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31・案内とは?

 浮口駅が消滅し、僅かな希望ややる気、それが根こそぎ奪われて体が動かなくなっていた。

 暗い店内で一人机に突っ伏し、時が経つのを待っている。


 守り神は……まだ完全に消滅していないと思う。

 そうならば、この浮口市も完全消滅していると考えられるからだ。

 だけどいつ消滅しても可笑しくない、瀕死の状態なのだろう。


 ――残り五日でファミーユコノエを満室に出来ても。

 果たして守り神は戻ってくるのだろうか。


 そんなことばかりが浮かび、頭の中がグルグルしていると、


「うおっ! お前、中にいたなら電気点けろよ!」


 蛍光灯の電気が点き、店内の隅々まで明かりが行き渡る。


「叔母さん……」

「お前、何酷い顔してんだよ。失恋でもしたのか?」


 おどけた様子で聞いてくる叔母さん。

 顔がほんのりと赤い。無造作に机にドシンとバッグを置いた。

 ここからでも分かる程の酒の匂い。また飲んできたのか。


「失恋……似たようなものかもしれないね」


 自暴自棄になって答える。

 いつもなら、「ハハハ! お前が失恋か! バカだな! 不細工に恋をする権利はない!」と爆笑して罵倒してくる叔母さん。

 だけど今日の叔母さんはちょっと違い、神妙な表情になってから、


「ふむ……失恋か。相手は誰だ? 万葉か?」

「……そうかもね」


 どうでもよくなって、叔母さんの言葉を否定しない。

 叔母さんは顎に手を置いて、一頻り考えてから、


「そうか――まあお前が誰のことを好きになろうが私には関係ないがな。ビックリしたな。お前が好きなのは私だと思っていたゾ☆」

「地球が真っ二つに割れても有り得ないだろうね」

「なっ……! 暗に言ってるんだな。私のことを好きになるのは、ア○レちゃんの存在よりも有り得ない、と」

「酒好きの女は嫌いなんだ」

「私は酒が好きなのではない。酒が私を呼んでいるから、仕方なく言ってあげているんだ。これを大人の世界では『行きたくない社内の飲み会』現象と言う」

「はいはい」


 適当に受け流す。

 叔母さんは近くの椅子に座り、背もたれを前に向けそこに顎を載せ、


「ファミーユコノエを満室にしたら、万葉と付き合える……みたいな約束をしていたのか?」

「…………」

「カッカカ。青春してやがるな」


 グルグルと乗ったまま椅子を回転させる叔母さん。


「三月中まで、という約束だったのか。その様子だったらな」

「そんな感じ」

「なら、三月は後五日も残されているじゃねえか。まだ大丈夫じゃねえか」


 簡単なことのように言う叔母さん。

 その言葉にイラッときて、目に力を込めて、


「大丈夫って……! 三月が後五日で終わろうとしている時に……お客さんがいない、っていう状況が叔母さんにはどういう意味か分かっているよね!」

「ああ。絶望的な状況だ。何故なら四月一日から入居したいっていうお客さんは、大体がもう部屋を決めているからな」


 だけど怯まずに、叔母さんはあくまで真剣な声音で続ける。


「だが、可能性は〇じゃない。一日でも残されていれば、私が重要事項説明書と契約書をでっち上げて、無理矢理契約させてやる」

「でっち上げないでよ!」

「冗談だ。まあ三月中に、ファミーユコノエは三件も契約しているからな。重要事項説明書と契約書は後は名前とかをちょいちょい変えるだけだ。そこは私を信じろ。だから、残り五日で一部屋埋めるっていうのはそんなに難しくないと思うぞ?」


 浮口駅がなくなり、人気もなくなって騒々しい音が皆無となった店内。

 電車の消滅も、叔母さんは観測することが出来ないのだろう。

 パソコンが動いている音だけが聞こえる静寂な世界。


「でも……ダメなんだ。お客さんはいても……案内しても決まらない」

「……ほう。どうしてだ?」

「分からないよ! 一生懸命、説明しているつもりなんだ……だけどファミーユコノエの魅力を伝えることが出来ない」

「それを考えるんだ。どうやったらファミーユコノエの魅力を最大限に伝えることが出来るのか。どうやったらお客さんがその物件で決めてくれるのか。ない頭で考えろよ」


 頭のところをトントンと叩いて言う叔母さん。

 僕はぶつぶつと独り言を呟くように、


「インターネットに掲載している情報が悪いのかな……紹介文とか写真とか。もしくはやっぱり古さを感じて止めてしまう? だったら、間に合わないかもしれないけど、クロスだけでもお洒落なものに変えるのが……」

