないか、と疑いたくなる程の高速運動。
やがてアクション映画が終わる。
「ふう。面白かったね、どうだった?」
「うん。とっても面白かったよ。まさかあの大佐と主人公が結婚するなんてね〜」
「大佐も主人公も男だったけど? というかそんな展開あったけ?」
「言ってたじゃない。大佐が『心配するな。生きて帰ってくる。帰ってきたら彼女と結婚するんだ』って。ここでいう彼女とは主人公のことを指し、この現象を結婚フラグと言う」
「言わないよ! それを言うなら死亡フラグだよ!」
フラグを回収しよう、という使命感に燃えた大佐は敵地に乗り込み、開始十秒くらいで死んでいたし。
まあ……あんまり面白い内容じゃなかったのかな?
てか途中で断続的に聞こえてきた寝息のような音は、やはり寝ていたのか。
「じゃあ、万葉ちゃん。そろそろ行こうか」
「うん」
嬉しそうに背伸びをして、
「そろそろお昼の時間だよね! 私、この日のためにお弁当を作」
「近くのファミレスに行こうか! 残念だけど、もう予約取ってあるんだ!」
勿論、予約なんて取ってるはずもないけど、万葉ちゃんの手作り料理をこの世に放つということは、浮口市住民の全滅を意味する。化学兵器なようなものだから。
「むうー。予約してあるのか。それは仕方ないね。まあお弁当はそこでも食べられるしね」
お主はファミレスでお弁当箱を広げるつもりなのか?
一種のテロだぞ。これがホントの飯テロ。やかましい。
そんなことを話しつつ、映画館の隣にあるファミレスへと移動。
ここは男の僕が先にお店に入って、中が安全だということを示さなければならない。
アクション映画の影響もあったのだろう。
ガラス張りのドアを押して、まず僕がお店へと入ると、
「減点!」
と続いてドアを持って、入ってきた万葉ちゃんが小さく呟いたように聞こえた。
「え? 何か言った?」
「何も言ってませーん」
女の子の言っていることはよく分からない。
窓際の席に向かい合って座る。
「美味しそうなものがたくさんあるね。何を食べようかなー」
メニューを楽しげに見ている万葉ちゃん。
頭上には♪マークが踊っているように見えた。
そうだ。それで良いんだ。ファミレスのメニューの彩りさが、彼女から手作り弁当を忘れさせた。
「よし! これにしよう! すみませーん、カレーを一つ」
「万葉ちゃんはカレーが好きなのかな」
「うん。今後の料理の参考にしようって思って」
料理研究家のような眼差しを向ける万葉ちゃん。
うん。料理を探求することは良いことだ。その調子で自分には料理が向いていないことを悟って欲しいなと思いました(願望)。
対して僕は無難にハンバーグ定食を選択。
待っている間、
「ねえねえ、これからどこに行くの?」「今後のプロ野球にはスターが現れるのか」「空気のような存在っていうことは、必要な存在っていうことなのかな」「バナナで転ぶ人間をマリ○カート以外で見たことあるか?」
等々、超どうでもいいことを話していたけど、どうでもいいであるが故に割愛させていただく。
やがて料理が運ばれてきて、お互いに食べ出す。
万葉ちゃんは何故だかご飯とルーが載ったスプーンをじーっと見つめて、
「この香り……これどこの香水使っているんだろう」
「香水、って言っている時点で万葉ちゃんは致命的なミスを犯しているよね」
「え? 今、何か言った?」
難聴が万葉ちゃんに移ったのか。
その後もとりとめない話をして、お昼ご飯は終了。
「結局、この後どうする?」
「雄斗君に任せるよ」
ウキウキ、と言った感じの表情。
……まいったな。これから先は成り行きに任せよう、って思っていたんだ。
浮口市のマップを脳内に浮かべ、頭を悩ませる。
正直な話、浮口市の消滅が酷すぎて、なくなったお店が多くて自分でも把握出来ていないのだ。
だから窓から外を見て――すると街中の建物からひょこっと頭一つ分超えた高い建物が見えた。
「そうだ。マルハチに買い物しに行こうよ。ブラブラとね」
考えついたものを、そのまま言葉にすると、
「うん! それ良い考えだね! 私、そろそろ服買いたかったんだ!」
と顔を近付けてきて、満面の笑みを向ける万葉ちゃん。
ふむ、どうやらショッピングという考えは間違いじゃなかったらしい。
よいしょ、と腰を上げて、
「じゃあ早速行こうか。万葉ちゃん」
と僕達はマルハチを目指すのであった。