「何、見当違いなことを言っているんだ。小手先だけで何とかしようとするのがお前の悪い癖だ」


 叔母さんは僕の方を指差して続ける。


「お前にとって案内とは何だ!」

「案内とは何……? そりゃあ、お客さんにファミーユコノエを知ってもらう機会を設けるために……」

「そこがずれてんだよ。良いか。案内とは『女の子とのデート』と全く一緒なんだ」


 力強い言葉で言う叔母さん。


「女の子とのデート……?」

「ああ。今までのお前は『決めよう。決めよう』と思っていたから、お客さんがそれで引いてしまって案内しても決めることが出来なかったんだ。

 よく考えてみろ。お前が女の子だったとして、男の子が『今日こそはホテル……今日こそはホテル……』と考えて、それが伝わってきたら、身の危険を感じるだろう?」

「まあ感じるだろうね」

「それと一緒。そして女の子とのデートで大切なこと、って何だと思う?」


 女の子とのデートで大切なこと――。


 そんなこと分かるわけもない。

 叔母さんの質問に答えることが出来なかった。

 すると叔母さんは深い溜息を吐いて、


「デートで一番大切なことはな――相手のことを気遣う、という心だ」

「それってどういうこと?」

「そのままの意味だ。相手を楽しませよう、と思ったならやれることもたくさんあるだろうが」


 相手のことを気遣う?


 それはどういうことだろうか。

 今まで、考えていたとは思うけど……まあ特別に意識したことはないけど。

 答えに窮していると、叔母さんは近付き僕の肩に手を置いて、


「お前は女の子とのデートの経験が少なすぎる……今まで一回、二回くらいしかしたことがないのか?」

「ま、まあそんなところだね」


 嘘だ。

 本当は一回もしたことがない。


「だから案内の本質を分かっていない。案内の約束を取り付けるのは、デートの待ち合わせ場所を決めるようなもの。デート中に物件について説明するのも、自分はこういう人間なんだ、ということを相手に面白可笑しく伝える能力……色々と案内とデートに至っては置き換えることが出来るんだよ」

「……叔母さんの言っている意味がよく分からないよ」

「よく分からないなら、お前はこれから先に進むことが出来ないな」


 肩から手を離して、やけに優しげな口調になって、


「よくやったよ。まぐれとはいえ、あのボロアパートを三室も埋めることが出来た。大したもんだ」

「そんなことないよ」

「謙遜するなよ。だが、それは案内の力というよりも、ネットに掲載してだったり、面倒臭い業者回りを毎日やっていたからだ」

「まあ写真とかには力を入れたからね」

「そこはお前はずれていなかった。これからの世の中、ネットで物件を探すことが多くなるんだから、写真を一杯撮って載せる……そこに至っては、良い考えだと思うよ。まあ不動産屋なら大体が気付くところだがな」


 どこから入り込んできたのか分からないけど、蚊が蛍光灯に何度も体当たりをかましていた。

 電車の音の消滅。叔母さんの久しぶりに見る真剣な表情。

 それが相まって、まるで非現実世界にいるような気分になっている。


「不動産屋の営業っていうのは、反響・案内・契約、の三ステップだと教えたよな」

「うん」

「反響の部分は百点満点。契約のところは私がほとんどやっているから、百二十点満点だな」

「百二十点がある時点で、百点は満点じゃないよね」

「――だが、真ん中の案内の部分が私から見たら〇点……なんだろうと思う。最後の一室が決まらない、ということはな」


 答案用紙の右上に、〇の丸い数字が刻まれている様子をイメージする。


「ならどうすればいいの?」


 すがるような気持ちで叔母さんに尋ねる。


「だから言っただろ。案内っていうのは女の子とのデートみたいなもんだ、って」


 腕を組んで、何度も繰り返す叔母さん。


「女の子とのデート……だったら、それに置き換えて案内をしろ、って言っているの」

「そういう意味だ。一回か二回は女の子とデートしているなら、その時のことを思い出せ。そうすれば案内も上手くいくさ」


 ここまで言って、叔母さんは立ち上がり「まあ頑張れや。私は行くところがあるからさ」と言って出口の方へ歩き出した。


「叔母さん。行くところってどこなの?」

「居酒屋だ」

「えーっ! 今さっき、飲んで帰ってきたばかりじゃないの!」

「うるせえ。こんな世の中、酒がないと生きていけねえ」

「結構ロックンローラーだね。叔母さん」


 バン! 


 と大きな音を立てて店から出て行った叔母さん。

 それ以上、何も答えは変えてこなかった。


「そして静かな店内へと戻る……か」


 後頭部で両手を組んで、天井を眺める。

 叔母さんの顔と、万葉ちゃんの顔……そして守り神の悲しそうな表情が目の前に現れる。

 それは星のような輝きとなって、星座を結んだ。


「女の子とのデート……女の子とのデートか」


 先ほど、言われた叔母さんの言葉。


 ――まだ諦めるのは早いかもしれない。


 希望の蝋燭はもう地面スレスレまで来ている。

 だけど霧がかかって、見えなくなっていた風前の灯火を視認することが出来た。


 ならば悩んでいる暇はない。

 僕にはまだ出来ることがあるのだから。

 パソコンの電源を消して、椅子から立ち上がるのであった。

 活力は残量〇に近いやる気によって動かされる。

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